第5話(だからそのあのいいよ、?)



第五話:偽りの舞台装置


俺の口元に、血まみれの笑みが広がった。ヘリが炎上し、地面に墜落していく様子を見下ろしながら、俺はふと、隣にいたはずの「女」の存在を思い出した。サイレンの音は、まだ遠くで響いているが、あの「女」はどこへ行った?


いや、そもそも俺は、なぜここにいるのだろうか。崖から落ちて、痛みはなく、「血」は流れているのに、今は「血まみれの笑み」を浮かべ、ヘリを墜落させた男になっている。そして、俺がショットガンをぶっ放したら、なぜか「痛み」を感じ、そして「血」まで流れた。


そして今、俺の目の前で、ヘリが轟音とともに地面に激突した。


「外れた弾が、ヘリへ直撃の…?」


俺は、自分の手元に残ったショットガンを見つめた。さっきまでは、まるで新品のようにそこにあったはずなのに、今はまるで使い古された鉄塊のような感触がする。だが、それ以上に、俺の頭の中を駆け巡るのは、「俺の意思が、この武器の力と結びついた」という、とてつもない感覚だった。


「無反応、?? なんなんだこれは。」


さっき、パトカーやヘリに向かってショットガンを乱射したが、彼らは全く無反応だった。俺の弾は、彼らの装甲に弾かれた、あるいはまるで存在しないかのように通り抜けたのだろう。だが、あのヘリ墜落は、その無反応とは全く異なる。俺の「意思」が、直接的に現実を動かした。


そして、その「意思」は、俺の「痛み」や「血」という肉体的な感覚とも結びついている。


「…ロケットに合わせ、ショットガンを発射…?」


あの時、俺がふと思ったことが、現実になった。俺は、自分が次に何をしようとしているのか、まるで分からなかった。だが、この異常な「力」に、俺は抗えなかった。失うものが何もない、この「バラバラ」で「痛くない」そして「血は流れる」という、理解不能な存在になった俺にとって、この「力」こそが、唯一の現実だったのかもしれない。


サイレンの音は、ヘリの墜落音にさえぎられたのか、一時的に遠のいたように聞こえた。だが、それはすぐに、より多くの、より不穏な音となって俺に襲い掛かってくるだろう。


俺は、目の前の炎上するヘリの残骸を見つめた。そして、その傍らに、あの「女」の姿がないことに気づいた。どこへ消えたのだろうか。俺がヘリを墜落させたことに怯えて逃げたのか、それとも…


「…ところで、あんた、名前は?」


その時、どこからともなく、あの「女」の声が響いてきた。いや、声というよりは、俺の頭の中に直接響いてくるような、幻聴めいた感覚だ。


「なんで今なんだよ!」


俺は、思わずそう叫びそうになった。あまりにも、その質問のタイミングがおかしかったからだ。俺は今、炎上するヘリの残骸を見下ろしながら、自分が何者なのかもよく分からないまま、血まみれの笑みを浮かべている。そんな状況で、「名前は?」だと?


「始まって何話目だよまったく!」


そうだ、俺は確かに、この物語の「登場人物」として、今、ここにいる。失恋から、逃避行から、事故、バラバラ、幽霊化、ショットガン、ヘリ墜落…。その全てが、誰かの書いた「物語」の一部なのか?


そして、あの「女」が言った言葉は、そのまま俺の口から飛び出した。


「しかも、おれのセリフだし」


俺は、自分が「女」と同じ言葉を口にしたことに気づき、背筋が凍るような感覚に襲われた。まるで、俺のセリフが、彼女によって盗まれたかのように。あるいは、俺と彼女の「セリフ」が、既に用意された脚本の上で、互いに干渉し合っているかのようだ。


「ところであんた名前は?」


俺は、あの「女」の言葉を繰り返すように、虚空に向かって呟いた。彼女がどこにいるのか、そしてこの「名前」という言葉が、俺のアイデンティティにどう影響するのか、全く分からなかった。


だが、彼女の沈黙は、俺に次の行動を示唆しているようだった。


「…?」


その沈黙の後、俺の目の前に、まるで舞台装置が組み替わるように、新たな光景が展開した。俺がいた場所から少し離れた地面が、唐突に盛り上がり、そこから何かが現れ始めた。


