第3話 不穏な影

「では、入団の前に、少し君の能力を測っておきたい」

 犬飼のひとことで、団はようやく理解した。なぜ、自分がこんな広大な地下空間に連れてこられたのかを。

「はーい。じゃ、ここからは俺が引き継ぎまーす」

 犬飼の背後に、いつの間にかぬるりと立っていたのは、さきほど一緒にここまで歩いてきた青年だった。

「さっきぶりだね、団くん。俺は時親要。情報局所属だけど、人事とか総務もやってるから、今後いろいろと顔を合わせると思うよ。よろしく!」

 軽やかに差し出された手に、団は少し戸惑いつつも、素直に握り返す。

「はい、よろしくお願いします。……あの、俺、このあとバイトあるんですけど」

 控えめに告げると、要は人懐っこい笑みを浮かべた。

「ああ、団くんのバイト先にはもう連絡しておいたから大丈夫」

「えっ」

 思わず声を上げる団に、要は悪びれもなく肩をすくめる。

「大丈夫って言ったでしょ?」

 ――そういえば、ここに来る前に「バイトがある」と言った団に、要はあっさりと「問題ないよ」と返していた。まさか、本当に手配済だったとは。

(……後で、自分でも一応確認しておこう)

 半ば諦めて、「で、何をするんですか」と問い返すと、要はタブレットを取り出して、手際よく操作を始めた。起動音が響き、床下からせり上がってきたのは、腕立て用のマットに走行用のトラック、各種センサーまで揃った、訓練器具一式だった。

「ここはね、地下訓練場なんだ。今日は身体テストってことで、軽く運動してもらおうかな! まずは腕立て伏せ、いってみよっか!」

 掛け声とともに、団の基礎的な体力測定が始まった。腕立て伏せ、スクワット、持久走、反応速度のテスト……どれも学校の体育でやったことのあるメニューばかりだが、団は黙々と、そして確実にこなしていった。

