第3話 リードしますっ!……たぶん

 喫茶店を出た俺たちは、街の中心部にあるショッピングモールへと向かっていた。


「……あの、手、繋いでもいいですか?」


 芹沢さんが恐る恐る聞いてきた。顔は赤い。


「えっと……ちょっと待ってね」


 俺はそっとインカムに手を当てて、マリ先生に確認を取る。


『問題ないわよ〜。許可証にもちゃんと“軽度の身体的接触、指導の一環として認められる”って書いてあるしね』

「……軽度ってどこまで?」

『手を繋ぐくらいならOKよ。手以外は、まあ、保留』


 LPSの任務において、護衛対象と身体的接触をする際には、事前に“行動許可証”の範囲内である必要がある。トラブルを避けるためにも、こうした規定は細かく設定されている。


 いやマジで国宝級みたいな扱いだな俺。


「じゃ、繋ぎますね……」


 芹沢さんが恐る恐る俺の手を取る。彼女の手は冷たくて、でも震えていて、それがどこか愛おしかった。


「そ、それと……私の事名前で呼んでもらってもいいですか?」

「名前? えっと、じゃあ由依さんでいいですか?」

「あ、はい! 大丈夫です! じゃあ行きましょうか!」


 繋がれた手に少しだけ力がこもる。


 ショッピングモールの中に入ると、冷房の効いた空気と、流れてくる明るい音楽に出迎えられる。


「広っ……! これ、全部回るのって一日で足ります?」

「むしろ目的なく入ったら、どこ行けばいいのか迷うレベルだよな」

「え、えっと……とりあえず、どこ行きましょうか……?」


 きょろきょろと辺りを見回し、おろおろし始めた。


「服屋? いやでも、男子連れてだと気まずい……雑貨? でも興味なさそう……いや、でも私はリードしないと……!」

「由依さん、深呼吸して」


 俺は手を軽く握り直しながら、彼女の混乱を鎮めるように言った。


「もし、由依さんが買いたいものがあるなら、そこに付き合いますよ。僕はそのサポートが仕事ですから」

「……え?」


 そう言ってぽかんと俺の顔を見つめた。


「わたしの、欲しいもの……ですか?」

「うん。主導権を握るって言っても、無理にリードしようとするより、自分がしたいことに素直になる方が自然だと思います」

『お、いいね〜誠司くん。まさに理想的な誘導。教官の鏡よ〜』


 マリ先生のインカム越しの声が、少しだけ嬉しそうだった。


「じゃ、じゃあ……ついて来て行ってもいいですか?」

「もちろん。由依さんの選択なら、どこでも付き合いますよ」

「は、はいっ!」


 手を繋いだまま、彼女が小走りで俺を引っ張る。さっきまでのオロオロっぷりが嘘のように、由依さんの歩幅には確かなリズムがあった。


 ……なんか、守ってるっていうより、引っ張られてる気もするな。


 そんな風に思いながら、俺は由依さんに連れられて行くと、到着したのは……。


「──って、下着売り場!?」


 女子向けのカラフルなランジェリーが並ぶ売り場に、なぜか俺は連れてこられていた。


『あら〜、大胆ねぇ』

 

 耳元のインカムから、マリ先生の半笑いの声が聞こえてくる。


「こ、こういうのって……カップル同士なら、普通じゃないんですかっ?」


 由依は必死に言い訳するが、顔が真っ赤だ。

 

 こっちも顔が熱い。というか、目のやり場に困る。


「いや、うん、普通じゃないこともないけど……普通に俺以外の男子がひっくり返るんで、無難にアパレルショップ行きましょう!」


 俺は方向転換を提案した。というより、退避行動だ。


「は、はいっ……」


 由依さんは小さくうなずいて、俺の後をついてきた。

 

 ああ、すごく気まずかった。


 そして到着したのは、女性用のアパレルショップだった。


「えっと、新しい服が欲しいなって思ってて……」

「どんな感じのをお探しで?」

「そうですね……。こっちと、こっちのワンピース、どっちが似合いますか?」


 選んだのは、白とネイビーのワンピース。どちらも彼女に似合いそうだが。


「こっち、かな。落ち着いてる色味が由依さんっぽいし、上品な印象です」

「……ありがとうございます。うれしいです。でも……ほんとは、わたしがリードしないといけないのに」

「訓練ですから。無理にやろうとして失敗するより、自然にできることから始めましょう」


 俺の言葉に、由依さんはほっとしたように微笑んだ。


「じゃあ、今度は……誠司さんの服、選ばせてください!」

「え、俺の?」

「はいっ、わたし、男の人の服選ぶの、ずっと憧れてて……!」

「わ、わかった。じゃあお願いしようかな?」


 目を輝かせて訴える由依さんに、俺は頷かずにはいられなかった。


 その後、由依さんに連れられてやってきたのはメンズ売り場だった。

 

 周囲には俺と同じような男子たちがチラホラいるが、彼らの視線が俺たちに集まり始める。


「あのLPSの人、すげえ……女の子に圧されてない」

「完全に主導権取られてるのに動じてない……もしかして、達人?」


 ひそひそ声が耳に入る。

 

 別に達人じゃねぇ!うぅ……恥ずかしいから早く訓練終わってくれぇー。


「これとかどうですかっ?」


 差し出してきたのは、黒い皮に金のラインが入った、目がチカチカするほどの派手なジャケット。


「いや、それは流石に俺には派手過ぎるかな……?」

「えっ、そ、そんなにですか……!?」


 しょんぼりと肩を落としながら、由依さんは再び服選びを開始する。


 その健気な姿を見て、周囲の男子たちからさらに熱い視線が注がれる。


「見た? 今の! 女の子にあそこまで気を遣わせるなんて……」

「私たちもあんな風に……いやなれないよ!」


 いつの間にか、女の子も寄って来てるし。何の修行場だここは?俺は君たちの師匠か。


「じゃ、じゃあ……これはどうですか?」


 今度はグレーのシンプルなパーカーだった。


「……お、これは普通にいいかも」

「よかった……似合うと思います」

「ちょっと、試着してみますね」


 その言葉に背中を押されて、俺は試着室へと向かい、数分後。


「どう、ですか?」


 着替えて出てくると、由依さんが目を輝かせた。


「すごく、似合ってます……!」

「なら、これにしようかな」

「はいっ! じゃあ、私が買いますっ!」

「えっ、ちょ、いや、それは——」

「早く脱いでくださいっ!」


 腕を押されて、再び試着室へ逆戻り。


 ドアを閉めると、耳元のインカムからマリ先生の声が飛び込んできた。


『今の由依ちゃんへの対応、100点。完璧なリードと提案、そして自然な購買誘導。男子の服を選ばせるって発想もナイス。帰ったら抱きしめてあげる』


 おいおい、マリ先生よ。俺がLPSって事忘れてないか?故意に抱きしめたりしたらとんでもない事になると思うんだけど……。


 試着室の天井を見上げながら、俺は「……お断りします」丁寧に断るのだった。



——— ——— ——— ———


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