収斂進化
大阪のお好み焼きと、広島のお好み焼きの違いをご存知だろうか。
大阪のお好み焼きは、小麦粉の生地にキャベツなどの具材を混ぜて焼く郷土料理として知られている。
対して広島のお好み焼きは、完成形の見た目こそ大阪のお好み焼きと似ているが、もやしや中華麺などの具を生地と重ねて焼いて作られる。
同じ「お好み焼き」と称される料理でも、これだけ構造的差異があるのだ。
そこで、一人の若き研究者は考えた。
「大阪のお好み焼きと広島のお好み焼きは、収斂進化の関係なのではないか」と。
収斂進化とは、異なる系統の生物の間で、進化の結果似た器官や形態を獲得する現象のことをいう。
まったく異なる進化を経て、似た姿に辿り着いた者同士。
生物だと、哺乳類でありながら鳥のような翼を持つコウモリがよく例に挙がる。
そこで若き研究者は、このような仮説を立てた。
広島のお好み焼きは、お好み焼き属共通の祖先からではなく、麺類の一種から枝分かれしたのではないか——。
この若き研究者にとって、両者の違いには苦い思い出があった。
若き研究者は関東の出身だった。
それゆえ、大阪のお好み焼きと広島のお好み焼きの差異について無知だった。
さらにたこ焼きと明石焼きの違いについても知らず、博多うどんと讃岐うどんの方向性の違いについても無関心だった。
ある日、自身が主に西日本の食文化の差異について無知であることを、関西出身の知人から嘲笑され、挙句人格を全否定された。
その日以来、若き研究者はお好み焼きを一切口にしなくなった。
そして考えた。
それほど大阪と広島の違いが大事だというのなら、二つのお好み焼きは根本的に別物なのではないか?
若き研究者は、研究に邁進した。
それぞれの種のDNA配列を詳細に解析し、進化の系統を明らかにしていく。
しかしその結果得られたのは、目論見とは異なる結論だった。
広島のお好み焼きと大阪のお好み焼きは、やはり共通の祖先から枝分かれしたらしい。
大阪のお好み焼きは、比較的あとの時代になってから混ぜ焼きの形へと進化した。
一方、広島のお好み焼きは、大阪でお好み焼きが混ぜ焼きへと進化する以前の、古いお好み焼きの姿を今でも留めている。
——ということが、研究で明らかになった。
広島で古い姿のお好み焼きが現代まで生き残っている理由には、地理的要因が考えられた。
ほどなくして海外の研究チームにより、大阪のお好み焼きと広島のお好み焼きの、共通の祖先の化石が発掘された。
現在は絶滅している、進化の過程の食文化の化石。
それも完全に近い形で。
お好み焼き共通の祖先の化石が発見されたことで、その分野の研究は急速に下火になっていった。
それほどに、完全に近い化石からは色々なことがわかった。
若き研究者は、発掘された化石を前に立ち尽くした。
この化石のせいで、自身の研究者人生が大きく変わろうとしていた。
この化石のせいで。
仕方ない……。
特にどうすることもできない若き研究者は、諦めてその場をあとにすると、今夜は久しぶりにお好み焼きを食べようかと考えて、一人歩き出した。
【参考文献】
・近代食文化研究会『お好み焼きの物語 執念の調査が解き明かす新戦前司』新紀元社、2019
・農林水産省「うちの郷土料理 お好み焼き 大阪府」(https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/39_20_osaka.html)(最終閲覧日:2025/09/27)
・農林水産省「うちの郷土料理 お好み焼き 広島県」(https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/42_7_hiroshima.html)(最終閲覧日:2025/09/27)
・宮田隆「収斂進化1:カニの王者タラバガニはカニのそら似」JT生命誌研究館(https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2005/post_000001.php)(最終閲覧日:2025/09/27)
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