大切なこと

えいじ

突然の解雇

「えっ……解雇通知、そんな……」

 呆然とした声が、静まり返ったオフィスにぽつんと落ちた。


 金田優也、三十五歳。一流企業に勤めて十年以上。まさか自分が、突然職を失うことになるなんて夢にも思っていなかった。


 ──僕の名前は金田優也。

 両親が離婚したのは、僕がまだ小学生の頃だった。父はどこかへ消え、母が女手一つで僕を育ててくれた。

 「母さんに恩返しがしたい」

 その思いだけでがむしゃらに勉強して、なんとか大学に進学。無事卒業後、憧れだった企業への就職も叶えた。


 だが——。

 今年に入り、会社の業績は目に見えて悪化していた。嫌な予感はあった。でも、まさか自分が「その対象」になるとは……。


 帰りの電車の中、揺れるつり革を握りながらスマホを取り出し、母に電話をかけた。


 「……母さん、実は今日、会社を会社都合で解雇されちゃった」

 声が少し震えていた。でも、母に心配はかけたくない。すぐに続ける。

 「でも安心して。すぐ次の仕事見つけるから」


 「……あら、そうなのかい」

 電話越しの母の声は、いつも通り落ち着いていた。

 「でも、あせらずにゆっくり探せばいいよ。あんたには良いところがあるんだから。それだけは、なくしたら駄目だよ」


 その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。

 「……ありがとう、母さん」


 だが、現実は甘くなかった。


 ――一週間が経った。


 中途採用の求人を探し、履歴書を送り、面接を受けても「またご連絡します」という言葉ばかり。電話が鳴ることは、なかった。


 「まいったなぁ……」

 ため息交じりに、自宅のPCの前で呟く。

 「資格を活かした仕事に就きたかったけど、中々採用されない……やっぱ、この年じゃ厳しいのかな……」


 何気なく目に入ったチラシ。近所のスーパーの求人だった。

 《年齢・経験不問/接客未経験歓迎》


 「スーパーか……接客業なんてやったことないけど……」

 口にした瞬間、通帳残高が脳裏に浮かぶ。ほとんど底をつきかけていた。


 「やってみようかな……」

 覚悟を決めた声が、部屋に小さく響いた。




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