失恋少女には、どうやら面白い才能があったようで

 普段の栞なら、ほとんど近寄る事が無いこの場所。無数の雑多な音声が入り混じる娯楽の集合地──その名もゲームセンター。


 柚葉に誘われて数回訪れた事がある程度で、一人で足を運んだのは生まれて初めてである。むしろ、ガヤガヤした所をあまり好まない彼女にとっては、苦手意識からずっと忌避してきた場所なのだ。


 しかし、今に限っては、この空間の耳を突くような雑音ノイズが何だか心地良い。半強制的に頭へ流れ込んでくる騒音が、脳に余計な事を考えさせる隙間を作らせず、勝手に湧き上がってくるマイナスな感情で心が支配されずに済むからだ。


 見慣れない光景を前に、右から左へと首を動かしながら視線を泳がせる栞。


 ゲームセンターに来たのは良いのだが、目的も無く衝動だけでこの場所におもむいてしまった為、何をしたら良いのか分からず立ち呆けてしまう。


「う~ん……何しよう。ゆずと来た時は、ひたすらプリクラをハシゴしてたっけ」


 栞にとってのゲーセンと言えば、柚葉に連れられて、謎に二台も三台も、違う機種のプリクラでプリを撮った記憶しか無い。さすがに、どれだけ心がすさんでいる今の彼女でも、一人でプリクラを撮ろうとは思えないようで。


「ん~まぁ……何か気になる物見つかるまで、てきとうに歩いてみようかな」


 そんな事を呟いて、彼女は左右をきょろきょろと見渡しながら店内を練り歩き始めた。


 ショッピングモールの一角に入っているゲーセンにしては店内が広く、目に入るだけでもアーケードゲーム、リズムゲーム、コインゲーム、リズムゲームなどの、バラエティ豊かな筐体がびっしりと並べられている。


 それ等の筐体で遊んでいる人も様々で、栞のイメージするゲームセンターと言えば、ヤングな活きの良い世代が溜まり場にして遊んでいるという感じだったが、実際は下から上まで幅広い年代層が集まっており、年齢や世代を超えて同じ『好き』を抱いている人間達がここに来ているようだ。


──ここに来てる人達も皆、恋愛で辛い思いをした事があるのかな……?

 

 歩きながら目に入る人々を傍らに、ふとそんな事を考える栞。


 一人一人にその時のエピソードを聞いて回ろうという訳では無いが、自分にも他の人が知らない人生があるように、他の人にも自分の知らない人生があり、それがこの場所にいる人数の分だけ存在すると思うと、何だか言い表せない不思議な気持ちになる。


 絶対に正しいゲーセンの楽しみ方では無いが、慣れない場所で様々な思考を巡らせながらただ歩くというのも案外面白いもので、意外と飽きずに気分転換出来ている事に驚きながら、足を止めずに気が向く方向へと進み続ける彼女。


 大海原でゆらゆらと浮かぶ朽木くちぎのように、何の規則性も無くネオンの光の中をただ放浪していた栞だが、あるコーナーに差し掛かった時、それ以上前に進まず両足を揃えて立ち止まった。


「あ、さっきの親子……」


 目の前にいたのは、彼女が普段寄り付かないゲーセンに行くきっかけとなった親子と、彼等が楽しそうにプレイしているクレーンゲーム。


 後ろを通り過ぎた際に分かったが、どうやら子供の方は、最近話題になっているミニキャラのぬいぐるみが欲しいようで、すぐ側に立っている母親に「もう一回!もう一回だけ!」と駄々をこねている。


──ふふっ、可愛いな~


 幼い子供の無邪気な姿に、栞の口からは自然と笑みが零れる。


 それから、少しだけ歩くと、親子とは違うクレーンゲームの筐体に、あの子供が欲しがっていたミニキャラのぬいぐるみと全く同じものが景品として置かれているのを見つけた。


 何故、同じ景品なのにわざわざ場所を離したのかは良く分からないが、あの親子の近くで同様の筐体をプレイするのはさすがに気まずい為、都合が良いと言えば都合が良い。


 栞は、そのクレーンゲーム機の前で完全に足を止めて、鞄の中にある財布を手で探る。


 本当にただの自己満だ。まぁ強いて理由を付けるなら、普段行かない場所に来て大分リフレッシュ出来たから、そのお礼。


「……言っても、コレ初めてやるから絶対取れないだろうけど」


 そう言いながら、百円玉硬貨を五枚投入した栞。百円で一回プレイ出来るものが、五百円なら一回多く出来て少しだけお得な為、わざわざこの枚数の硬貨を入れたのだ。


 レバーでクレーンを動かし、ボタンで下に降ろして景品を掴ませるという単純なゲーム。持ち上げて景品を浮かし、それを指定の穴の中に落とせば景品ゲットという、聞くだけならとても簡単そうなそれだが、実際はクレーンの腕力が弱くて持ち上がらな事が大半である。


 もちろん栞も例外では無く、一回目と二回目は、ほとんど景品の位置が変わらなかった。


 しかし、その無駄と思われる二回の中で、彼女は気付いてしまった。このゲームは、バカ真面目に景品を掴みに行っても取れない事を。そして、全ての景品に、小さい輪状のタグが付いている事を。


「これ……狙えるのかな?」


 過去二回は、前面のガラスだけ見ていた栞だが、現在プレイしている三回目に関しては、サイドのガラスからも覗き込んで、慎重に位置を合わせる。そのまま、思い切ってクレーンを落下させるボタンを押した。


 アームが開き、垂直に下っていくそのクレーン。しかし、惜しくもタグに掠っただけで、輪っかの中には入らなかった。


「……うん。なるほどね」


 何かを掴む事無く上がっていくクレーンを見つめながら、ぽつりと呟いた栞。彼女の切れ長な目から発せられる眼光は、さながら獲物を狙う猟師ハンターのよう。


 持てる全ての集中力を注ぎ込み、握るレバーを動かし始めた四回目。


 彼女が操作するクレーンの軌道は、初めからあらかじめ進む先が決まっているかのように、視線通りの位置をなぞって寸分の狂い無く狙いの箇所で動きを止める。そのまま、瞬きをする間も無く、下降のボタンを押した。


 今度は、しっかりとタグを捉えたアームの片側。そして、上昇と同時に、景品が宙へと浮かび上がる。


 ガタンッと、今までの三回では聞く事の出来なかった落下音が鼓膜を掠め、栞はしゃがみ込んでその音の正体を手に取った。


「やった!取れた~!」


 景品のぬいぐるみを大切そうに抱えながら、彼女は屈託の無い笑みを浮かべた彼女。


 あの子供にプレゼントするだけであればもう終わっても良いのだが、折角あと一回分残っている為、もう一度レバーに手を掛けて狙ってみる。


 一日を通して下がり切っていた運のツケが回って来たのか、それとも栞自身が知らないあらたな才能なのか。連続して獲得した景品を手に取り、


「二つもゲットしちゃった~!えへへ!私って天才かもっ!」


 年甲斐も無く無邪気にはしゃぐその姿は、もはやどちらが子供なのか分からない。


 最高に上がったテンションそのまま、ぬいぐるみの片方を渡しに行こうとしたその瞬間、突然叩かれた栞の右肩。


 驚きでピクッと跳ねたその肩の方向に、恐る恐る振り向く。


「……はい?何です────ッ」

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