第13話 現在、いざ大魔王城へ3

 エルーグと三人の竜騎士たちの戦闘を眺めていた俺だったが。


「こちらに来るぞ!」


 しかし、護衛として傍に控えていた残り一人の竜騎士が叫んだ通り、悠長に眺めているだけでは許されないようだった。


 向かってくるエルーグを前に、まず対処に動いたのはラルバだ。


「それはまあ! そう来ますよねえ!」


 そう叫ぶと同時に、ラルバの背後には複数の魔法陣が展開され、そこから氷や炎、雷でできた無数の矢が放たれ、エルーグに向けて殺到する。


 先ほどからずっと、ラルバが魔力を練っていたことには気付いていたが、どうやらエルーグの行動を予測して、魔法の準備をしていたようだ。


 だが、その面で制圧するかのような攻撃を、エルーグはスルスルと躱し、あるいは手にした魔力の槍で悠々と弾いて、どんどんと距離を詰めてくる。


 三十日目に魔力の拡張が止まった中級上位の魔族であるラルバと、三十八日目に止まった上級中位のエルーグでは、その実力に差があり過ぎるのだ!


「くっ……」


 それでもラルバは魔法の矢の射出をやめないが、やはりエルーグ相手では僅かな時間稼ぎにしかならず、しかし今回はその僅かな時間稼ぎが功を奏した。


「迎え撃ちま――」


 迎え撃とうと傍に控えていた竜騎士が動こうとしたその瞬間!


「「「!」」」


 寸前まで迫っていたエルーグが、天から迸った極光に飲まれたからだ!


「……」


 見上げれば、そこにはコウモリのような一対の翼を羽ばたかせ、腰まである漆黒の髪と、夜のようなドレスを風に揺らすアーシェの姿があった。


「まったく……。お兄様を出迎えに来てみれば」


 すーっと高度を落としながら、呆れた様子を見せるアーシェ。


「この魔都で騒ぎを起こすなんて、何を考えているのかしら」


「貴様ぁ……」


 対して、極光を浴びながらも僅かな傷しか負っていないエルーグは、その傷を修復しながらも、優雅に舞い降りてきたアーシェを睨みつけた。


 その様は怒り心頭といった様子だが、しかし実力ではアーシェに敵わないと理解していることもあってか、忌々しそうに睨むだけに留まっていた。


 そう。エルーグとアーシェは確かに同じ上級上位の階級に居るが、しかし同じ階級に居るといっても、その実力には大きな開きがあるのである。


 なぜなら三十八日目に入ってすぐに拡張が止まったエルーグは、なんとかぎりぎりのところで上級中位へと足を踏み込むことができた魔族であり。


 対して四十一日目が終わりを迎える寸前で拡張が止まったアーシェは、あと少しで上級上位というところで上級中位に留まった魔族だからである。


 ゆえに、戦えばよほどの下手を打たない限りアーシェが勝利するので、それをわかっているエルーグも、魔力の槍を霧散させて戦闘態勢を解いた。


「というか。生きていたのね」


 そんなエルーグに、心底残念そうに言葉をかけたアーシェ。


「当然だ!」


 もちろんそんな態度を見たエルーグは、青筋を浮かべていたが。


「愚弟が迷惑をかけたわね」


 アーシェはどこ吹く風と相手にせず、竜騎士たちに謝罪する。


「いえ。ですがこのことは大魔王陛下にご報告させていただきます」


 アーシェには譲る姿勢を見せつつも、エルーグを睨みつけたリーダ格の騎士。


「ふん。虎の威を借るか、好きにしろ」


 ただ、エルーグはどこ吹く風とばかりに不遜な態度を貫いており。


「それよりも、だ! 次期魔王に関する件で大魔王陛下がお呼びだと聞いて、兄上の代わりに駆けつけてみれば! これはどういうことだ!」


 そんなことよりもと、俺に向かって険しい表情で吠え立ててきた。


「出来損ない! なぜ貴様までがこの魔都に居る! なぜ許可もなく領地を出ることができた! ふざけるなよ! いったいどういう了見だっ!」


「……」


 別に出たくて出てきたわけではないのだが……。


「あら。それがわかっていたから襲ってきたのではなくて?」


 黙っている俺に代わって、アーシェが皮肉気な微笑と共に答えた。


「やはりそうか。どんな方法で契約をすり抜けたのかは知らぬが。あろうことか兄上を差し置いて。卑しくも魔王の座を望むと言うのだな!」


 いや! 微塵も望んでないですっ! 


 今のご時世だとやっぱり戦地への直行便でしかなし、そうでなくとも今みたいに命を狙われるから、魔王の座など望むべくもない。


「当然でしょう? 魔王の座はお兄様にこそ相応しいもの」


 そもそも全然相応しくないので、やめてくださいアーシェさん……。


「戯言を! 我らがそれを許すとでも思っているのか!」


 なんならば、俺としてはエルーグたちを応援したいぐらいである!


「あら。あなたたちの許しを得る必要があるとは知らなかったわ」


 勝ち誇っているアーシェには悪いが、俺としてはエルーグを始め、レジエス兄上や果てはラーステアにさえ希望を見出したいところだった。


 ご存じの通り、彼らはレジエス兄上こそを魔王にと望んでいるので、魔王になどなりたくない俺としては、是非ともそれを成し遂げて欲しい。


「すでに陛下は同意をなされているのよ。お兄様こそを魔王にと」


 だから勝ち誇るアーシェに、俺は負けるなエルーグと心中で声援を送り。


「なんだと? いやだが、いくら陛下が望まれようともだ。古の盟約に従えば、次期魔王の選出は各領地の意思こそが尊重されるはずだ!」


 そして、俺は古の盟約を持ち出して反論したエルーグの雄姿を見て……。


 そ、それだ! と思った。


 そうだよ。確かに大魔王様の意思は無視できないものがあるが、しかしエルーグが言ったように古の盟約によれば、領地の意思こそが優先されるはずだ!


「だから私が選出し、陛下が認可されたんじゃない」


 つまりいくら大魔王が望もうとも、反対多数であれば押し通せないはずなのだ。


「ふざけるな! おまえに選出の権利があるわけないだろう!」


 そして具体的な領地の意思というのはその領地の有力者の意思であるので、そのため一大勢力たるラーステア一派の反対を無視できるのかというと……。


「ふふ。いくらでも吼えればいいわ。でも陛下のお気持ちは硬いのよ」


 どうなのだろうか? アーシェの態度を思うと、不安になるのだが……。


「だとしても越権行為だ! そんな横暴が認められるわけがない!」


 しかし魔王になりたくない俺としては、エルーグの意見に縋りたい。


「だったら、これからお兄様が陛下に謁見するその場に、あなた達も呼ばれているんだから、そこでいくらでも吼えてみればいいのじゃないかしら?」


 が、やっぱり余裕綽々な態度や、大魔王様が賛同しているという事実が痛く。


「もちろんそうさせてもらう! 誰が出来損ないを魔王になどさせるものかっ!」


 そのため、俺は何かもっと信用に足る根拠を頼むとエルーグを応援したが、しかしエルーグは今の言葉を最後に、飛び去ってしまった……。

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