第11話 始めての文章

 翌週の仕事を終えた午後、ナナのいる喫茶スペースで、サモンはワタルの前に、一枚の紙を差し出した。

 それは、彼が初めて書いた文章だった。

 タイトルはなかった。

 ただ、短い一節が、丁寧な筆跡で綴られていた。


 ワタルは、しばらくその言葉を見つめていた。

 そして、静かに頷いた。

 「良いね。これは、誰かの心に届くと思う」


 サモンは、少し照れくさそうに笑った。

 「……文章って、カメラよりも怖いな。逃げ場がない」

 ワタルは、コーヒーを一口飲みながら言った。

 「でも、逃げ場がないからこそ、誰かがそこに立ち止まるんだよ」

 その日から、ふたりは週に一度、作品を交換するようになった。


 サモンは写真に添える短い言葉を綴り、ワタルはその言葉から物語を紡いだ。

 あるとき、サモンが撮った一枚の写真に、ワタルはこう書いた。

 「強い人」

 その言葉に、サモンはしばらく黙っていた。

 そして、ぽつりと呟いた。

 「……タカシのこと、書いてるの?」

 ワタルは、少しだけ微笑んだ。


 「うん。でも、きっと俺自身のことでもある」

 ふたりの交流は、作品を通して、互いの沈黙を少しずつ解きほぐしていった。

 それは、誰にも見えない場所で育つ、小さな灯のようだった。

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