 やがてすべての測定が終わり、要がタブレットの数値を見ながらぽつりと漏らす。

「……ほんとに異能、持ってないの?」

 好奇心と驚きが半々に混じったような目で見つめられ、団はタオルで額の汗を拭いながら、あっさりと頷いた。

「はい。検査も受けましたけど、異能のいの字もなかったです」


 ビービー、と突然けたたましく警告音が鳴り響く。驚くまもなく、『緊急連絡、緊急連絡。全隊員は直ちに状況を確認してください』と、張り詰めた声が館内に響き渡る。

『和睦警察署管轄にて、砂を操る異能犯罪者が脱走。現在、応援を要請しています。繰り返します、砂を操る異能犯罪者が脱走……』

「砂の異能って……」

 聞こえてきた情報に、団は眉を顰める。それは、団が引き渡したハズの異能犯罪者の能力では無かったか。

「……好都合だ」

 ふ、と微笑んだ右京は、「こんな形式じみたテストよりも、君の本当の実力を試せそうだね」と音もなく踵を返すと、すたすたと入り口へと向かっていく。

「行くよ、真田団」

「右京! またお前は勝手に……」

「俺に任せるんでしょ」

 犬飼の静止にそう返し、右京はすでに訓練場の扉を開け、廊下へと足を踏み出していた。その歩みに躊躇いはない。

「まったく……」

「あはは、まあ、確かに右京くんに任せるってボスの判断だったし、いいんじゃないですか?」

 軽く笑って流す要に、犬飼は「どいつもこいつも……」と頭を抱えた。

「俺、行ってきます」

 そう叫んだ団は、一気に駆け出した。背後で手を振る要の声が聞こえる。

「気をつけてね、団くん!」



「なあ、砂のやつって……俺が捕まえたあいつのことだよな? ちゃんと警察に引き渡したけど、逃げたってどういうこと?」

 団は右京の横に並び、疑問を口に出す。

「……奴は自身を砂にできるそうだね。それで逃走を測ったみたいだ」

 右京はエレベーターのボタンを押すと、振り返りもせずに乗り込む。手に持つタブレットには、砂男の詳細な情報が流れていた。

 ピンポーンという電子音が鳴ると同時に、扉が開く。

「……絶対捕まえる」

 団は小さく鼻を鳴らし、飛び込むように一歩踏み出した。



 和睦市、旧工場街。砂が辺り一面を埋め尽くしていた。

 右京と団は、粉塵に霞む広場に立つ。団の前方、廃工場の瓦礫の中から、情報通り男が姿を現した。

「見つけたよ、おっさん」

 男の目がぎらぎらと光る。その奥には、煮えたぎるような屈辱の色が渦巻いていた。

「……お前…………あん時の」

 歪んだ顔で団を見つめた次の瞬間、砂嵐が唸りを上げる。地を這うように砂が隆起し、うねりながら巨大な蛇の形を成していく。その先端は鎌首をもたげ、今にも噛みつきそうな鋭さを孕んでいた。

「くそ、くそ、捕まる訳には行かねぇ……まだあの人に会えてねぇのに……くそ、死ね!」

 砂の塊が瞬時に凝縮し、無数の槍となって空から降り注ぐ。それらは全て正確に団を狙っていた。

「うおっ、マジかよ!」

 てっきり蛇の砂に噛みつかれるかと身構えていた団は、悲鳴に近い声を上げ、紙一重で砂の槍を飛び退く。体勢を崩しながらも、咄嗟に身を翻し、次の攻撃に備える。 

 だが、男の攻撃は途切れない。立て続けに襲いかかる砂の奔流。団がなんとか一歩踏み込んでも、男の身体は砂と霧散し、砂に紛れる。さらに激しさを増す砂を操る。

 避けたものの、少しばかり頬を掠める。団が痛みに顔を歪めた刹那、砂煙の中からぬっと人間の姿に戻った男が、獲物を嘲笑うかのようにニヤリと笑った。

 右京は、と視線を滑らせると、いつの間にか壁際にいた。

「あ! なんでお前そっちにいんだよ!」

 回避一辺倒の団は、息を荒げた。

「オレはキミがどれほどのモノか見極めるために来ただけさ。それくらい一人でやれるだろう」

 右京は、腕を組んだまま、涼しい顔を崩さない。その言葉に反応したのは男の方だった。

「どいつもこいつも……舐め腐りやがって……っ」

 男は忌々しく唾を吐く。団に向かって飛ばしていた弾の軌道を変え、右京に迫る。だが右京は一歩も動かず、指を軽く弾くだけ。

 ピシ。指先から迸った冷気が、飛来する砂を瞬時に凍結させた。地面と衝突し、ガラス細工のようにキラキラと砕け散っていく。

「凍らせた……!?」

 団は目を見開いた。右京の異能だろうか。右京はそんな団の視線には目もくれず、ふん、と鼻を鳴らす。

「……舐めてるさ。異能があっても無能だから、犯罪なんてものに手を染める」

 唇にわずかな嘲笑を浮かべる。煽りに煽る台詞に、男の顔にはぶちぶちと血管が切れんばかりに浮き上がった。砂が浮き上がり、鋭利な砂槍と化す。

「ガキがァ!」

 怒声とともに吹きすさぶ砂槍。しかし、右京はくだらなさそうにため息をついた。右京に近づいた途端にぱきぱきと凍っては地面に落ちていく塊。

 その余裕綽々の態度に、団は心の中で悪態をつきながらも、懸命に男の攻撃をさばいていった。男の身体は、攻撃の度に砂と人の姿を繰り返しているように思えた。だが、その変化はあまりにも速い。団が男の姿を捉えたと思っても、踏み込むよりも早く砂に包まれ、攻撃の軌道を変えてくる。

