6-1-2/2 38 作戦会議

「輪奈さんがおばあちゃんなんだとしたら……、俺の父親がRNT02だって認めなきゃいけなくなる」

「何それ?」

 天貴の目が点になる。

 一方の喜歩も不意に飛び出した言葉に驚いていた。


「RNT02がお父さんだったら嫌なの?」

「……普通に考えて嫌じゃない?」

 北窓の授業にて、自身がB3Pで印刷された存在だとしたら嫌だと発言した生徒がいた。北窓もそれが普通の感覚だと述べていた。その子供であることも普通なら嫌なはずである。

「喜歩は自分が普通じゃないと思ってるんでしょ? だったら普通に考えてもしょうがなくない? 大事なのは喜歩がどう感じるかだよ」

「……」

 喜歩は言葉を詰まらせる。

 天貴に言われるまでもなく、喜歩自身の感覚で嫌だったのだ。そしてそれは、RNT02が怪物だという潜在意識に起因する。アンチB3Pに揶揄されたからでは無く、喜歩自身の認識として。

 

「別に良くない? おかげで玲沙ちゃんに興味持ってもらえたんだし」

「ちょっ!」

「くんくんまでしてもらったんでしょ?」

「べ、別にそんなの嬉しくなんかないからね! て……、俺そんな話までしたっけ?」

 全く記憶にない。つまりは天貴と伝田が喜歩の居ない所で何か話をしていたのである。

 2人に限って、それ以外の者への秘密の流出は心配ないだろうが、かなり恥ずかしい話もしていたようである。

 やはり世間一般の感覚から外れた狂人同士の会話だったのだろう。


「ねえ喜歩、この紙ってちゃんと読んだことある?」

 突然、天貴はトレイに乗ったポテトの袋を持ち上げ、その下に敷かれていたトレイマットを指差した。喜歩の目に笑顔の親子が並んだ写真が飛び込んでくる。そして親子の顔の上の辺りには、大きくありがとうの文字が添えられていた。

 

「なんだっけこれ?」

 先日新聞記事を読むために立ち入った店でも目にしていた広告だが、その内容についてあまり理解していなかった。

「病院近くにある宿泊施設の募金の案内だね。この店が運営してるやつ」

「募金? 宿泊施設が何かのチャリティになるの?」

「うん。入院してる子供達の家族って子供のすぐ側に居て上げたいでしょ? この施設で安く寝泊まりできるように、募金を募ってるんだよ」

「へー……。詳しいね」

 基本的に呑気で何を考えているか読めない天貴であるが、こうした目聡いところがあることには関心を覚える。

 

「だって僕のお母さんも使ったって言ってたんだもん。柳織研の近くにあるやつ」

「そこにもあるんだ……。お母さんってことは天貴の心臓の時の?」

「うん。僕が1歳か2歳の頃のことだから覚えてないんだけど、元々別の県に住んでたんだって。で、柳織研なら最新医療を受けられるって言うから入院することになった。お母さんが退院まで付き添えたのは宿泊施設のおかげだよ。今ではお父さんがこっちの方で仕事を探してくれたから、検査も行きやすくなったけどね」

「今も通院は続いてるの?」

「うん。たまにだけどね」

 天貴はおもむろにポテトを1本抜き取った。

「僕はたくさんの人の思いのおかげで救われたんだよ。このお店に食べに来た人の善意も含めてね」

 指先で摘んだポテトの先端を、店の入り口付近のレジカウンターに向ける。喜歩が座る位置からは遠く、天貴が何を指し示したかは不明瞭であるが、レジ横には募金箱が置かれていたなと思い出す。

「おもちゃつきのセット1つ買っても、1円寄付されるらしいよ」

 天貴は隣のテーブルに着いていた母子を顎で指す。その子供は母親の膝の上に座り、セットに付いていた絵本を読んでもらっているようだ。

 

「僕もその思いに応えるために精一杯生きなきゃって思う。それも医療の発展につながるんじゃないかな」

「確かに……。天貴が元気でいられるなら、B3Pへの信頼は高まるよね……」

 多くの人の尽力があって人が救われるとの信条は輪奈も説いていた通りである。しかしその恩恵を受けた者もまた、次の命へと思いをつなぐのだという新たな発見があった。

 

「それは喜歩も同じだよ」

「え……?」

「RNT02の作成に直接関与した人は少ないとは思うよ。でもRNT02の成功、意識もないなら成功と言えるのかは微妙かもけど、これまでB3Pのたくさんの実績があったおかげだと思うんだ。そこには優しい思いがいっぱいあったと思う。RNT02のずっと側にいたおばあさんならなおさらだよね。僕のお母さんみたいに大事な子供だと思って接してたんだよ」

 天貴の主張は尤もである。喜歩は誰よりも、B3Pによる恩恵を受けていたのだ。自身が命の連鎖の環から外れようなどおこがましい。


「天貴にしては、気の利いたこと言うじゃない」

「えへへへ……」

「ただの皮肉だよぉ」

 心優しい天貴が、喜歩の心の棘を抜くため、結論ありきで導き出した理論なのだとは感じる。それでも喜歩は、もっと自己と他者に優しくなっても良いのだと思った。


「五味先生が言ってたんだよ。謝ることが出来るのが理性的な人間だって。俺がりん……、おばあちゃんに謝ることが出来れば、俺はちゃんとした人間だって言えるんだと思う。そしたら父親のRNT02のことも、人間だって受け入れられると思うんだ」

「それでいいと思うよ喜歩」

 天貴の顔に満面の笑みが花開く。

 

「おばあちゃん、許してくれるかな……」

「うん! きっと許してくれるよ。……ん?」

 天貴は笑顔のまま首を捻る。

「そもそもおばあさんって喜歩のこと怒ってないんじゃないの?」

「え?」

「だっておばあさんはもう喜歩に謝ったんでしょ」

 やはり天貴には鋭いところがある。

「それはそうだけど……、俺は謝んなくちゃいけないと思う」

「なんのために? 許してもらうために謝るんだよね?」

「俺が人間であると証明するために……」

 このままでは堂々巡りである。

 

「じゃあ喜歩のためってことだよね。別に僕はそれでもいいと思うよ」

「いや、ちゃんとおばあちゃんのためにも謝りたい」

 ここまで来た意味をもう一度考えてみる。

 何故祖母のために謝るのか、正にそれを求めてやって来たのではないか。

 

「能登さんの手紙、自分は許されなくてもいいって書いてた。決して能登さんの自己満足なんかじゃないと思う。……だから許されなくても、相手のために謝る意義を知りたい」

「ふふふ。見つかったね、能登さんに会う目的!」

 天貴の無垢な笑顔は、喜歩の目にはあまりにも眩しかった。

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