第34話 地獄の理性の耐久テスト

 コスメショップでの選択肢地獄をなんとか生き延びた俺は、由依さんに手を引かれるまま、次なる戦場へと連行されていた。


「……え、次はどこに行くんですか?」

「甘いもの、嫌いじゃないよね?」


 そうして着いたのは、最近オープンしたらしいアイスクリーム専門店だった。


「……え、ここって人気の店じゃ?」


「そう。昨日まで予約制だったんだけど、今日は運良く一般開放されてたんだよねー」


 俺達はレジ前に向かい、メニューに視線を落とすと、そこにはカラフルすぎるアイスたちのラインナップがずらり。

 

 ライチ&ラベンダーとか、紅茶とレモンのマーブルとか、もう名前がシャレてて庶民の俺には理解が追いつかない。


「誠司くんは、どれにするの?」

「えっと……無難に……チョコとバニラのダブルで……」

「安定志向だね。なら私はこれにしよっかな〜。……ラズベリー×バジル。ちょっと大人の味で良さそうだよねー」

「そうかも……」


 そう話しながら、2人で注文すると、店員さんがサクッとカップにアイスを入れて手渡してくれた。


 二人並んで、アイスを口に運ぶ。


「……ん、うまっ。これ、濃厚で……」

「でしょ? このラズベリーもさ、酸味がちょうどよくて。はい、ちょっと食べてみる?」

「え、いいの? じゃ、じゃあ……」


 由依さんが差し出してきたスプーンをおそるおそる受け取って、口に含んでみる。


「……おお、予想外に……合う」

「ふふ、でしょ? じゃ、私も誠司くんの味ちょっともらうね?」

「あ、うん……どうぞ」


 アイス交換。人目が気になる。けど、由依さんの嬉しそうな笑顔を見てると、こっちも悪い気はしない。


 ……ただ問題は、そこで起きた。

 

 どこから湧いて出たのか、つぐみが通路の向こうから手をブンブン振ってくる。


「っっっ!」


 凍った。アイスより先に俺の表情筋がフリーズした。もはや物理的な寒気すら感じるレベル。


「……ねぇ、誠司くん?」


 由依さんの声が、アイスより冷たい。……気がする。


「ま、まさかとは思うけど……つぐみちゃんのこと考えてた?」

「い、いや!? そ、そんなことは絶対にないです! 完全にアイスの味に集中してました!」

「……へぇ〜〜〜」


 疑惑の視線が痛い。視力5.0の由依さんの目が、心の奥まで刺さってくる。


「さっきからずーっとおかしいよ? 目が泳いでるし、そわそわしてるし……」

「い、いや、それはその……ほら、気温高いし、アイスが溶けちゃうな〜って思って!」

「ふーん、なるほどね〜」


 絶対納得してない声だ。

 

 さっきから俺、ずっと追い詰められてない? 訓練って、こんなに精神力を使う行為だったっけ……。


「マリ先生にも言われたでしょ? “今だけは他の女の子のこと考えちゃダメ”って」

「……う……はい……すみません……」


 俺、人生の中で“ごめんなさい”ランキング上位を今日一日でほぼ出し切ってる気がするんだよな……。


 そして、アイスを食べ終わると、由依さんがまた俺の手を繋ぐ。


「次どこ行こっか?」

「ゆ、由依さんのおかませで」

「おっけー」


 その笑顔は天使。けど俺には、悪魔の囁きにしか聞こえなかった。


 このあとも、由依さんが行く先々で、なぜかつぐみが絶妙なタイミングで出現するという超常現象が続いていた。


 そんな中、由依さんがふと立ち止まった。


「ん……?」


 すぐ横で、彼女はスマホを取り出してなにやらメッセージを送信している。

 

 指がやたらと早い。しかも口元が微妙に上がっているのが、ちょっと気になる。


「何かあったの?」

「うん、ちょっとね。気になるお店、思い出しちゃって。せっかくだから、寄ってこっか♪」


 ニッコリ笑って、俺の手をぐいっと引っ張る。

 

 ついでに俺の思考も引っ張られる。え? お店? なんだろう?


「ちょっ、どこ行くの!? え、え、まだ何か食べる系じゃないよね!? 俺もう胃が限界――」

「ふふん、今回は視覚的にくるやつだから安心して♡」


 視覚的に……? 不穏な単語が、やけにソフトなトーンで投げつけられた。


 で、連れてこられたのが――


「…………あの、ここ、って」

「うん。ランジェリーショップ。ちょっと前から気になっててさ〜」


 笑顔が凶器。

 

 ていうか、なに!? え? 俺、ここに連れてこられる必要ある!?


「い、いや、ちょ、ちょっと待って!? これは俺が入っちゃダメな場所でしょ!? 倫理的にというか、文化的にというか、たぶん法的にも微妙というか……!」

「誠司くん?」

「ひいっ!?」


 視線を向けると、由依さんがまたニッコリ。

 

 怖い。笑顔のくせに、何か魂の根幹にプレッシャーかけてくるタイプの怖さ。


「ちゃんと見届けてほしいの。訓練中なんだから」

「く、訓練って……あの……訓練って、もうちょっとこう、精神的な意味で……!」


 そのとき、耳元で突然、小さな機械音が鳴る。


《――誠司くん? あなた、明らかに集中力が欠けてますよね?》

「ま、マリ先生……!?」

《デート訓練中に、他の子のこと考えてるようでは合格点は出せません。というわけで、今回は“理性の耐久テスト”を実施します。がんばってくださいね》

「いやいやいやいや!!! それ、別種の拷問ですよね!?」

《現場監督の権限で強行します。現場にいる由依ちゃんの判断は、全面的にサポートしてるから》


 完全に詰んだ。

 

 インカム越しに、マリ先生の慈悲なきジャッジが下される。

 

 これ、もしかして――俺、死ぬんじゃないかな……?


 そんな俺の思いも虚しく、店内に連れて行かれる。


「はい、じゃあ誠司くん、座っててー」

「えっ……俺、待ってるだけじゃなくて、座るの!?」

「もちろん。ちゃんと“選んでもらう”って言ったよね?」

「えっ……何を?」

「下着だよ?」


 ……知ってた。知ってたけど、言われると死にたくなる。

 

 しかも、店内は白とゴールドを基調とした高級感あふれる内装。完全に“入ってはいけない異界”の雰囲気が漂っている。


「う〜ん、誠司くん、どんなのが好き?」

「えっ、それ俺に聞きます!? え!? 選んでほしいって言ったのに俺が選ぶの!? えっ、えっ、どこを見たら正解なの!?」

「誠司くん、目線が泳いでる。アウトだよ?」

「地獄だぁぁぁああ!!」


 その時だった。ふと視線を感じて顔を上げると――


「……!」


 通路の向こうに見覚えのある姿が立っていた。


「つぐみ……!?」


 俺と目が合ってウィンク。

 

 その目は完全に“ニヤニヤモード”。


 くそー、次の訓練の覚えてろよ……。

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