第6話『しゃべるキーホルダー』
「今日の荷物は——」
ヨルが不思議な笑みを浮かべた。
ハコブネ堂の薄暗い店内で、ヒバルは手のひらサイズの荷物を受け取った。キラキラと虹色に輝くクマのキーホルダー。ふわふわの毛並みが、まるで生きているみたいだ。
「かわいい!」
思わず声を上げたヒバルに、ヨルの時計の目がくるりと回った。
「そうかなぁ? 君にはまだ、このクマちゃんの本当の姿が見えていないみたいだネ」
その瞬間、キーホルダーがピクリと動いた。
「だれがクマだよ! オレはライオンだ!」
ヒバルは飛び上がった。キーホルダーがしゃべった!
「驚くことないだろ。オレは持ち主の本音を代弁する、特別なキーホルダーなんだから」
クマ——いや、ライオン(?)のキーホルダーは、小さな手足をバタバタさせた。
「本音を代弁?」
「そうさ。持ち主が言えないでいる気持ちを、オレが代わりに言ってやる。便利だろ?」
ヒバルは配達袋に入った住所メモを確認した。
『春風ユイ 小学5年生』
「今回の配達、なんだか大変そうな予感がする」
ヒバルがつぶやくと、キーホルダーがケラケラ笑った。
「大変? そんなの当たり前だろ。本音なんて、みんな隠したがるもんさ」
配達先は、駅前の小さなマンションだった。
インターホンを押すと、すぐに玄関が開いた。
「あの、ユイさんですか?」
「うん」
ドアの向こうに立っていたのは、肩までの黒髪を二つに結んだ女の子だった。でも、その表情は暗い。まるで雨雲みたいに、どんよりとしている。
「これ、君への配達物です」
ヒバルがキーホルダーを差し出すと、ユイは不思議そうに受け取った。
「なにこれ? 注文なんかしてないけど」
「ハコブネ堂の荷物は、必要な人のところに勝手に届くんです」
ユイがキーホルダーを手に取った瞬間——
「パパなんか大っきらい! 新しいお母さんなんかいらない!」
キーホルダーが大声で叫んだ。
ユイの顔が真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと! なにこれ!?」
「本音を言ってるだけさ」
キーホルダーは涼しい顔で続けた。
「だってそうだろ? パパは君の気持ちなんか全然わかってない。勝手に再婚するなんて言い出して」
「や、やめて!」
ユイは必死でキーホルダーの口を押さえようとしたが、声は止まらない。
「本当は寂しいんだ! ママがいなくなってから、パパとふたりで頑張ってきたのに!」
ヒバルは黙って見守っていた。これがハコブネ堂の荷物。使い方を間違えると大変なことになる。でも——
「ユイちゃん? 誰か来てるの?」
奥から男性の声がした。ユイのお父さんだ。
「な、なんでもない!」
ユイは慌ててキーホルダーをポケットに押し込んだ。でも——
「なんでもなくない! パパと話したいことがたくさんある!」
ポケットの中からくぐもった声が聞こえてきた。
お父さんが玄関に出てきた。優しそうな顔をしている。
「お友達?」
「ちがう、その……」
「パパ、聞いて!」
キーホルダーが叫んだ。
「ユイは新しいお母さんのこと、まだ受け入れられないの!」
お父さんの顔が驚きに変わった。
「ユイ……?」
「ち、ちがうの! これ、勝手にしゃべって……」
ユイは泣きそうな顔でキーホルダーを取り出した。
「でも本当のことでしょ?」
キーホルダーは容赦ない。
「パパは最近、彼女のことばっかり。ユイとの時間が減ってる」
静寂が流れた。
お父さんは、ゆっくりとしゃがみ込んで、ユイと目線を合わせた。
「ユイ、本当にそう思ってたの?」
「……うん」
小さな声だった。でも、はっきりと聞こえた。
「ごめん。パパ、ユイの気持ちを考えてなかった」
お父さんの声も震えていた。
「ママがいなくなって、ユイにも寂しい思いをさせて。それなのに、勝手に……」
「ううん」
ユイは首を振った。涙がポロポロこぼれた。
「パパが幸せそうなの、うれしかった。でも、でも……」
「でも、ユイも一緒に幸せになりたかった」
キーホルダーが静かに言った。今度は叫んでいない。ユイの本当の気持ちを、そっと伝えている。
お父さんはユイを抱きしめた。
「これからは、三人で相談しよう。ユイの気持ちも聞かせて。新しい家族になるなら、みんなで一緒に」
「うん」
ユイもお父さんにしがみついた。
「それに」
お父さんが続けた。
「彼女も、ユイと仲良くなりたがってるよ。でも、どう接していいかわからないって」
「え?」
「実は彼女も、すごく緊張してるんだ。ユイに嫌われたらどうしようって」
キーホルダーがクスッと笑った。
「なんだ、みんな同じこと考えてたんだ」
ヒバルは、そっと一歩下がった。
もう自分の出番は終わった。あとは、この家族が新しい形を見つけていくだけだ。
「あの」
ユイがヒバルを呼び止めた。
「このキーホルダー、もう少し借りててもいい?」
「もちろん」
ヒバルは微笑んだ。
「でも、そのうち必要なくなると思いますよ」
「うん。今日みたいに、ちゃんと話せるようになったら」
ユイもやっと笑顔を見せた。
帰り道、ヒバルは考えていた。
本音を言うのは怖い。でも、言わなければ伝わらない気持ちもある。
キーホルダーは、その勇気をくれる道具だったんだ。
ハコブネ堂に戻ると、ヨルが待っていた。
「どうだった?」
「家族って、難しいですね」
「そうだネ。でも、だからこそ大切なんだよ」
配達完了の鐘が鳴った。
でも、ヒバルの心には温かいものが残っていた。
本音を伝える勇気。
それが、今日の配達で届けた一番大切なものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます