第5話 由依さん強すぎ問題と、マリ先生からのお呼び出し

 昼休み、学園の食堂。俺はトレーの上に乗せた唐揚げ定食を抱えつつ、いつもの定位置、窓際の二人席に腰を下ろしていた。


「なあ、昨日の訓練……どうだった……?」


 同じく席に座った友達の菅原宏樹が、俺と同じ唐揚げ定食を前にして震える声を出す。


「普通だったよ」


 俺は何でもないように箸を動かし、味噌汁をすすった。


「いやいやいやいや、普通って何!?  相手、由依さんだぞ!?  あの“芹沢 ”の血筋だぞ!? お前、無事だったんだな!? 生きてるな!? なにかされてない!?  手紙に封蝋とかされてなかった!?  指に変な印とかついてない!?」

「偏見強すぎだろ」


 どんだけ貴族制度を誤解してるんだ、この男は。


「だってさあ、旧家のお嬢様って、ちょっとでも失礼したら処刑とかされるんじゃ……!」

「処刑って、お前何を言ってんだよ」


 わりと失礼な言い分だった。俺は唐揚げをひとつくわえ、もぐもぐと咀嚼した。


「まあ、無事だったってことは……由依さん、まともだったんだな。見た目はアレだけど、中身は普通の子だったと……」


 そんな事を2人で話している時だった。


「ちょっと、今の聞いた?」


 ぞわり、と背筋が凍る。俺達はゆっくり顔を上げると、そこには、さっきまでいなかった女子たち数名が、いつの間にか近くに立っていた。


「……あれ、あれ2組の一ノ瀬誠司じゃない?」

「え、マジ? あの子が……LPS?」


 女子たちが小声でひそひそと話し始める。だが、その声はあからさまにこちらに聞こえる音量で、悪意だけはやたらとはっきりしていた。


「昨日、由依さんの訓練相手って、あの子なんでしょ?」

「うっそ、うそでしょ。なんであんな普通な男子が選ばれてるの?」

「いや、むしろ普通以下じゃない? 審査どうなってんの?」


 うわ……出た……。これは完全に“やべえ女グループ”のやつだ。


「由依さんがかわいそう……」

「時間の無駄だったんじゃない? 国の税金使ってんのに」

「なんか、報告書とかもテキトーに“和やかに交流しました”とか書いてそう」


 ——聞こえてるからな。それ、全部聞こえてるからな……!


 チラチラとこちらを見る視線、嘲るような笑い、そして「私たち、全然悪くないよね?」という空気を出しながらの集団圧力。


 宏樹が顔を青くして隣で震えていた。俺の方はというと、もうなんか……いっそ笑えてくる。


 あー、やっぱこうなるよね……うん、知ってた。こういうことがあるからLPSをやりたくなかったんだよ。


 早くどっか行ってくれないか?と思っていた、その時だった——。


「その発言、正式に記録しても構いませんか?」


 静かに、けれど鋭く通る声が食堂に響いた。


 その場の全員が息を飲む。女子たちの視線の先にいたのは、制服姿の――芹沢由依。


「LPS男子に対する侮辱は、LPS関係者に対する公務妨害と見なされる可能性があります。罰則規定、調べてからものを言った方がいいですよ」


 冷ややかな視線、容赦ない言葉。


 女子たちは「ひぃ! すいません!」と言いながら顔を青くし、一人、また一人と、後ずさるように去っていった。


「す、すいませんでした。由依さん……っ」


 最後の一人が逃げ出すと、ようやく場に静けさが戻る。


「……あれが、貴族の威圧力……」


 宏樹が机に突っ伏しながら呟いた。


「ちょっと過剰防衛だったかな……」


 由依は俺の前に座ると、少しだけ困ったように笑った。


「こちらの方は?」

「俺の友達、菅原宏樹です」

「宏樹さんですか、よろしくお願いしますね」


 そう言って由依は宏樹に挨拶をすると、宏樹は「ひぃ」と声を上げながら後ずさる。


「……俺、用事思い出したわ!」


 宏樹が唐突に立ち上がり、食器も置き去りにしてその場から走り去っていった。


「……あの、怖かったですか?」

「いやいやいやいや、なんで質問がそっちなんですか」


 由依は小さく首をかしげながら俺の顔を覗き込んでくる。その仕草が可愛いとかそんな感想を挟む前に、今しがたまで睨まれてた女子たちの怯えっぷりがフラッシュバックして、ちょっと背筋が寒い。


