二十四 大路を





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 おっかなびっくり進んでいくのは、都の芯を貫く大路おおじだ。これは広場だと言いたくなる太さで、そのうえずっとまっすぐ伸びる。車が何台もすれちがい、ひとびとが多く行き交っている。実緒みおすい透也とうやに連れ出してもらい、都の見物に来ていた。

 瓊音ぬなとやしきは都の片隅にある。邸を囲む築地塀ついじべいは、よく見ると傷んでいた。漆喰が剥げて泥が削げ、木の骨組みがのぞいているところもあった。

 おなじように続く塀を横目に、ひっそりした小路こうじを歩いていくと、たくさんの古びた小屋が集まっているところが見えた。その区画を囲った板塀に、短い衣のわらわたちがぶらさがって遊んでいた。わたしここに住んでるんだよと、穂は実緒に教えてくれた。そこを過ぎてまたしばらく歩き、大路まで出てきたのだ。

 実緒はしきりにきょろきょろしている。周囲はたいへんにぎやかで、空気がすこしくもっている。たくさん、いろいろなひとがいるからかもしれない。

 照羽てるはの里でもよく見たような水干すいかんや小袖から、上等そうな直衣のうし小袿こうちきまで、とりどりの衣を着たひとたちがいる。走って歩いての足音や、車輪や馬の蹄の音、笑い声に話し声、いろいろいっぱい聞こえてくる。騒がしいくらい、彩り豊か。まっさらに晴れた空もあいまって、あざやかすぎるべつの世界に急に飛んできた気分になる。

「実緒ちゃん、だいじょうぶ?」

 横から軽く肩をたたかれ、実緒ははっとした。

「あっ、はい、だいじょうぶです!」

 勢いよくこたえると、穂はちょっぴり安心したように笑った。

「うん、だいじょうぶそうだね。気持ちわるくなったりしたら言ってね」

「あ、ごめんなさい……」

「ううん、わたしも言うから助けてね」

 からりとした笑顔を見せる穂は、いつもどおりの水干すがただ。穂が着飾ったところを見られなくて、それがすこしざんねんだった。

「あっ、実緒ちゃん」

 さっと肩を引き寄せられ、ひとにぶつかりかけていたと気づく。

「気をつけてね、ひと多いから。ここが美護みもりの目抜き通りなんだよ」

 穂はきらっと笑って言った。実緒はこくこくとうなずいた。穂はきれいなだけでなく、こんなふうに凛々しいのだ。

「こりゃ、心配なさそうですね」

 すこしうしろから、のんびりと透也が言った。穂がぐるんと振り返る。

「わかんないよ、乙女ふたりなんだからさ。ちゃんと守ってくれなきゃだめだよ」

「あ、はい、乙女ふたり……?」

「なによ、なんか文句あんのかよ」

「いえっ、ないです乙女さまたち」

「乙女さまって、なによそれ。仰せのままにひめ御前ごぜ、とか、そういうふうに言えないの」

「逆におれが言えると思うの」

「あ。たしかにそれは無理だな」

 小気味よく言い合いをしていると思えば、いつの間にか透也も横に並んでいた。実緒は挟まれるかっこうだ。両側からふたりの声を聞いていると、なんだかすこし落ち着いてくる。

 まっすぐの大路の果てを見やれば、柱や扉が真朱に塗られた壮麗な門がある。二重の屋根がついており、大きいのでひとも住めそうだ。吸い込まれそうな青空を背に、どっしりとそびえ立っている。

 こんなびっくりな景色が広がっているのに、大路を行くひとたちはいちいちきょろきょろなどしていない。ずっとここで過ごしていればあたりまえのことだろうけれど、それがとてもふしぎな気がした。

「実緒さんは、ここははじめてですか?」

 透也に問われ、実緒は幾度もうなずいた。

「はい、はじめてです」

「そうなんだ」

「ええ、町に出たのもひさしぶりで……」

 幼いころは町へ行くこともあったけれど、近頃はめっきりなくなっていた。生家のくりや湯殿ゆどのの中で、閉じこもるように働いていた。そのふたつの仕事場と、邸に勤めるひとが住む家を行ったり来たりするばかりだった。

「都、ちょっとこわいですよね」

 透也がすこし上を見ながら言った。

「ひと多すぎるし、道まっすぐすぎるし、なんか無駄にぎらぎらしてるし」

「ぎらぎらしてる? みやびでしょ」

 穂が大きな声を出すと、透也はひょいと肩をすくめた。

「おれ田舎者なんで。みやびとか、よくわかりません」

「へえ、教えてあげようか」

「あ、やっぱりわかってるわ」

 透也はなんだか投げやりな口調でこたえた。実緒は穂と顔を見合わせて、笑ってしまった。

 透也も都の生まれではないのだなと、ふと思う。最初は都のこの景色に、仰天してしまったのだろうか。透也はなんでも平気そうで、おっかないものが出てきてもすぐに仲よくなりそうだ。実緒は勝手にそう思っていた。でも、透也の口ぶりからして、きっとおなじことで驚いたのだ。そんな透也は、都の平穏を守る官人である。その中でも下手人を追う仕事をしているのだと、穂からも当人からも聞いていた。

「ねえ実緒ちゃん、いちについたらね」

 穂がするりと腕をからめてくる。

「まずは紙を見たいんだよね。祈祷に使うからさ」

「はい」

「あっ、市は東と西にひとつずつあってね、半月ごとにどっちかが開くの。いまは東の市だから、そっちに行くね」

 じゃあ行こう、と声をはずませて、穂は実緒の腕を引く。転んじゃだめだぞ、はぐれちゃだめだぞ、と透也がうしろから言っている。

 なんだか幼い日の思い出に、頭から呑まれてしまいそう。だめだ。いまはいけないと、すがりつくように思うのは。

 あのひとのことだった。透明な静かな声と、ゆらぐことのない艶黒の瞳。青ざめた色の指先と爪、月明かりにとけそうな横顔、ひんやりと、つめたいぬくもり。ああ、だめだ。いけなかった。だれをおもってもくるしかった。

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