たまには、だまされるのも悪くない

KAORUwithAI

第1章:人が良すぎる男

「山崎さーん、お昼ご飯まだなら、うちの営業の人たちとランチ行きません?すごく美味しい

お店なんですよ。ちょっと紹介したい話も

あるんですけど」


会社の給湯室で、見慣れない女性がにこにこと笑っていた。彼女は先週から来た派遣のスタッフで、営業部の男性たちとすぐ打ち解けていたらしい。


「え、あ、はい。僕でよければ…」


そう言って、山崎蒼真は断りもせず、素直に頷いた。

それをコピー機の影から見ていた篠原夏芽は、頭を抱えた。


「また?……また行くの?蒼真、それ絶対、なんか売られるヤツだよ」


「え?でもランチって言ってたし……

美味しいって……」


「人が良すぎるにもほどがあるでしょ!」


職場で何度も繰り返されているこのやりとり。

蒼真はとにかく人を疑うことができない。

「信じることは素敵なことだと思うんだよね」なんて、ほわほわした顔で言う。


結果


帰ってきた彼の手には、よく分からない

健康食品のパンフレットが握られていた。



「でも、ほら、この青汁、すっごく栄養価が高いんだって。しかも飲みやすいらしいよ?」


「買ったの?」


「お試しセットだけ……2万円くらい」


「バカーーーーーッ!!」


夏芽は思わず彼の肩を本気で小突いた。蒼真は「痛いよ〜」と情けなく笑いながら、

でもパンフレットを大事そうに畳んでいる。


「なんでそんなに簡単に人を信じちゃうの?っていうか、前もあったでしょ?ほら、酵素ドリンクでお腹壊したやつ」


「うん、でもあれは飲みすぎた

僕が悪かったし……」


「そういう問題じゃないっつーの」



蒼真は昔からこうだった。

誰にでも優しく、どこまでもお人好し。

小学校のとき、クラスのガキ大将に「このプリント配ってきて」と言われて素直に全クラス分走ったこともある。

大学では、女の子に「荷物重いの〜」と甘えられて、バイトの帰りに片道40分かけて運んであげたこともある。

その荷物の中身が“別の男へのプレゼント”だったことは、しばらくしてから夏芽が知った。


(なんで、こいつはいつも、誰にでも優しくして、自分だけ痛い目見るの?)


心配と怒りと……ほんの少しの嫉妬が、夏芽の胸を締めつける。



その日の夜。

蒼真はLINEでこう送ってきた。


今日はありがとう。夏芽の言う通り、ちょっと焦ってたかも。

青汁、返品できないみたいだけど、まあ健康にはいいし。今度、一緒に飲もうね!


「バカ……」


布団の中でスマホを見ながら、夏芽は枕に顔を埋めた。

怒ってるのに、嫌いになれない。

ほんと、困った男だ。


(だからせめて、私くらいは、

こいつをダマしたりしないって決めてる)


それが、彼をずっと見てきた彼女の、

小さな決意だった。

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