第14話 プリン
アルマの監視は僕が、ミミナはハイルマ先生が、ビビはオリーブが、という分担に決定した。
そして放課後。
僕は三人と教室で駄弁っていた。
ハイルマ先生は「ちょっと預かってて!」と僕にミミナを押し付けていき、オリーブは使い魔――窓の外にいるカラス――で監視している。
一人で三人を監視するという明らかに無理のある体制だが、オリーブの使い魔たちは滅法強いので、外部の敵に対する不安はあまりない。
『三人一緒にいること自体が問題の引き金を引く可能性は低い。しかし誰かに何か起こったとき、残り二人も巻き込まれるのは避けなければ』
とはオリーブの言葉である。
安全を第一に考えれば、この三人は引き離しておくべきだ。しかし、澄ました顔で、でも口数が多いアルマを見ていると、とてもそういうふうに誘導できない。
どうしようかな……。
「エディ、聞いてるっ?」
ミミナが僕の前で手を振っている。
「聞いてなかった。なんだって?」
「だから、エディには容疑がかけられてるのっ。脇腹好きという大罪だよっ!」
どういう会話の流れでそうなった……。
僕の正面に座るアルマが、右手を槌のようにして机を二度たたき、粛々と告げる。
「証人、述べてください」
「はいっ!」
ミミナが勢いよく手を挙げた。
「昨日、あたしがウサギから人に戻ったとき、裸だったんだけど、そのとき、胸でもお尻でもなく脇腹を見られたよっ!」
「有罪です」
「早いって!」
もっと慎重な判断を求める。
「申し開きがありますか?」
「あります! ミミナの脇腹は見たかもしれないけど、それは他の部位から視線を逸らした結果であって、脇腹好きというわけじゃない!」
僕の必死な訴えに、アルマは厳かな表情で深く頷いた。分かってくれたのだろうか。
「では弁護人」
「はい」
おお。ビビが弁護してくれるのか。
ビビは僕の耳元で囁いた。
「私はあなたに感謝している。決闘なんてことになったけど、最高の結果に転がってくれた。だから秘密は守る」
「ありがとう。そう言ってくれてとても嬉しい。でも秘密というか、僕は脇腹好きではないんだよ」
「任せて。弁護してみせる」
ビビはすっと立ち上がる。その無機質な表情は魔術師らしい叡智をたたえていた。
「脇腹好きなのは悪いことではない。人それぞれ趣向がある。寛容な心で受け入れるべき」
「ビビ! 弁護の方向性が違うよ!」
このオートマタ、クールなのは顔だけだ……。
「有罪です」
「待ってくれ!」
僕はアルマを真摯に見つめた。
「アルマ。シェアハウスして今日で四日目になるね。僕は徹底して紳士的な振る舞いを続けてきたつもりだ。脇腹を邪な目で見たことなんて、一度でもあったかい?」
アルマは茹でタコのように真っ赤になり、口元をもにゅもにゅ動かした。
「けっこう……視線を感じます……」
「………………」
そんなはず……ないよな?
まさか僕は脇腹好きなのか?
そこで、ミミナがニンマリと笑い、ゆっくりとアルマの背中に忍び寄る。そしてアルマの制服を思い切りまくり上げた。
「たしかめちゃえ!」
瞬間、露出した脇腹。
その脇腹は太すぎず細すぎず、ほどよい肉感があり、きゅっとくびれている。もしつまめば、皮膚と脂肪の心地よい弾力を楽しめるであろうことは想像に難くない。
腹筋は割れていないが、全体像がうっすら浮かび上がっていて、絶妙な陰影を作り出している。
肌は輝くように白い。この義眼は眩むことなどないと思っていたが、撤回しなければいけない。僕は眩んだ。
中央に赤い魔法陣が描かれていて、それが全体の構成美を高めている。別に異国というわけでもないが、
かつ、ちょんとインクを垂らしたような慎ましいおへそと、その隣に静かに佇む小さなホクロが、美白のキャンバスをさらに彩る。
人間、生きていれば、脳裏に強く刻み込まれて、何度も思い出し、死ぬまで忘れることがないのだろうと確信するような映像的記憶がいくつかあるものだが、今僕が目にしているこの風景も、そのうちの一つになるのはすでに確定していた。
僕は感謝した。鑑定魔術というものに。鑑定の水晶に。父に。母に。この義眼を作ってくれた魔導器技師に。人生のすべてに。この脇腹を見るために僕は視力を得たのだと、そう思える。
この距離でも、花のような、あるいは搾りたてのミルクのような甘い匂いが漂ってくる。吸い込んだ空気が鼻腔に到達すると同時に、嗅神経細胞が生み出した多幸感が胸いっぱいを満たし、そのまま全身へ広がる。涙さえ出てきそうな不思議な感慨が込み上げてくるのである。
もちろん、アルマは肌を隠そうと慌てて両腕を動かしているわけだ。その速度を見るに、思考してからの行動ではなくほとんど反射だろう。服を突然まくられるというのは現代社会においてもはや攻撃であり、防衛反応が起こるのも頷ける。しかし僕はその素早い動きが緩慢に、コンマ一秒ずつ時を進めているかのように認識できた。
アルマはまず驚き、目を吊り上げてミミナを睨みつけ、その次、僕の視線がどこに向いているかを確認し、羞恥で頬をピンク色に染めたのだ。わずか一秒未満でよくぞそれだけ多彩な感情を表現できるものだ。ある種の才能なのだろう。僕はそんな表情の遷移を間接視野的に見ながら、焦点はあくまで腹部に固定していた。
ああ、それにしても際立って美しい脇腹だ。女性の脇腹を見た経験がそれほど多いわけではない。酒場の踊り子さんや露出多めの女性探索者なんかが関の山。同世代の女の子のお腹を見る機会なんてまずなかった。
とはいえ、これは最上級――いや断言してしまおう。トップオブトップだ。未来を含めてのトップ。これから何人の女性の脇腹を見たとしても、これ以上美しいものに出会うことはない。僕はそのことを天啓を受けたかのごとく悟った。悲しくあるが、同時に嬉しくもある。
あまりの衝撃で頭の中がとっ散らかってしまったが、思考をまとめよう。
僕としては。
特に感想はない。
「ミミナさん!」
やめてくださいよ、と言ってアルマは制服を着直す。美しい脇腹は隠されてしまった。
「ごめんごめん。でもこれで分かったでしょ? エディ、前のめりになってたもん」
「もう一度言う。脇腹好きは悪いことではない。無罪を主張する」
「それはそうだけど……。というか、あたしの脇腹を見たときと明らかに食いつきが違ったのはなんで?」
「………………」
ビビは反論できず、僕を見た。
「ごめんなさい。もう弁護できない」
「諦めないで!」
「この話はおしまい! おしまいです!」
アルマが両手を大きく振った。
「えー、判決はっ?」
「保留です!」
やったあ。
とりあえず実刑は免れたと考えてよさそう。
アルマが咳払いをする。
「ところで。わたしは三人全員とそれなりの親交がありますが、みなさん同士はそれほどでもないでしょう。ということで、親睦を深めるという意味も込めて、わたしから提案させていただきます」
急に話が変わった。
どうしたのだろう。
とても気合の入った様子である。
「すぐそこに人気のプリン屋さんがあります。友人たちと何度か行ったことがありまして、特段好きというわけではありませんが、一般的には人気なので、みなさんが望むなら案内して差し上げましょう。いかがですか?」
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