第19話『店主の秘密とヒバルの選択』



「今日の荷物は——」

ヨルが不思議な笑みを浮かべた。


でも、今日は何かが違う。ヨルの右目の時計が、激しく逆回転していた。


「どうしたの、ヨル?」


「今日の荷物は、特別なんだ」


ヨルは奥の扉を見つめた。普段は絶対に開かない、謎の扉。


扉がゆっくりと開く。中から現れたのは、古い手鏡だった。枠は黒い金属で、不思議な紋章が刻まれている。


「これは?」


「真実を映す鏡。見たくないものまで見えてしまう」


ヨルの表情が曇った。


配達先の住所を見て、ヒバルは驚いた。


『ハコブネ堂 ヒバル宛』


「え? 僕?」


「そう。今日の受取人は、君だよ」


ヒバルの心臓が跳ね上がった。自分宛の荷物なんて初めてだ。


「でも、なんで?」


「それは、鏡が教えてくれる」


ヒバルは震える手で鏡を受け取った。最初は普通に自分の顔が映っているだけ。でも、じっと見つめていると——


映像が変わった。


あの日が映し出された。黒い箱を開けてしまった日。中から溢れ出した闇に飲み込まれそうになった時、ヨルが現れた。


でも、鏡の中の映像は、ヒバルの記憶とは違っていた。


ヨルは最初からそこにいた。まるで、ヒバルが箱を開けるのを待っていたように。


「これは……」


さらに映像が変わる。


ハコブネ堂の店内。でも、ヒバルがいない。代わりに、別の配達人がいた。顔はぼやけているが、荷物を配達している。


そして、その配達人も突然いなくなった。


次の配達人が現れる。また消える。その繰り返し。


「配達人は、僕だけじゃなかった?」


ヨルは黙って頷いた。


鏡の映像がさらに深くなる。ヨルの正体が、少しずつ明らかになっていく。


ヨルは人間ではなかった。届けられなかった無数の荷物たち、伝えられなかった想いたちが集まって形になった存在。


「荷物たちの、想念……」


「そう。私は、届かなかった想いの集合体。だから、誰かに届けてもらいたくて、この店を作った」


ヨルの姿が揺らいだ。一瞬、無数の荷物の姿が重なって見えた。


「でも、配達人たちは皆、途中で辞めていく。荷物の重さに耐えられなくなって」


「じゃあ、僕も……」


「君は違う」


ヨルが真っ直ぐヒバルを見つめた。


「君は今まで誰よりも長く続けている。そして、誰よりも深く、荷物の想いを理解している」


鏡の映像が、また変わった。


今度は、ヒバルの未来が映し出された。いくつもの可能性が、枝分かれのように広がっている。


ある未来では、ヒバルは配達人を辞めて普通の生活に戻っている。


別の未来では、ヒバルは荷物の重さに押しつぶされている。


さらに別の未来では——


「見ないで!」


ヨルが鏡を取り上げた。


「その先は、まだ決まっていない。君の選択次第だ」


ヒバルは混乱していた。今まで信じていたものが、全て違って見える。


「じゃあ、僕はなんのためにここにいるの?」


「それも、君が決めること」


ヨルは鏡を棚に戻した。


「私にできるのは、荷物を用意することだけ。届けるのは、いつも配達人。そして、その意味を見つけるのも」


ヒバルは考えた。確かに、今まで配達してきた荷物は、全て誰かの人生を変えた。時には失敗もあったけど、それでも——


「僕は、続ける」


自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。


「理由はわからない。でも、誰かの想いを届けることは、大切なことだと思う」


ヨルの顔に、見たことのない表情が浮かんだ。安堵? それとも悲しみ?


「ありがとう、ヒバルくん」


「でも、一つ聞かせて」


ヒバルは真剣な眼差しでヨルを見つめた。


「他の配達人たちは、なぜ辞めたの?」


ヨルは少し間を置いてから答えた。


「それぞれ理由は違う。でも、共通していたのは——」


「何?」


「自分の荷物と向き合えなかったこと」


ヒバルは黒い箱のことを思い出した。あの中には、自分の過去が封印されている。


「いつか、君もその箱と向き合う時が来る。その時——」


ヨルの言葉は途中で止まった。


店の外から、不思議な音が聞こえてきた。まるで、何かが近づいてくるような。


「もう時間か」


ヨルがつぶやいた。


「何の時間?」


「君が本当の選択をする時間」


ヨルは黒い箱を取り出した。あの、ヒバルの過去が封印された箱。


「今開ける必要はない。でも、いつかは必ず」


ヒバルは箱を見つめた。怖い。でも、逃げ続けることはできない。


「分かった。でも、今じゃない」


「賢明な判断だ」


ヨルは箱をしまった。


「君にはまだ、知るべきことがある。強くなる必要がある」


その時、店のドアが開いた。


でも、誰も入ってこない。ただ、冷たい風が吹き込んできた。


「始まったね」


ヨルの右目の時計が、止まった。


「何が?」


「変化が」


ヨルは遠くを見つめた。


「この店も、私も、そして君も。全てが変わり始める」


ヒバルは不安になった。でも、同時に覚悟も決まった。


配達人として選んだ道。最後まで歩いてみよう。


「明日も、配達はあるの?」


「もちろん」


ヨルは微笑んだ。でも、その笑顔はどこか寂しげだった。


「君がいる限り、荷物は来る。想いを届けたい人がいる限り」


ヒバルは頷いた。


明日も、誰かの想いを届けよう。


それが、自分にできることだから。


配達完了の鐘が鳴る。

でも、ヒバルの心には、決意と不安が残った。


真実は時に残酷だ。

でも、真実から目を背けては、前に進めない。

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