幕間だけど読んで欲しい③

 現在から遡ること約七年。

 アウルベルナ帝国の北端。

 小さな村。


 十一月に入り、その村は冬入りの行事――冬神祭の準備を進めていた。


 その前日。


「もう魔術なんてやめたっ!」


 村に住まう九歳の少女、アルマ・スノウフィアはリビングで母へぶー垂れていた。


 たれ目でおっとりした顔立ちの母親――クリス・スノウフィアはアルマの頭を優しく撫でる。


「やめるなんて、もったいないわ。私の娘なんだから天才に決まってるのに」


「でもドリアンちゃんの方が上手いじゃん!」


 この村には魔術の才がある子どもが二人いた。アルマと、三つ年上の女の子――ドリアンだ。


 二人は毎日クリスから魔術を教わっているのだが、ドリアンの方が出来が良い。


 簡単な魔術を発動させるのにも苦労するアルマに対し、ドリアンは易々と成功させて次の課題に進んでしまう。


 母が自分より彼女を褒めるのが気に入らない、というのがアルマのふてくされる理由である。


「スノウフィア家の女は代々遅咲きなの。だからアルマはこれからよ」


 アルマはぷうっと頬を膨らませる。


 魔術師家系の娘として幼少期から魔術を学んできたのに、そうでないドリアンに負けるのは悔しくて仕方がなかった。


「明日からは練習いかない!」


 眉をハの字にする母にそう叫び、アルマは布団へ潜り込んだ。




 翌日。


「やっぱり来るんじゃない」


 村のはずれ。

 開けた場所にクリス、ドリアン、アルマの三人はいつも通り集合していた。


「はやく始めて」


 アルマはつっけんどっけんに言った。ドリアンに負けるのは悔しいが、負けたまま終わるのはもっと悔しいのだ。


 クリスは肩をすくめ、ドリアンが困ったように愛想笑いする。アルマが拗ねるのはままあることで、二人も慣れていた。


「じゃあ今日は風の魔術ね。一番基礎的な、風の帳を作り出すというだけの魔術」


 クリスが二人にハイネルン式魔導杖を渡した。まだ幼い二人は自らの魔導器を所有することを認められていないのだ。


「でも、基礎的なほど?」


「「自由度が高い!」」


 二人は声を揃えて答えた。


「その通り。単純な魔術ほど魔力制御次第で応用が利く――ウインドヴェール」


 クリスが杖を振るう。


 すると、アルマとドリアンの着ている上着のボタンが一斉に外れていく。二人の服は風にさらわれ、宙でダンスを始めた。


 何枚もの風の帳を同時に操り、複雑に動かす――クリスのその魔術はもはやヴェールとはいえない域に達していた。 


「すごい……!」


 感嘆を漏らすドリアン。その横顔を見てアルマは得意げに胸を反らした。これがわたしのお母さんだぞ、と。


「はい。じゃあ二人の番。その服を落とさないようにしてみよう」


 ふわりと落ちてくる上着に、アルマは杖を向ける。


「ウインドヴェール!」


 杖先から噴出した空気が上着を一瞬だけ支えたが、重力に押し負けすぐ落下してくる。


 アルマの上着は地に落ちた。


 その隣。


「できた!」


 ドリアンがはしゃいでいる。彼女の上着は宙でぼわんぼわんと跳ねている。


「いいわよドリアン。なら次は安定させてみて。重力と浮力を釣り合わせるイメージ」


「はいっ!」


「ウインドヴェール!」


 アルマが起こした風が、浮かぶドリアンの服に横から襲いかかり、容赦なく地面へ叩き落とした。


「ようし!」


「アルマちゃん! 邪魔しないでよ!」


「ふふ。じゃあこうしましょう。自分のを浮かせ続けながら、相手のを落とせたら勝ち」


 クリスの提案にドリアンが頷き、再び上着を宙に舞わせた。


 よし。直接飛びかかってやる。アルマがジャンプしようとしたところで、クリスの生み出した風がその頭を抑えつける。


「もちろんウインドヴェールで。他の魔術は禁止。体を動かして妨害するのは論外」




 夕刻。

 アルマは涙目で帰路を歩いていた。


 結局負け続けたのだ。


 自分の服を浮かべられるようになるだけで小一時間かかり、その頃にはドリアンがさらに上達していた。


 落とすことはできず、アルマの服は落とされ続ける。


 終いには哀れまれ、アルマの勝ちをという始末。


「敵に情けをかけられた……」


「ドリアンは敵じゃない。一緒に修行する仲間よ」


 クリスがしゃがみ込み、アルマの涙を袖で拭う。


「今日は対戦形式にしたけど、戦うことだけが魔術じゃない。アルマには、魔術で人の邪魔ばかりするような人間になってほしくないわ。覚えておいてね」


 アルマは小さく頷く。これは母の口癖のようなもので、何度も何度も言われていた。


 二人は村の広場に着いた。


 百人弱の住人が輪を作り、巨大なかがり火を囲んでいる。


 冬神祭。

 それは今年の冬の吉兆を占う行事だ。その日に雪が降らなければ吉。降ったら凶。


 しかし、降りそうにない日を狙って祭りを執り行うということは周知の事実だった。ゆえに占いというよりも、共同体としての結束を再確認するという側面が強い。


 太陽が沈んでも祭りは続く。松明が煌々と燃え盛り、人々の顔は赤く照らされる。寒村での数少ないハレの日とあって、みな浮かれていた。


 村唯一の魔術師であるクリスは村長と同格の存在であって、大人はみんな挨拶にやってくる。


 忙しそうな母を横目に眺めながら、アルマは広場の端に座っていた。


「アルマちゃん」


 やってきたのはドリアンだ。右手には三つの杯、左手には数えられない串。ここぞとばかりに食い散らかしているようだ。頬に赤みがさしているのはまさかアルコールのせいなのだろうか。


「こんなところで何してるの。みんなで唄遊びしてるから、アルマちゃんも来なよ」


「いかない」


「なんでよ。一人で座り込んでて楽しい?」


「魔力操作の練習してるから」


 アルマの素っ気ない答えに、ドリアンが目を丸くする。


「悪い意味じゃないんだけど……アルマちゃんって異常だよね。超人的というか」


 そのとき、アルマの頬に冷たい何かが降ってきた。空を見上げる。


 雪だ。


 いつの間にか夜空を分厚い雲が隠し、星々は輝きを失っている。この地域の人間にとって雪は慣れ親しんだものだ。しかしこの日に限っては――


「魔神様のお怒りじゃ……」


 年寄りの誰かが言った。


 祭りは一気に静まり返る。冬の魔神とはこの村に語り継がれる災厄の象徴なのだ。沈黙の中、雪の勢いは増し、反対に火勢は陰っていく。



「ご心配なく」



 朗々とした声が場を打つ。


 クリスだ。

 彼女は杖を天にかざす。


 すると雪がやみ――正確には、風の帳に押し留められているのだ。


 地に落ちることを許されない白雪は上空に溜まり、巨大なかまくらのように村全体を覆い始める。


「雪は降っていません。祭りを続けましょう」


 クリスはにっこり笑っている。


 あまりに巨大な魔術。自然と起こる拍手を、アルマは我がことのように誇らしく思った。これがわたしのお母さんだぞ、と。

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