紅茶と名前のない子供たち

りんごの化身

レシピ1 角砂糖は一つだけ

「光翔姫、また明日!」

「うん、また明日。」

今日も一日を終えた。授業を終え、部活の練習を終え、家路につく。でも今日は両親は旅行に行っていていない。どこかで簡単に夕飯を済ませて帰ろう。

そう思った私は繁華街に入った。

たばこと何かを焼いているようなにおいをもった煙。顔を赤らめ、足取りもどこか不安定な人々が集う夜の街。

こんなところ一生行くわけないと思っていたのに。

「早くスーパーによって帰ろう。」

そう思って足を速めた瞬間、ふとあるお店が目に入った。

「喫茶drop」

看板にはそう書いてある。アンティーク調の外観、扉には外国でしかお目にかかれないような置物がある。

「喫茶店なら、この人たちを避けられるかな。」

今の疲れを何とかしたい私は思い切って扉を開けた。

「ごめんください…」

中は少し薄暗い。棚やカウンターに淡い光が灯っている。カウンターの奥には食器類がきれいに並べられていた。

「おしゃれ…」

棚にはいくつかの紅茶の缶があり見ているだけでも興味深い。

しばらく眺めていると、誰かが制服の裾を引っ張って来た。

「おねーさん、どうしたの?」

「へ?」

後ろを振り返るとそこには私よりも幼い子供がいた。

「こ、子供…?」

親は近くにいないのだろうか。そう思って店内を見まわすがそこには誰もいない。

一体どうしたものかと考えていると店の奥から一人の男性が姿を現した。

「誰だぁ…?俺はまだ作業が残って…」

その男性は、目つきも悪く、頭もぼさぼさで…そしてなにより

危ない人だ

そう直感してしまった。

「…っ」

どうしたらいい、ここに大人はいない。外に出てもほとんどが酔っ払っていて誰も頼りにならない。それでも外に出るべきか。そう考えても足がすくんで動けない。そんなとき、男の子が声を上げた。

「おじさん!お客さんだよ!」

「あ?」

男性はこちらをじっと見つめてきた。いったい何者なのだこの人は。

「あー…悪い。あいにく今日は店じまいでな…」

男性はバツが悪そうに頭をがりがりとかく。しかしすぐに彼は戸棚の食器を出し始めた。

「せっかくだ。一杯くらい飲んでいけ。」

「…え?」

彼はてきぱきと戸棚から必要なものを取り出していく。コンロに火をつけ、水の入ったやかんを置き火にかける。その間に棚から一つ缶をとりふたを開けた。その缶からは茶葉の良い香りが漂ってくる。

「裕太。お前は中に入って夕飯を食べなさい。」

「はーい。」

裕太と呼ばれた男の子はカウンターに入りそのまま奥の部屋へと消えていった。

そうこうするうちにお湯が沸き、ポットとカップを沸かしたお湯で温める。そのお湯を捨ててポットに茶葉を淹れ、お湯を高い位置から注ぎ始めた。

所作の一つ一つが丁寧で、それを見ているだけで引き込まれる。

「こいつは二分半くらいだな。」

そう言って砂時計をひっくり返し、砂が落ちきるまでの間に角砂糖が入った容器をカウンターへ準備し始めた。

「お前さん、甘いのは好きか?」

「は、はい、好きです。」

「それなら角砂糖は1、2個にとどめておけ。もともとこれはクセがあまりなくて飲みやすい紅茶だからな。」

砂時計の砂が落ちきると、ポットからカップへお茶がそそがれる。

「どうぞ。」

フルーティーでみずみずしい香りが漂う。紅茶はあまり飲んだことはないが、いい香りに誘惑されおもわずカップを手に取った。男性の言う通り角砂糖を1つだけ入れて溶かし一口飲んでみる。

「おいしい…紅茶って苦いものだとばかり…」

「苦い紅茶もあるが、この茶葉は苦みが少ない。苦みが出るとしたら、それは抽出時間が長いことが原因だ。」

苦さの原因はそこにあったのか。紅茶とは奥が深いのだな。

「それで、お前さんは一体なにに悩んでいるんだ?」

「悩み…ですか」

しばらく考える。でも、それを口に出すことは案外難しいもので

「…いえ。特にありません。」

私はそう答えたのだった。

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