「まさか…」


俺は、その「何か」を見て、思わずそう漏らした。それは、黒い、鈍く光る金属の塊だった。


「なにやらゴソゴソ…」


「女」が、その「何か」に手を伸ばし、器用にそれを手に取っていく。それは、間違いなく「銃」だった。しかも、ただの銃ではない。鈍く光る、ずっしりとした質量を持つ、あの特徴的なシルエット。


「うわヤバ逃げろ!」


俺は、本能的にそう思った。彼女が取り出した「それ」は、俺がさっきまで手にしていたショットガンとは、全く異なる種類の危険性を孕んでいるように感じられた。それは、先ほどの俺の「力」とは別の、「力」の片鱗を匂わせるものだった。


「デザートイーグル2丁、丸でガンマン!」


俺の脳裏に、唐突に西部劇のイメージがフラッシュバックした。そして、俺自身の手に、先ほどまであったショットガンとは違う、別の「銃」が、まるで吸い寄せられるように現れたのだ。それは、鈍く光る、巨大なデザートイーグル。しかも、右手に、そして左手に、それぞれ一つずつ。


まるで、俺が「ガンマン」になったかのような錯覚。いや、もう錯覚ではなかった。俺の「意思」が、この「物語」の展開に合わせて、最適な「武器」を具現化させているのだ。


俺は、二丁のデザートイーグルを構えた。その冷たい金属の感触が、俺の手に馴染む。


「あんたのその…ガンがほしい❤️」


その言葉は、俺の口から、あまりにも唐突に、そして予想外の感情を伴って飛び出した。俺は、自分の「力」が「エアガン」であることに絶望し、そして彼女が持つであろう、本当の「力」や「物語を操る能力」を欲していたのだ。それは、愛情表現の歪んだ形、あるいは彼女への依存心の表れとも取れた。


「えー!!なんか急に恥ずかしいです」


その言葉を口にした瞬間、俺は自分の異常な発言に、激しく恥ずかしさを感じた。俺は、彼女に「名前は?」と問いかけようとしていたはずなのに、今は自分の「力」や「願望」をぶつけている。しかも、その内容は、あまりにも個人的で、あまりにも唐突なものだった。


目の前の「女」は、私のその言葉に、どのような反応を示すのだろうか? 彼女は、この私の「恥ずかしさ」を嘲笑うのか、それとも…


「だからその、いいよ?」


どこからともなく響いてきた「女」の声は、俺の思考を遮るように割り込んできた。それは、先ほどの「名前は?」という問いかけの時とは、また違う、どこか挑発的で、そして面白がるような響きを持っていた。


「いいよ?」…何を、だよ。俺の「ガン」を、ということか? それとも、俺のこの「恥ずかしさ」を、そのまま受け入れる、ということか?


「よくねーだろー」


俺は、自分の口から飛び出したその言葉に、激しく反論した。彼女の「いいよ?」は、あまりにも都合が良すぎる。俺が「物語の登場人物」として、この展開を受け入れることを期待しているような、そんな無責任さを感じた。


「俺は、『冷やかし』なんだよ!」


俺は、自分の「物語」を、彼女の都合の良いように進められることを拒否した。彼女が「優しい彼女」であろうと、「物語の操縦者」であろうと、俺は、この「偽りの舞台装置」の中で、自分の「真実」を見つけ出さなければならない。


俺は、手に持ったデザートイーグル(エアガン)を、再び「女」に向けて構えた。それは、もはや「脅迫」や「反撃」のためだけではなかった。


「あんたの、その『力』がほしい❤️」


俺は、改めて、心の中でそう思った。彼女の「物語の操縦者」としての「力」が。そして、それを手にすれば、俺は、この「エアガン」を、本当の「武器」に変えられるのではないか、と。


俺の心の中の「恥ずかしさ」は、既に、この異常な「力」への渇望によって塗りつぶされていた。俺は、再び「女」に問いかける。


「お前の、その『力』をくれよ。さもないと…」


俺の視線は、彼女へと鋭く向けられる。次に俺が何を「ぶっ飛ばす」ことになるのか、それは、俺自身にも、もう分からなかった。

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