第23話 幕間3

 フィーロが偶然にも毒殺を回避したその日の夜のこと。


「……」


 レイテは荒れた心を鎮めるために、修練場にて無言で剣を振っていた。


「くそ……」


 最近の城内の空気……すなわちフィーロへの悪感情を隠さない者の増加もそうだが、なによりもレイテは、優柔な自分に憤りを覚えている。


「何でこんなことになったんだ」


 どうしてと自問しつつも、レイテは最初から間違いを理解していたからだ。


 そうわかっていたのだ。


「父上のような騎士になるはずだったのに……」


 いくら中央に戻るために首になりたいからといって、主に対して無礼な態度を取るなど、そんなもの立派な騎士の行いではないと、わかっていたのだ!


 だがそれでもあの日、首を言い渡されない限り護衛騎士の任を全うし続けろと、そう父親であるグルストに言われてこの辺境の土を踏んだそのときに。


 だったらさっさと首になってやると、レイテは衝動的に動いてしまった。


 辺境で燻るのが嫌で嫌で堪らず、ゆえその瞬間はあたかもそれが名案に思えて、心のどこかで騎士にもとる行為だと理解していても止まれなかったのだ……。


 そしてその考えは、例え兄であるクラッドに窘められたとしても尚変わらず。


 だからこそ、リーエを始めとした無礼な態度に憤りを覚えていた者たちに謝罪して回ったことをある種の言い訳にして、レイテは無礼な態度を改めなかった。


 本当は一番に謝罪しなければならない相手が誰かなどわかっていたが、それでも中央に帰りたいという思いが強く、それゆえに譲ることができなかったのだ。


 そのためレイテは、期せずして擦り寄ってきたフィーロに悪感情を持つ者たちを密かに告発することで、この無礼な態度にも意味があるのだと自己弁護したり。


 あるいは、定期的にリーエの下へ謝罪ついでにお小言をもらいに行くことで罪悪感を誤魔化しながら、ここ一年と少しの間ずっと無礼な態度を取り続けてきたが。


 しかし、もういい加減に限界を迎えていた。


「ああもう!」


 無心になろうと剣を振るレイテの視点では、フィーロに非が見当たらないからだ。


 むしろ、魔王の息子として将来が期待されていたところに来ての魔力適正欠陥だったのでと、一転して失望の目が向けられたことに酷く同情しているほどで。


「腹が立つ!」


 ゆえにこそレイテは、最近の城内の空気や、今日の今日まで未練がましく無礼な態度を取り続けている自分の優柔不断っぷりに、憤りを覚えて止まなかった。


「気にしてないはずがないってのによ!」


 なにせレイテは、自分の無礼な態度や周囲からの陰口を、堪えた様子もなく無表情で受け流しているフィーロが、その実気にしていると思い込んでいたからだ。


「じゃないとあんなに魔導書を読み漁らないだろうが……」


 すべてはフィーロが次から次へと魔導書を読み漁っていることが原因だった。


 といっても、実は魔力適正欠陥ではないフィーロは、魔力量が少ないなりに一応は魔法を使うことができるからと、適正のある魔法を探していただけであり。


 しかしそれがどういうわけか、なかなか見つからないので、それゆえに次から次へと魔導書を読み漁っていたというのが、実際のところの真相だったのだが。


 それをレイテは、魔力適正欠陥である魔法を使えないがゆえの魔法への渇望の現れだと誤解し、それすなわち魔力適正欠陥であることを気に病んでいるのだと、そう解釈して。


「だってのに出来損ないだのと好き勝手言いやがって……」


 だからこそ好き勝手言う連中と、そして自分に対して益々と憤りを募らせる。


 これまで密告しても結局は誰も首にはならず、連中でさえ首にならないのなら自分がなるはずがないと、レイテは当の昔に現実に気が付いていたからだ。


 それなのに、もういっそ無礼な態度を改めて、口さがない連中をとにかく片っ端から問い詰めてやりたいと思いつつも、踏ん切りがつかなかった自分を責める。


「あげくに毒殺だと……!」


 結果、遂には毒殺まで敢行されたのだから仕方がない。


「くそっ」


 未遂に終わったとはいえ、レイテは許しておけなかった。


「なんで努力してるフィーロ様が……」


 やはりレイテ視点ではフィーロには非が見当たらないことが最たる理由で。


 そのうえ周囲から陰口を叩かれても一切めげることなく、剣を習い始めたりと、できる精一杯の努力をしているようにレイテの目には映っていたからだ。


「なんで努力してるあいつが……」


 ただ、そこに加えてレイテには許せないことがあった。


「殺されなきゃならないんだ!」


 それはその上昇志向ゆえに努力を重ねていた下手人メイドが切り殺されたことである!


 というのも、新参者の中でも努力家で、従者としての所作を身に付けるのが早かったかのメイドに乞われ、レイテは数度稽古を付けてやったことがあったのだ。


「やっぱ唆されたのか?」


 ゆえにその人柄を少し知っており、焦りにも似た上昇志向に少々の危うさを覚えたものの、一人で毒殺など考えつくはずがないと確信しているレイテは激高し。


「くそっ!」


 振り下ろした剣で、地面を割った。


「……」


 砂埃が舞う中、無言で剣を収めて己の行動を反省するレイテ。己の癇癪に似た稚拙な行動が城内の不和を加速させたことを理解していたからだ。


 その結果、フィーロに降りかかるより先に、新参者の従者たちにも蔑みの火の粉が降りかかっており、それがなければあるいはとレイテは慚愧する。


 それもまた下手人たるメイドを焦らせ、凶行に走らせた要因だったからである。


 とはいえ、あくまでレイテは状況を加速させただけであり、例えレイテが品行方正に務めを果たしていたとしても、どのみち不和は発生したし。


 それになによりも一番悪いのは、メイドを唆した人物なのであるが。


 ともあれ、反省したレイテは、明日にでもフィーロに謝罪し、そして無礼な態度を改めることに決めて、重い足取りで割り当てられた自室へ戻ろうとする。


「おやおや。随分と荒れているようですね」


 が、そこで今一番出会いたくない人物が修練場へとやって来た。


「やはり出来損ないのお守りはストレスが溜まるようだ」


 慇懃と嘲笑が混じった態度でもって話しかけてきたのはメルニウスである。


「……」


「それだけに残念でしたねえー」


 黙ってメルニウスを睨みつけるレイテと、口元を歪めて話すメルニウス。


「あの出来損ないが死んでさえいれば、あなたも中央に帰れたというのに」


 そんなメルニウスは、レイテが握り拳を震わせていることを知りつつ尚も続ける。


「まったく。所詮、出来損ないのメイドは出来損ないというわけですねえ」


 こうしてメルニウスがレイテのみを前にしたときに、人を食ったような態度を見せるのは割と日常で、別に今に始まったことではなかったが。


「主に似て、本当に役に立たない」


「おまえだろ。やっぱ……」


 しかし今のレイテがこの言動を許容できるかと言えば……。


「はい?」


「おまえが毒殺を唆したんだろ!」


「やれやれ。何を言い出すのかと思えば……」


 その言動から限りなく確信に近くなった疑念も相まって、到底に難しく。


「……仮にそうだとしたら。何だと言うのです?」


 そのうえ、メルニウスが今日一番の嘲笑を浮かべて更に仄めかしたものだから。


「たたっ切る!」


 次の瞬間! 激高したレイテは、先ほどリーエからくれぐれも軽挙は控えろと言われていたことも忘れ、鞘から引き抜きざまに炎を纏った斬撃を放った!

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