 必死に回避を続けながら、団は考える。あいつの砂は水に弱い。周囲を見渡す。だが、ここは廃工場だ。水源なんて、どこにもない。

 チラリと右京を見る。

「なあ、右京! その氷って溶かせるか!?」

 団が何を言いたいのか、即座に理解した右京は頷く。

「俺の異能は熱エネルギーの操作だからね。それくらい造作もないよ。冷ますも熱するも自由さ」

 そう答えながらも、右京は冷たい返答だ。

「でもこれは、キミのテストだ。協力はしないよ」

 鼻で笑うその態度に、団は拳を握りしめた。

「くそーッ、なら他の手!」

 団は咆哮を上げると、次の手を考えた。よく見ろ、よく考えろ。水以外に、なにか手立てはあるはずだ。

 団の視界の端で、さらりと砂が風に煽られた。右京が凍らせた砂が、冷気の余波で周囲の空気を僅かに流れさせているのだ。

 団はその一瞬を見逃さず、砂の弾丸を避けながらも、避けたあとを振り返る。砂は、風に煽られ吹きすさんでいる。

 団はひとつの仮説を立てる。男の異能は、あくまで砂を操り、攻撃として形作るまで。一旦放たれた砂は、制御を離れればただの物質に戻る。

 巨大な砂の槍も、先ほどまで空を舞っていた砂の奔流も、今はただの砂の塊として、その場に落ち、舞っているだけだ。男が再び操作しなければ、それは盛り上がった砂山に過ぎない。そして、男が人間の姿に戻る一瞬の隙がある。

 ――水がだめなら風だ。これは使える。

 団は走った。避けながら、風の流れを肌で感じ、拳を振るうタイミングを探る。次の砂を操るまでのほんの一瞬、そして、人の姿に戻る、その一瞬をつければいい。


 男は、焦っていた。銀行を襲ってまでして手に入れた多額の金は、“あの人”に願いを叶えてもらうため。もう少しだったのに。

「なんでだ……なぜ当たらねぇ!」

 怒りの叫びと共に、砂の塊が蠢き、一箇所に集まっていく。やがてそれは巨大な怪物の姿へと変貌し、咆哮を上げた。広場一帯に巻き起こる激しい砂嵐。

 それでも、団は倒れなかった。

 頬を、腕を、砂のつぶてが容赦なく打ち付ける。痛みと共に、かすかな熱を感じた。その熱が、空気を押し出すように――不自然に風向きが、変わった。

 砂の怪物が巨大な腕を振りかぶる。その動きは遅い。団は、その予備動作をしっかりと捉えた。

 砂の巨体が振り下ろした腕を、団は体を捻ってギリギリで回避する。同時に、散らばった砂が地面に落ちる、ほんの一瞬。制御を離れた砂は、ただの砂となる。そうして現れた男の姿。

 その隙を逃さず、団は渾身の力を込めて地面を蹴り上げた。制御を失い、バラバラになった砂の粒子。その隙間を縫うように、団の拳が一直線に伸びる。

 ――男の顔面を、捉えた。


 砂嵐が、嘘のように止んだ。

 息を切らして立つ団。足元には、男が白目を向いて倒れている。

「……悪くないね」

 砂埃舞う影の向こう側で、右京の口元が愉快そうに弧を描いた。



「というわけで、真田団は正式にホワイト入隊の運びとなりました」

 犬飼が報告すると、ホログラム越しのヘルマンは穏やかに頷いた。

 机上には、未成年である団に関する祖母の承諾書や、その他の事務手続き書類が山積みになっている。ヘルマンはそれらを労いながら、「しかし驚いたねぇ」と、感慨深げに呟く。

「まさか、右京くんの合格が出るとは」

(最初に右京に任せようと判断したのはどこの誰だ)

