第8話 過激派ファン。

 冬も近くなってきた朝の寒さが早くも体に染みる。

 学校行きたくないなぁ。


 だけど、学校までの通学ルートに枯れた木々たちが寂しくも彩りを与えてくれているのを見るのは嫌いじゃない。


「……でも寒い」

「音無」

「ッ?! 」


 急に背後から声をかけられてびっくりした。

 なにせ普段声をかけられることは滅多にないのでてっきり幽霊かと思うレベル。


「近藤、さん? おはようございます?」

「おはよ。ちょっと話あんだけど」


 首元にホカホカのマフラーを巻いている近藤さんはオシャレ女子さんなのか、秋の寒さでは未だにストッキングを履かないスタイルらしい。

 寒くないのだろうか? てかスカート短くない? スースーしそうなのに。


「話って、昨日のことですか? 寒いので手短にして頂きたいんですけど……」

「だから放課後空けといて」

「あ……はい」


 動画編集するつもりだったのになぁ。

 しかしスクールカーストトップの言うことに逆らったらどうなるのかを考えると怖いので従うしかない。

 学校内で村八分とか笑えない。


 僕のような小動物は身を縮めて存在感を消すという生存戦略でしか生きられないのだ。




 気まずい空気感を勝手に感じながらも授業は進む。

 隣の席の近藤さんは終始不機嫌そうである。

 というか、僕がなにか言ってしまわないかと注視しているという感じでもある。


 べつに僕に発言権とか影響力とかないから気にしなくてもいいのになぁ。

 僕が世界平和を訴えるのと近藤さんが訴えるのとでは意味合いも何もかもが違って伝わるだろう。


 ……だからそんなに睨まないでください……。


 そうしてどうにか授業が終わり、帰りのホームルーム中にノートの切れ端に書かれたメモが近藤さんから飛んできた。

 てっきりいじめかと思ってしまった。


 メモの内容はまる文字でこう書かれていた。

『純喫茶くれまに来て』


 ……純喫茶くれまってどこだよ。知らんぞ。

 しかし近藤さんは「話しかけんな」オーラ全開なので話しかけにくい。


 仕方ないのでスマホで色々と調べて目的地を特定した。

 世のオタクは自分で調べないと生きていけないので大変である。

 なにせ他人に聞いたところで「お前誰?」から始まることもあるのだ。


 聞きたいことを簡単に教えてくれるほど世の中甘くはないのである。悲しいなぁ。


「駅前とかのカフェとかファミレスじゃないのは納得できるけど、この辺で純喫茶なんて聞いたことないぞ」


 スマホを頼りにてくてく歩いて目的地へと向かう。

 高校の最寄り駅とは真逆の住宅街を抜けた先に木々が鬱蒼うっそうと生い茂る場所を見つけた。

 隠れ家的な雰囲気の漂うその不思議な空間には古民家のような建物があった。

 辺りにはほんのりと珈琲の香りが秋の空気と交わっていた。


「……ここだろうか?」

「遅い」

「ッ?! ……すみません」

「迷子になってるのかと思って迎えに来ちゃったじゃないの」

「すみません。この辺の土地勘ないもので」


 近藤さんってなんで気配消して背後にいるの?

 殺し屋かくのいちの家系だったりする?

 スクールカーストトップなのに気配消せるとか強すぎんか?


「行くわよ」

「あ、はい」


 どうしよう、カツアゲとかされるのだろうか?

