ほんとは弱いと言えなくて

紙禾りく

第一章 大魔王拝謁

第1話 現在、幽閉の地にて1

「大変です! フィーロ様っ!」


 その日、俺の平穏な生活は脆くも崩れ去ることとなる。


「魔王様がっ!」


 双子の妹であるアーシェの下へと派遣し、その指揮下で伝令として働いているハーピィ族のラルバが、勢いよく部屋へと飛び込んで来るなり。


「魔王様が勇者に討たれましたっ!」


 その口で、とんでもないことを言い放ったからだ!


「っ!」


 その瞬間、俺はあまりの驚きに言葉を失ってしまう。


「そ、それは本当なの?」


 背後に控えていた専属メイド、ナーガ族のリーエが、そんな俺の代わりに聞き返しているのが、どこか遠くの出来事のように聞こえる。


 まさかあの父上までもが討たれるとは……。


「間違いありません!」


 心のどこかで恐れていたことが、現実となってしまった。


 嫌でも耳に入ってくる刻一刻と悪くなっていく戦況から、いかな父上であろうとも、討たれる可能性はあると懸念はしていたが。


 それでも、きっと戦況を盛り返せるはずだと信じていた俺は、だからこそ様々と見せ付けられた非情な現実を前に、頭を抱えたくなる。


「そんな……! 西の魔王様に続いて、まさかリザブロ様まで……」


 西の魔王に続いて北の魔王たる父上までもと、たった三年の間に四大魔王のうちの二角が立て続けに落とされたのだから、仕方がない。


「……」


 無言のままに、読んでいた魔導書を閉じて、椅子の背にもたれかかる俺。


 生まれたときからずっと表情筋が仕事をサボっているおかげで、動揺が表に現れることこそなかったが、内心は穏やかではいられなかった。


「そうか、あの父上が……」


 幼い頃に幽閉されてより二百余年、滅多に会わないこともあって、肉親の情など当の昔に薄れていたので、別段に悲しみはなかったものの……。


 これでまた一歩、魔族が追い詰められたと思うと、憂鬱だった。


 やはりこのままでは魔族は……。


 魔王の死……それも人族に討たれての死という、百年に一度あるかないかといった出来事がこうも立て続けば、嫌な想像も膨らむというものだ。


「それで」


 だが、今は一先ず嫌な想像を振り払い、俺は重たい口を開いた。


「アーシェは無事なのかな?」


 とにもかくにも、最愛の妹の無事を確認することが重要だったからだ。


「っ! そ、そうです!」


 そんな俺の言葉を聞くなり、はっとした様子でラルバへと詰め寄るリーエ。


「アーシェ様は! アーシェ様はご無事なのですかっ?」


 どうやらリーエもまた俺と同じように、父上に帯同して戦場に居たはずのアーシェが無事なのかどうか、心配になったらしい。


 とはいえ、もしもアーシェの身に何かがあったとすれば、ラルバもなによりもまず報告に挙げていたはずなので、俺はそこまで心配しておらず。


「大丈夫です! アーシェ様も、レイテ様を始めとする皆様も、全員無事です! 怪我をした者は居ますが、大事はありません」


 その僅かな不安も、次の瞬間には解消された。


「そうですか。よかった……」


 ほっと胸を撫で下した俺に続き、リーエもまた安堵の言葉をもらす。


「しかし。エルーグ様は安否不明とのことです」


 ただ、腹違いの弟であるエルーグは安否不明となっているようだった。


「そうなのかい?」


 もっとも、正直エルーグとは仲がよくない……どころか敵対しているので、別にその安否などどうでもよく、さしたる興味も湧かない。


「はい。戦死は確認されておりませんが、帰還もしておりません」


「ふむ……」


「それはそれは。是非ともお亡くなり遊ばされていて欲しいところですね」


 ちなみに、今毒を吐いたリーエを始めとして、俺と親密な者の大抵がエルーグを嫌っており、それを隠そうともしない者も多かったが。


「まあエルーグのことはどうでもいいとして。他に報告はあるかな?」


 みな本人の前では控える分別があるので、聞き流して話を進めた。


「はい! 吉報がございます!」


 するとなにやら、ラルバは喜び勇んで報告を続けようとし。


「吉報?」


 その喜色満面といった様子に、なんとなく俺は嫌な予感を覚えたが。


「お喜びください! フィーロ様!」


 さりとて、聞きたくないと耳を塞ぐわけにもいかず。


「アーシェ様がフィーロ様を魔王に推挙し、それを大魔王陛下が承認いたしましたっ! 魔王就任です! おめでとうございますっ!」


 そしてまったくもって最悪なことに、その予感は的中することとなる。


「えっ?」


 そんな馬鹿なと、俺の口から自然と飛び出した驚きの声。


「なんて?」


 今なんか、魔王就任とか、そんな戯言が聞こえてきませんでしたか?


 いやいやいや、そんな馬鹿な。魔王の息子にあるまじきよわよわ魔族の俺が、そんな魔王に就任とか、何かの聞き間違いのはず……。


「つきましては! フィーロ様には、準備が整い次第直ちに登城せよとの勅命が、大魔王陛下より下っております!」


 いやほんとに! 駄目だってそんなの! 大魔王様からの勅命ってそんな……。嘘だよね? 頼む! 頼むから嘘だと言ってくれっ!


 そうでなければならない! ならないのだ!


「ああなんと……! なんと素晴らしいことでしょう。ついにフィーロ様が魔王として、お立ちになるときが来たのですね!」


 だが、俺がどれだけ心の中で懇願しようとも現実は変わらず、なにやら感極まっている様子のリーエを尻目に、俺はめまいを覚えていた。


 魔王への就任……それはすなわち戦場へと引きずり出されることを意味し、そうなれば実力の伴わない俺がどうなるかなど、想像に難くないからだ。


 ああもう……。どうしてこんなことに……。


 それゆえに俺は心中で嘆いたが、しかし全ては誤解を解かなかったことに起因しており、身から出た錆と言わざるを得なかった。


 そう。ひとえに長年に渡る誤解を解かずに放置し続けた己が悪いのだ。


 魔王どころか大魔王の器だと持て囃す皆に、本当は弱いと打ち明けることができなかったその結果が、この現状を招いたのである……。

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