 犬飼は心中でぼやいたが、口には出さず黙って聞いていた。ヘルマンは愉快そうに微笑んでいるが、犬飼の表情は終始引き締まったままだ。

 犬飼は一つ、間を置いて別の報告を差し込んだ。

「ところで――件の砂を操る異能犯罪者、山垣のことですが、ひとつ気になる供述が」

「ふむ?」

 ヘルマンの目が静かに細まる。犬飼は資料を捲りながら、声を低くした。

「取り調べ中、彼は繰り返していたそうです――『“あの人”に願いを叶えてもらうためだった』『禍様に会うためだった』と」

 その名が出た瞬間、空気がひやりと凍りつく。

「……“禍”か」

 ヘルマンの瞳の奥に、鋭い光が宿る。

「どうやら、金を積めば娘に会わせてやると、禍に言われていたそうです。銀行強盗の動機はそれでした。脱走した理由も、禍に会いにいく為だったようです」

「娘?」

 犬飼は頷く。

「山垣は、二年前に娘を病で亡くしています。事件前に強奪した金は、禍への“貢献金”だったと。記録では、娘はすでに火葬されているはずですが……」

「――死んだ娘を、生き返らせてやるとでも言われたか」

 重く落ちたその言葉に、犬飼は静かに頷く。

「はい。そのように供述しております」

 しばしの沈黙ののち、ヘルマンはやがてゆっくりと話を戻した。

「その上で、団君は即戦力になりそうかい?」

 問いを戻したヘルマンに、犬飼は少し目線を伏せ、言葉を探す。

「…………彼には、少し危うさを感じます」

「危うさかい?」

「あの行きすぎなくらいの正義感。……一体、何が彼をそこまで駆り立てているのか。いずれにせよ、それが己の身を焼く火種になるのではと」

 犬飼の口調には、どこか重たい憂いがあった。

「“リカルド”のように、正義を履き違え、取り返しのつかないことになるのではないかと――」

 その名が出た瞬間、ヘルマンの顔からも笑みが消えた。ホログラム越しでさえ、深く沈んだ過去の気配が伝わってくる。

 しばしの沈黙を経て、ヘルマンはぽつりと呟く。

「……そうだね。慎重に、見ていこう。そのためにスカウトしたのだから」

 一呼吸置いたのちに、ヘルマンはどこか自嘲気味な笑みを浮かべる。

「忘れてはいけないよ、犬飼くん。……私たちホワイトは、断じて、ヒーローではないということを」

 その言葉は、自らへの戒めのように深く響いた。

 ヒーローではない――その重みに黙してうなずき、犬飼は静かに、頭を垂れた。



 錆びついた鉄の扉を開けると、ギィ、と蝶番が悲鳴をあげた。

 築四十年を超える木造アパートの一室。狭い玄関には、団の運動靴と、祖母の履き古したスリッポンがこじんまりと並んでいる。

「お帰りなさい、団。今日は遅かったねぇ」

 奥の部屋から、温かい声が出迎えた。

 団は靴を脱ぎながら、ふっと表情を緩める。

「ただいま! ばあちゃん。足の調子はどう?」

「今日は調子がいいよ。それよりご飯、いま温めなおすから手を洗っといで」

「はーい」

 ちゃぶ台の上には、ラップのかかったおかずの皿が置いている。祖母は味噌汁を火にかけ、炊飯器から白米をよそった。

 団はバッグを置くと、手を洗ってから奥の和室に向かい、隅にある小さな仏壇の前に座った。

 線香をあげ、静かに手を合わせる。遺影の中で微笑むのは、団の両親だ。

 ――十二年前。まだ幼い団を残し、二人はとある事故に巻き込まれ、帰らぬ人となった。

 あれからずっと、祖母が女手一つで団を育ててくれたのだ。その背中は年々小さくなり、最近では膝や腰の痛みに顔をしかめる日も増えていた。

 団は遺影を見つめたまま、今日の出来事を反芻する。

 正直、騙し討ちのように連れられて勝手にバイト先に退職連絡をされたりと横暴だと感じていたが、提示された報酬額は高校生が深夜バイトを掛け持ちしても到底届かない桁だった。

 あれがあれば、隙間風の吹くこの部屋をもっとマシな場所に引っ越せるかもしれない。祖母に、もっと良い治療を受けさせてやれるかもしれない。

 振り返り、祖母の丸まった背中に声をかける。

「ばあちゃん、新しいバイトが決まったよ。これからちょっと忙しくなるけど、給料すごくいいんだ」

「そうかい、そうかい。良かったねぇ。でも、無理はするんじゃないよ。団は、母さんたちに似て頑張り屋さんだからねぇ……さ、冷めちゃうから食べてしまいなさい」

「ん、ありがと」

 団は仏壇から離れて座りなおし、いただきますと手を合わせた。

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