4-4-1/2 25 舞の決断

「子供……、ですか?」

「ええ、無茶苦茶なことを言ってるのは分かってるわ……」

 確かに無茶苦茶ではあるが、輪奈の気持ちも分かる気はした。

 とは言え二つ返事で受け入れられるものではない。


「もしRNT02の子供が生まれたのなら、私は実質的に祖母ということになる。舞さんにとっては義母ね。お義母さんと呼ぶのを待ってくれないかとは言ったわよね? 話を聞いてもらって舞さんに判断してもらいたかったの。私を義母と呼べるのかどうかを。でも、こんな頼みごとをしておいてお義母さんだなんて、虫がよすぎるわよね……」

 輪奈のことを哀れだと感じてしまう。

 慰めてやりたいところだが、先ほどは自然に漏れたお義母さんと言う言葉が、今となっては喉に引っかかって出てこない。

 今後輪奈を義母として認めるには、相当な覚悟が求められるのだ。


 そしてまだ確認すべきこともある。

 

「遺伝子を残す機能があるって、そう言う……?」

 舞の視線がおずおずとRNT02の股間の辺りに向く。

 そこは現在布団に隠されており、機能の有無は判別つかなかった。

「夜間陰茎勃起現象は意識が無くても起こるものよ」

「ぼっ……」

 舞は思わず、顔を赤くして目を背けてしまう。

 

「いわゆる朝立ちのことね。遺伝子を残すという点では、勃起機能よりも精子の生産能力の方が大事なのだけれど」

「……それもあるということですか?」

「ええ」

 

 そんなことがあって良いのだろうか。

 輪太は死んだ。しかし彼の遺伝子はこの世に現存し、次世代へ引き継げる可能性が残されている。

 そしてRNT02は輪太ではない。RNT02には輪太の意識と記憶が無く、元の体が寸分も含まれていないのだ。

 

 ところがその子供となるとどう考えるべきか。

 元からありもしない輪太との子供に、意識も記憶もない。体は舞の子宮の中で形成されることになる。

 RNT02の子であることは間違いないが、輪太の子でないとも言い切れない。

 あるいは輪太の孫、もしくは甥と捉えるべきなのか。

 

「意識は無くても、これはRNT02が生きようとしている証だと思っている。この世に残る輪太の魂の叫びだとも考えているわ」

「魂の叫び……」

 スピリチュアルな話になった、と思った。

 人類科学の最先端を牽引する輪奈が、窮地に立たされているということなのかもしれない。

「そう、この音だって彼の声なんじゃないかって思ってしまう」

 輪奈は心拍モニターを指差す。

 その装置からは、相変わらず無機質で周期的な音が奏でられている。

 

「この音がいつ途絶えたっておかしくない。それにRNT02の存在を今日まで隠し通せたこと自体奇跡よ。だから……、輪太との最後のつながりを……」

 もはや輪奈自ら、RNT02との繋がりを断つ決断などできないのだ。

 いっそ外部要因によって引導を渡してやった方が、彼女の為なのかもしれない。

 そして受動的ではあるが、舞にその外部要因として役割を委ねられている。

 

「ごめんなさい、舞さん。やっぱり忘れて。こんなこと未来あるお嬢さんに頼むべきではなかった――」

「お義母さん」

 込められた意味も、声音こわねも重い言葉が口から出た。

 

「……え?」

「教えてください。妊娠の可能性とか、母体と胎児へのリスクとか。さすがに調べられているんですよね?」

「え、あ……。そ、それって……?」

 輪奈の顔から、明らかに希望の色が浮かぶ。

 口元を抑え取り繕っているようにも見えるが、漏れ出た声のトーンは1オクターブ跳ね上がっていた。

「お義母さんの説明次第です。許容できるレベルのリスクなら……、やらせてください」

 輪奈に引導を渡してやることなどできなかった。

 

 そして輪太との繋がりを、輪奈に独占されることも女として耐え難かった。

 またここで断ってしまったら輪奈はどうするだろう。また別の母体候補を探そうとするのではないだろうか。もし輪太と他の女の遺伝子の混ざった子供が生まれると言うのなら、舞は正気を保っていられる気がしない。

 輪奈が自身のエゴでRNT02を生かすというのなら、舞も自身のエゴで輪太との繋がりを示したい。輪太の魂を感じたい。


「え、ええとそうね。まず遺伝子検査の結果だけど……。さっきも言った通り、RNT02は輪太と全く同一の塩基配列を持っているわ。生まれてくる子供は、輪太の子供と同程度の健康リスクを持つと言うことね。それで言うと私の祖父はすい臓がんではあったけど、82歳までは生きたから歳相応のリスクを負った結果だと思ってる。それに精液検査では、精子率、運動率、形態、生存率に問題なし。生物学的には妊娠可能な状態と言えるわ。何分なにぶん前例のないことだから、100%断定はできないのだけれど……。母体へのリスクは、一般的な体外受精と同程度になるはずよ」

「当然体外受精……、なんですよね?」

 ある意味最も懸念していたところである。

 妊娠の決意はしたものの、RNT02に体まで許す気には到底なれなかった。

「え、ええ。もちろんよ。勃起機能があると言ったけど、非外科的方法で精子を採取できる可能性があるというだけで……。舞さんにそんなことさせられないわ!」

 輪奈は首をぶんぶんと振って否定を示した。

「それに体外受精と言っても、妊娠する確率は3、4割と言われているわ。何度もトライすると体への負担も大きい。途中でやめてもいいのだからね」

「分かりました。でも、やれるところまでやってみるつもりです」

 決心さえついてしまえば、何も特別なことはない。少なからず子供を望む女性達が、通って来た道をなぞるだけである。

 

「舞さんの親御さんにも説明しないといけないわね……」

「大丈夫です。私が話を詰めておきますので」

 本当は正直に両親に話すつもりなどなかった。そもそも輪太との関係さえ打ち明けたことがない。

 堕胎もできないというタイミングで、行きずりの男とできてしまったと言えば、親も認めざるを得ないだろう。少し怒られれば済む話だ。

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