 宏樹が逃げた後、席に残ったのは俺と由依の二人だけだった。というか、周囲にいた連中が蜘蛛の子を散らすように解散していったため、食堂のこの一角だけぽっかりと静まり返っていた。


 ――この子、本当に“旧家の令嬢”なんだよな……。


「……ありがとう。でも、わざわざ俺を探して、来てくれたんだね」

「はい。昨日のお礼も兼ねて、LPSレポートの確認に。あと、個別の補足記録が必要らしくて……。一部、親にも確認されるから、ちゃんと誠司くんの了承も取らないと」

「……やっぱ公務なんだね、これ」


 俺がため息をつくと、由依が小さく頷いた。


「うん。交際時間は三時間四十五分。うち、手をつないだのが四回。会話の回数はざっと二百二十回くらい」

「ごめん……俺はそこまで詳細に把握してなかった」

「しないといけないの! あとで報告書に全部書くから! 話した話題、感情の起伏、身体的距離感、相手の表情、全部分析対象なんですから!」

「今度から把握しておくね。でもよくそこまで精密に数えてたね」

「うん、これも全部私の将来のためだから……」


 その一言が、やけに心に残った。


 由依さんも色々大変なんだなぁ……。


「でも、嬉しかったんです。昨日の訓練。ちゃんと教えてもらえて、すごく、ありがたくて」

「俺は何も……ただ段取りを説明しただけだよ?」

「それが出来る男子、ほとんどいないんですよ」


 妙に説得力ある口調で言われてしまい、反論できない。


「それで……また、次の訓練もお願いしたいって、マリ先生に伝えました」

「え」


 思わず間抜けな声が出る。


「今度は昼下がりの公園でってシチュエーション訓練だそうです」

「おいおいおい、どこのデートイベントだよ……」


 いや、訓練だ。あくまで訓練。これは国家公務員としての重要任務……そう自分に言い聞かせていると……。


『LPS訓練生の一ノ瀬誠司くんは、ただちに研究室まで来てください。繰り返しまーす』


 校内放送の女声が、嫌なタイミングで流れた。


「えぇ……マジで?」

「お呼び出し、ですね。ふふっ」

「じゃあまた今度ね!」

「はい、また今度!」


 楽しげに微笑む由依を残し、俺は一目散に研究室──つまり、マリ先生の地獄の城──へと向かう。


 嫌な予感しかしねぇ……!








 「失礼します」と言いながら、研究室の扉を開けると、そこにはいつものごとく書類に囲まれたマリ先生がいた。俺の顔を見るなり、ぴっと指を立てて机の横のシートを指す。


「座って。いい報告があるわよ」

「だいたいそういう時って、俺にとっては全然よくない報告なんですけど」

「ネガティブすぎ。ほらこれ、次の訓練相手のプロフィール」


 差し出された書類には、黒髪ロングで眼鏡姿の少女の写真が添付されていた。無表情で、こっちを見つめているその視線が、写真なのに妙にプレッシャーがある。


「……怖そう」

「まあね。月岡瑞希ちゃん。次回の模擬訓練対象よ。理知的で成績も優秀、家柄も申し分なし。いわゆる高学歴家庭出身ってやつ」

「へ、へぇ」


 思わず背筋が伸びる。俺とは無縁な女の子だなぁ……。


 だがマリ先生は続ける。


「ただね、この子、ちょっと変わってるの。恋愛を“人生における評価項目”として捉えてて、感情よりも成果重視。合理性命ってタイプなのよ」

「それ俺の出番じゃないでしょうそれ」

「逆よ。あんたみたいな、庶民的で自然体な男子と組ませることで、彼女に『恋愛の本質』を学ばせようってわけ」

「いや、それ、相当ハードル高くないですか?」


 俺がドン引きしてるのを見て、マリ先生はくすっと笑った。


「大丈夫。彼女、筆記も模擬もLPS候補生評価でトップクラスだし、面談でも誠実だったわよ。意外といい子」

「それなら良いんですけど」


 すでに胃がきりきりしてきたが、任務は任務。気合を入れ直さないと。


「というわけで、週末は彼女との訓練、よろしくねー」

「うわ、軽っ……!」


 俺は書類を持たされたまま、ずっしり重い将来の不安を肩に乗せて、生活指導室を後にするのだった。



——— ——— ——— ———


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