十二 待って
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熱が上がったり下がったりして、まともに起き上がらせてもらえたのは五日目の朝だった。
三日目には、
そのひとの薬もよく効いたけれど、夜になるとぶり返した。それがまた治ったきのうは、部屋の中でゆっくり過ごした。もう平気だと言い張っても、聞き入れてもらえなかったのだ。
比佐はいやな顔もしないで、ずっと世話をしてくれた。この家のことについても、いろいろと教えてくれた。この邸は
すきというのは嘘ではないのだろうけれど、すこし遠慮しているのではと思う。実緒も、立派な部屋なんてもらえなくてよかったのだ。でもそんなことを言いだすのも失礼だという気がするので、黙っていることにしていた。
邸にはあまり客人は来ないものの、よく訪ねてくる瓊音の友人がいるらしい。実緒はまだ会えていないけれど、じきに会えると言ってもらった。実緒がここにいることを知っていて、体調を案じてくれているらしかった。
それは瓊音もおなじようだった。いつも、つとめからもどると実緒のところへやってきて、調子はどうなのかとたずねる。たいていが宵のころだった。熱がぶり返した夜には来なくて、その日は夜半に帰ったのだと比佐があとから教えてくれた。
いつ神言がくだって、どこへ行くことになるかわからない。天馬の
瓊音は、あまり話さないのだ。これまででいちばん長く声を聞いたのは、はじめて会った夜だった。
けれども、言葉をかわすでもなく
きょうからは、御簾の中の病者ではない。なにかが変わるだろうかなんて、そんなことを考えてしまう。
実緒は北対の裏手の、厨のほうへ向かっていた。比佐が部屋に来てくれる前に、着替えて髪を結って出てきた。
着替えた衣は借りたものだ。実緒がここへ持ってきたのは贄のための装束だけだったので、貸してもらうことになってしまった。比佐がとりどりの衣たちをたくさん出してきてくれて、その中から数枚の小袖を選んだ。着てみると、ていねいに手入れされた絹地はするするとしてここちよかった。
実緒は、ちょっと空を見上げた。長らくどんよりとしていた空が、きょうはすっきり晴れている。その青色がきよらかすぎて、まっすぐに見ることはできない。けれど、のぞいてみたくなるのだ。やはりまぶしくて目をそらし、実緒はすこし足を早める。
板屋根に土壁の、どこかかわいらしい小屋が見えた。この厨できょうからやっと、家の仕事をさせてもらえる。
寝かされているあいだ、よくなったら家のことをさせてほしいとしつこく頼み込んでいたのだ。比佐は目を丸めていたけれど、助かりますと笑って受け入れてくれた。
長らくひとりで切り回してきたという厨は、比佐の城だろうと思う。でも炊事はたいへんだし、なにもせずにはいられないので実緒も入らせてもらうのだ。比佐は、そんなこだわりなんてないとは言っていたけれど。
「おはようございます、実緒さま」
厨の中から比佐が出てきた。白の混じる長い髪はきっちりと束ねられ、背筋はしゃんと伸びている。
「比佐さん。おはようございます」
実緒が頭を下げると、比佐はふふっと笑みをこぼした。
「もうしかたがありませんね。お身体は、おつらくありませんか?」
はい、と実緒は大きくうなずいた。身体はじょうぶなほうだと思っている。ここ数年は風邪をひくこともなかった。すこし調子が怪しくても、気の持ちようですぐに治った。それなのに、今回は熱がなかなか下がらなくてたいへん口惜しかったのだ。
「長らくお世話をおかけしました。きょうからあらためて、どうぞよろしくおねがいいたします」
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