夜を歩く【よるの短編集🌙】

いとう はぶらし

一日目 【夢のあと】

ドアを開けた瞬間、懐かしいはずの匂いが、少しだけ遠く感じた。


2人暮らし最後の夜を終え、僕は1人黒い海へと戻ってきた。


閉めっぱなしのカーテン。


時計の針は止まっていないのに、部屋の空気だけ時間に取り残されていたようだ。



ふたりの物で溢れたこの部屋を、今はひとり寂しく見つめる。


君の物をひとつひとつ袋に入れていく。


あらかた入れ終わると、押し入れの一番奥にそっとしまっておいた。



寂しさが喉の奥から溢れ出そうになる。


だけど、もう誰も聞いてはくれない。


手を洗おうと、洗面所の戸を横に開いた。



目に付いたのは、君色の歯ブラシ。


くたりと頭を垂れている。


まるで今の自分のよう。


ここだけは、なんだか素直に声が出せた。


「もっと一緒にいたかったな。」


僕が語りかけるように言うと、からんと音を立てて頭の向きを変えた歯ブラシ。


寂しげに、でも、どこか吹っ切れたように笑っている。


全部夢であって欲しかったな。


静かに、洗面所の戸を閉めた。


君の歯ブラシは、置いたまま。

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