 怖いなぁ。


 幻想的な喫茶店の雰囲気も感情ひとつで恐怖を感じる。

 仕方なく近藤さんのあとに続いて喫茶店に入るとあちこちに置かれた本たちがお出迎えしてくれた。


 小洒落たインテリアはあまりなく、とにかく本があちらこちらにあるのだ。

 店内には1匹の黒猫が首元の首輪の鈴を鳴らしながら優雅に歩いていた。

 ものすごく落ち着く空間だった。


 窓際の席に座った近藤さんに続いて僕も向かいの席にとりあえず座った。


「近藤ちゃん、おかえり」

「すみません。外に出ちゃって。この人が遅いから迎えに行ってて」

「いいのよ。近藤ちゃんは常連さんだし」


 店員さんらしき女性と親しげに話す近藤さん。

 女性店員さんはパッと見20代後半か半ばくらいの綺麗な女性である。

 女性店員から珈琲の香りがした。

 焙煎した直後だったりするのかもしれない。


 それにしても、飲食店で途中に店を出ても許されるというのは、近藤さんはずいぶん女性店員さんから信頼されているのだろう。

 普通は無銭飲食とか疑われるからな。


「で、音無。注文は?」

「あ、そうですね……」


 とりあえずメニューを開いて近藤さんに怯えながらもブレンドコーヒーとアップルパイを注文した。


「音無ってさ、シズちゃん先輩とどんな関係なわけ? ありえないんだけど?」


 ゴミを見るような目で問い詰めないで下さいこわいです。


「……ただの常連客なだけです。僕が」

「嘘だね。シズちゃん先輩があんなに男にベタベタしたとこ見たことないし」


 睨み付けてくる近藤さんに詰められている。

 昨日は恥ずかしそうに「あーん」してくれた人と同一人物とは思えない。


「まあ、たしかに静香さんって人間関係はとてもドライな感じはしますけど」

「気安く下の名前で呼ばないでくれる?」


 近藤さんは静香さんの親衛隊かなにかなのだろうか?

 もしくは過激派ファン的な?


 正直とても怖いが、しかし僕も静香さんのファンでありオタクである。故にここは退けない。


「……ずっとそう呼んできたので今更変えられません。……推しの名前を呼ぶなとか、死ねと言われているようなものです」

「キモっ。オタクじゃん」

「そうですね……たしかにキモイかもしれません」


 腕を組み、威圧感を放つ近藤さん。

 空気感最悪な中でも女性店員さんは笑顔でブレンドコーヒーとアップルパイを置いて離れていった。

 コーヒーの香りとシナモンの香りは優しく包んでくれている。


「でも、静香さんは僕の推しなんですよ。あのミステリアスな雰囲気が好きなんです。たばこの匂いを漂わせながら、この人の笑顔が見てみたいって、ほう思わせるだけの魅力のある推しなんです。だからそこは譲れません」


 もしも、静香さんが屈託なく幸せそうに笑ったらどうなるのだろうか。そうたまに考える。

 精々ほんの少し口角を上げるだけの微笑しか見せない静香さん。

 そんな静香さんがそれでも僕は好きだ。


「そんなの当たり前じゃない。あたしだってシズちゃん先輩が笑ってるとこ見たことないし」


 少し拗ねているような表情を見せた近藤さん。

 その顔は少し女の顔でもあるように見えた。


「でも静香さんがバカみたいに楽しそうに笑ってたら解釈不一致感ありますよね。でも見てみたいというか」

「そうなのよ。シズちゃん先輩がケラケラ笑ってたら幽霊に取り憑かれてるんじゃないかって思っちゃうくらい」

「それだと流石に幽霊は存在する説を信じてしまう気持ちもわからなくはないですね」

「でもシズちゃん先輩だってほんの少しくらいは笑うわよ。あたし見たことあるし」

「僕もあります」


 地味な下着履いてるのも知ってます。


「たばこ吸ってるときに話しかけられた静香さんが『ん?』ってしてるときとか可愛いです」

「なにそれあたし知らないんだけど?! どういうことよ?! そんなのあたしだって見たことないのにぃぃぃ!!」

「メイド喫茶で働き始めたなら見れるんじゃないですか? 休憩中とか」

「だって休憩被んないし」


 僕は近藤さんがどんな人かは知らない。

 けれど、静香さんの事がとても好きなのはわかって、安心できた。

 怖いのは変わらないけど、悪い人ではないかもしれない。


「とにかく、シズちゃん先輩はあたしにとってお姉ちゃんみたいな存在だからあんまり近付かないでよね?!」

「当たり前じゃないですか。推しを推すには適切な距離があって成立するんです」

「わかってるじゃない。音無のくせに」

「弁えてますよ。オタクですから」

「それならいいわ」


 その後はなぜか互いに静香さんのどこが良いのかの話をずっとしていた。

 途中で昨日撮ったチェキを奪われそうになったりしたが、要するに近藤さんは僕に釘を刺したかっただけのようだ。


 近藤さんと静香さんの間柄とかその辺の話は聞けなかったけど、どうにか上手く立ち回れたとは思う。


 だがチェキは渡さん。絶対にだ。

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