第6話『曰く付きの依頼』

 いつもの席に着き、エールを一杯頼んだアルベルトさんは、重々しく口を開いた。


「レン、お前は知らないかもしれないが……あの村は、もう三つもパーティーが『帰ってきていない』場所なんだ」


「……全滅、ですか?」


 俺の問いに、彼は静かに頷いた。


「ああ。しかも、ただのパーティーじゃない。最初はDランク。次はCランク。そして最後は、俺たちより格上の、Bランクの中でも腕利きで有名だったパーティーだ。彼らですら、何の連絡もなく消息を絶った」


 Bランクパーティーの全滅。その言葉の重みに、エリシアとリリィが息を呑むのがわかった。


「……わな、ということか」


 静かに呟いたのは、カエデさんだった。彼女の鋭い目は、すでに依頼の裏にある危険性の本質を見抜こうとしている。


「その通りだ。ギルドの調査じゃ、村はゴブリンの巣窟になってるらしい。だが、それだけじゃない。村の周辺には、ベテランの斥候せっこうですら見抜けねえ、悪辣あくらつな罠が張り巡らされているそうだ」


「そんな危険な依頼が、どうしてまだDランクのまま掲示されているんですか?それに、私たちのような新人が受注できるなんて……」


 エリシアの当然の疑問に、アルベルトさんは苦々しく顔を歪めた。


「最初は、ギルドもランクを引き上げて対処しようとした。だが、依頼主が王家と繋がりがある貴族でな。『ただの物資回収だ』の一点張りで、ランクの変更を認めなかったらしい。おまけに、失敗したパーティーの無様な噂が広まって、今じゃ誰も近寄らない『呪われた依頼』として、ギルドも半ば黙認してる状態なんだ。新人がうっかり手を出さないように、警告文の一つでも貼っておくべきなんだがな……」


 貴族の圧力と、形骸化した依頼。大人の事情というやつか。

 だが、その腐った状況こそ、俺にとっては好都合だった。


「――アルベルトさん」


 俺は静かに、しかし仲間たち全員に聞こえるように、はっきりと告げた。


「その依頼、俺たちでやりませんか」


「……レン! お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか!?」


 アルベルトさんが、テーブルを叩かんばかりの勢いで身を乗り出す。

 無理もない。彼の目には、俺の提案がただの無謀な自殺行為にしか見えないだろう。


 だが、俺の目には、他の誰にも見えない『勝機』が見えていた。


「罠の場所さえわかれば、対処できるはずです」

「そんなこと言ったって、ベテランの斥候でも見抜けねえんだぞ!」

「俺の『目』は、少し特別なんです。これまでも、そうだったでしょう?」


 俺の言葉に、アルベルトさんはぐっと押し黙る。

 オーガの古傷を見抜いた、あの戦い。彼の脳裏には、俺の異常なまでの観察眼が焼き付いているはずだ。


「……レンの言う通りかもしれん」


 口火を切ったのは、意外にもカエデさんだった。


「これまでの戦いで、レンの『目』が俺たちの窮地を救ったのは事実だ。罠を見抜けるというのなら、その可能性に賭けてみる価値はある」

「カエデさん……」


「私も、レンさんを信じます」


 エリシアが、真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。


「それに、困っている村があるのなら、見過ごすことはできません」

「うぅ……エリ姉とカエデちゃんがそう言うなら……私も、やる!」


 リリィも、涙目ながらに拳を握りしめた。


 仲間たちの視線が、リーダーであるアルベルトさんに集まる。

 彼は腕を組み、しばらくの間、苦渋に満ちた表情で考え込んでいた。

 やがて、彼は決意を固めたように顔を上げ、俺の目をじっと見据えた。


「……レン。お前、本当にやれるんだな?」

「はい。俺が、必ず皆さんを安全に導きます」


 俺の言葉に嘘はない。

 として、仲間を勝利に導く。それが、俺の役割なのだから。


「……わかった。リーダーとして、お前のその『目』に、俺たちの命運を賭けよう」


 こうして俺たちは、誰もが生還できなかった曰く付きの依頼に、挑むことになった。


 ◇


「――本当に、この依頼を受けるのですね?」


 カウンターでミアさんに依頼書を渡すと、案の定、彼女は血の気が引いたような顔で俺たちを止めた。

 その制止を振り切って手続きを終えると、ギルドの奥から、地響きのような声がかかった。


「おい、若造ども。ちょっとツラ貸しな」


 振り返ると、そこに立っていたのは、このギルドの支配者――ギルドマスターのヴァルターさんだった。

 歴戦の猛者だけが持つ、肌を焼くような威圧感。その鋭い眼光に、アルベルトさんたちがゴクリと唾を呑む。


 ヴァルターさんは俺たちをギルドの奥にある彼の執務室へと通した。


「……お前ら、あの村の依頼を受けるそうだな」


 机にどかりと腰を下ろし、彼は重々しく口を開く。


「あの依頼の裏に、貴族の厄介な事情が絡んでることは知ってるな。ギルドとしても、これ以上犠牲者を出すわけにはいかねえんだ。本来なら、お前らみたいな駆け出しに許可するわけにはいかねえ」


 ヴァルターさんの視線が、俺を射抜く。


「だが、お前らのオーガ討伐の報告書を読ませてもらった。特に、お前だ、サポーターのレン。あの戦況で、どうやってオーガの古傷を見抜いた?」

「……それは……」

「偶然か? 運が良かった、で済む話じゃねえ。お前の『目』は、何か特別なモンを見てる。そうじゃねえか?」


 図星だった。

 俺が言葉に詰まっていると、ヴァルターさんはニヤリと口の端を吊り上げた。


「面白い。お前らのパーティー、特に司令塔のお前には、何か特別な可能性がある。もし、お前の『目』が本物なら、あのクソったれな罠だらけの村を攻略できるかもしれねえ。だから、今回はギルドマスターの権限で、特例として許可した」


 彼の瞳は、俺たちの力を試しているようだった。


「いいか、これは命令じゃねえ。俺個人の『賭け』だ。だから、死んでも文句は言うなよ。……だがな」


 ヴァルターさんは、ふっと威圧感を消し、親のような優しい目になった。


「生きて、帰ってこい。若造ども」


 それは、ただの忠告ではなかった。

 俺たちの無謀な挑戦を認め、その上で、生きて帰ってこいという、不器用なエールだった。


 俺たちは、ヴァルターさんの部屋を後にした。

 彼の言葉が、ずしりと重く肩にのしかかる。だが、俺の心は不思議と、静かだった。


 ◇


 数日後。俺たちは、目的の村の入り口へとたどり着いていた。

 かつては人が暮らしていたであろうその村は、今は不気味なほど静まり返り、まるで巨大な墓場のようだった。


「よし、行くか……!」


 アルベルトさんが、覚悟を決めて一歩踏み出そうとする。

 その足を、俺は静かに制した。


「ダメです」


 俺は、村の入り口から一歩も動かない。

 ただ、その先の、何もおかしなところのない地面を、冷たい目で見据えながら。


わなだらけだ。正規の入り口からは、一歩も入れません」


 俺のその一言が、この絶望的な依頼の、本当の始まりを告げていた。

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