番外ストーリー 〜モルガン編〜 原初の魔術師、地球女子高生になる

モルガン編 プロローグ


 


世界の果てにそびえる、“深紅の塔”。


濃霧の裂け目に突き刺さるように立つその塔は、千の国、万の文明が崩れ去るのを見届けてきた黙示の標。かつて神が去った後、そこに棲みついたのが一人の魔女である。


名を、モルガン。


原初にして究極の魔術師。

万象を解体し、記憶の星図を編み、あらゆる理を飽きるほど見下ろしてきた“永き知の者”。



──だが、そんな彼女がある日、突然こう言った。


 


「……飽きた。我、今世は“女子高生”として生きん」


 


 何一つの前触れもなく。

 何一人の了承も得ぬまま。

 世界の魔術体系すべてを設計した存在が、突如として己の肉体を“ぽい”と破棄し、異界のどこぞの少女へ魂を転写したのだった。


 


 ◇ ◇ ◇ 


 


「……って誰やねんお前!?」


 


──そのツッコミは、魂の残滓によって発せられたものである。


鏡の前、セーラー服の裾を摘みながらクルリと回転していたモルガンは、鏡の奥から響く声に、特に驚くでもなく応えた。




「静まれ、太ももがしゃべるな」


 


(しゃべってるんちゃうわボケェ!!)


そう。ここは大阪の一角にある、大阪府立 海松農業高校。


元の持ち主――水庭翠(みずにわ・みどり)の肉体を乗っ取ったモルガンは、魔力による肉体調整を終え、既に“変身完了”していた。

元々は身長150cm・体重80kg超の健康優良女子だった水庭さんは、たった三日で42kg減量され、肌はつるつる、髪は桜色に艶めく。


もちろん、本人には一切の許可は取っていない。


 


(な、なんで!? あたしの体が……スタイル雑誌の裏表紙みたいになってる!?)




「魔力による調整だ。肉体とは“器”にすぎぬ」




(いや器いじりすぎや!!)


 


 ◇ ◇ ◇ 


 


初登校の日、スカートの丈に驚きつつ登校する魔王。


校門をくぐれば、視線が一斉に集まる。


 


「あれ……水庭さん?」「なんかめっちゃ美人になってない?」


「っていうか、誰!? え、髪ピンク!? 中二病!?」


 


モルガンはそれらの囁きをすべて聞き流し、淡々とした声で告げた。




「我が名は水庭モル──いや、“ミズニワ・ミドリ”という者なり。闇より蘇りし、美と叡智の化身」




(言うなああああああ!?!?!?)


 


その日を境に、モルガンは「中二病すぎるけど顔が最強」な女子高生として、一躍校内の話題をかっさらっていく。


 


 ◇ ◇ ◇ 


 


放課後、堺の海辺。


ラムネの瓶を手にしたモルガンは、制服姿のまま風を受け、ぽつりと呟いた。




「この世界、魔法はないが……意外と、悪くないな」




その肩に、小さなリスのような妖精(※“うるさい”ということで強制的に妖精の姿に変えられた翠)がちょこんと座る。


(調子に乗って食べ過ぎんなよ、魔王)




「我に“太る”という概念はない」


 


地球と魔術が交錯する奇妙な日常。

この星の文化、極めて不合理。しかし――少し、可愛い。


 


少女の中の魔王は、今日も制服のまま、世界を観測している。


 



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