二十四 大路を
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おっかなびっくり進んでいくのは、都の芯を貫く
おなじように続く塀を横目に、ひっそりした
実緒はしきりにきょろきょろしている。周囲はたいへんにぎやかで、空気がすこしくもっている。たくさん、いろいろなひとがいるからかもしれない。
「実緒ちゃん、だいじょうぶ?」
横から軽く肩をたたかれ、実緒ははっとした。
「あっ、はい、だいじょうぶです!」
勢いよくこたえると、穂はちょっぴり安心したように笑った。
「うん、だいじょうぶそうだね。気持ちわるくなったりしたら言ってね」
「あ、ごめんなさい……」
「ううん、わたしも言うから助けてね」
からりとした笑顔を見せる穂は、いつもどおりの水干すがただ。穂が着飾ったところを見られなくて、それがすこしざんねんだった。
「あっ、実緒ちゃん」
さっと肩を引き寄せられ、ひとにぶつかりかけていたと気づく。
「気をつけてね、ひと多いから。ここが
穂はきらっと笑って言った。実緒はこくこくとうなずいた。穂はきれいなだけでなく、こんなふうに凛々しいのだ。
「こりゃ、心配なさそうですね」
すこしうしろから、のんびりと透也が言った。穂がぐるんと振り返る。
「わかんないよ、乙女ふたりなんだからさ。ちゃんと守ってくれなきゃだめだよ」
「あ、はい、乙女ふたり……?」
「なによ、なんか文句あんのかよ」
「いえっ、ないです乙女さまたち」
「乙女さまって、なによそれ。仰せのままに
「逆におれが言えると思うの」
「あ。たしかにそれは無理だな」
小気味よく言い合いをしていると思えば、いつの間にか透也も横に並んでいた。実緒は挟まれるかっこうだ。両側からふたりの声を聞いていると、なんだかすこし落ち着いてくる。
まっすぐの大路の果てを見やれば、柱や扉が真朱に塗られた壮麗な門がある。二重の屋根がついており、大きいのでひとも住めそうだ。吸い込まれそうな青空を背に、どっしりとそびえ立っている。
こんなびっくりな景色が広がっているのに、大路を行くひとたちはいちいちきょろきょろなどしていない。ずっとここで過ごしていればあたりまえのことだろうけれど、それがとてもふしぎな気がした。
「実緒さんは、ここははじめてですか?」
透也に問われ、実緒は幾度もうなずいた。
「はい、はじめてです」
「そうなんだ」
「ええ、町に出たのもひさしぶりで……」
幼いころは町へ行くこともあったけれど、近頃はめっきりなくなっていた。生家の
「都、ちょっとこわいですよね」
透也がすこし上を見ながら言った。
「ひと多すぎるし、道まっすぐすぎるし、なんか無駄にぎらぎらしてるし」
「ぎらぎらしてる? みやびでしょ」
穂が大きな声を出すと、透也はひょいと肩をすくめた。
「おれ田舎者なんで。みやびとか、よくわかりません」
「へえ、教えてあげようか」
「あ、やっぱりわかってるわ」
透也はなんだか投げやりな口調でこたえた。実緒は穂と顔を見合わせて、笑ってしまった。
透也も都の生まれではないのだなと、ふと思う。最初は都のこの景色に、仰天してしまったのだろうか。透也はなんでも平気そうで、おっかないものが出てきてもすぐに仲よくなりそうだ。実緒は勝手にそう思っていた。でも、透也の口ぶりからして、きっとおなじことで驚いたのだ。そんな透也は、都の平穏を守る官人である。その中でも下手人を追う仕事をしているのだと、穂からも当人からも聞いていた。
「ねえ実緒ちゃん、
穂がするりと腕をからめてくる。
「まずは紙を見たいんだよね。祈祷に使うからさ」
「はい」
「あっ、市は東と西にひとつずつあってね、半月ごとにどっちかが開くの。いまは東の市だから、そっちに行くね」
じゃあ行こう、と声をはずませて、穂は実緒の腕を引く。転んじゃだめだぞ、はぐれちゃだめだぞ、と透也がうしろから言っている。
なんだか幼い日の思い出に、頭から呑まれてしまいそう。だめだ。いまはいけないと、すがりつくように思うのは。
あのひとのことだった。透明な静かな声と、ゆらぐことのない艶黒の瞳。青ざめた色の指先と爪、月明かりにとけそうな横顔、ひんやりと、つめたいぬくもり。ああ、だめだ。いけなかった。だれをおもってもくるしかった。
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