第3章:優しさは罪ですか?
「蒼真、あんたさ――優しさで人を
ダメにしてるって、自覚ある?」
金曜日の帰り道。
コンビニ袋を片手に、夏芽がそう言ったとき、蒼真は足を止めた。
住宅街の交差点。外はまだほんのり明るい。
「……え?オレ、そんなつもりないけど」
「そう。いつもそう。『つもりはない』って
顔して、全部受け入れて、全部背負って……
でもさ、優しさって時に、人を甘やかすし
ダメにするんだよ」
いつになく真剣な口調だった。
夏芽の声は強くて、それでいて少し震えていた。
「蒼真が、全部“いいよ”って言うから。だから、ダマす奴も、依存する奴も、みんな“それでいい”って勘違いするの。……自分の中身、
変えようとしないまま、蒼真に
寄っかかってくる」
「……」
「で、最後はいつも、あんたが傷つく。
バカみたいに。それ見てるの、もう疲れる」
静かな夜道に、夏芽の吐く息が白く浮かんだ。
「じゃあ……オレは、どうすればよかったんだろう」
数歩遅れて歩きながら、蒼真がぽつりとつぶやく。
「優しくしない方がよかった?困ってる人、見ても放っておいた方がよかったの?」
「違う。そういうことじゃない」
夏芽は立ち止まり、振り返る。
「“本当にその人のためになること”って、時には、断ることだったり、ちゃんと怒ることだったり……それが優しさになる時もあるでしょ?」
「……ああ」
「蒼真の優しさは、“自己犠牲型”なんだよ。相手を思いやってるように見えて、実は
“自分が嫌われたくないから”ってとこ、
あるでしょ?」
その言葉に、蒼真は少しだけ目を見開いた。
自分の心の奥を、予想より深く読まれた気がした。
「……あんたはさ、自分が“悪者”にならないようにしてる。誰のことも責めないし、自分の意見を強く言わない。……優しいだけの人は、
たしかに好かれるけど、誰の“本音”にも
触れないの」
「……」
「ごめん、ちょっとキツかったね。でも、ずっと言いたかった。……蒼真には、幸せになってほしいから」
そう言った夏芽の目には、ほんの少し涙が浮かんでいた。
でも、笑っていた。強くて、まっすぐに蒼真を見つめる、綺麗な顔だった。
その夜、蒼真は家に帰っても何も手につかなかった。
部屋の電気をつけず、カーテンの隙間から漏れる街灯の明かりだけが、床に淡く広がっている。
スマホの通知は何件か来ていたけど、
全部スルーした。
夏芽の言葉が、ずっと胸に残っていた。
(……“優しさで人をダメにする”……か)
彼の頭の中を、これまで出会った人たちの顔が通り過ぎていく。
「君って本当に優しいね」「癒される」「頼りにしてるよ」
そんな言葉の裏で、気づかないうちに、何かを壊していたかもしれない。
そしてそのたび、なぜか夏芽だけが怒ってくれていた。
(……夏芽って、ずるいな)
蒼真はポツリとつぶやいて、目を閉じた。
(……一番近くにいるのに、なんで今までちゃんと見てなかったんだろう)
その夜、彼は初めて
“誰かに嫌われないための優しさ”を捨ててみようかと、ほんの少しだけ思った。
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