第36話 堕ちる

 和夜は気付いたら目の前の川をボーっとして見ていた。

「ああ・・・私、マン先生に必要ないって言われて・・・イカ男に・・・死んだんだ・・・殺されたんだな・・・じゃあ、ここは三途の川か・・・不甲斐ねぇなぁ」

周りを見渡すと橋や渡し船があった。川の様子を見ると浅瀬の所もあれば急流の所もある。

「生前の行いによって川が違うと聞いたことはけど、私はどっちなんだ?全種類あるよ」

試しにうろちょろうろちょろと三途の川を渡らずに和夜は散策していた。

「好きなのを選んで良いのかな?いや、でもな、自分で楽な方を選ぶのって悪い気もするな。うーん」

胡坐をかいて座り、腕を組んで目を閉じ考えていた。目を開くと三途の川はなかった。

「やっと目を覚ましたね・・・この場合はおかえりかな?」

前にはティーカップを持って優雅に足を組んで座るイカイケメンが居た。嘘だ、夢か?いや、死んでも夢を見るのか?と和夜は混乱した。胸を貫かれたことを思い出し、確認すると心臓部分には紫色の塊があった。若干、丸ではなくハートに見えなくもない。ちょっと気持ち悪い状態だ。椅子に座らされ手足は触手で拘束されていた。

「君の胸には心臓の代わりに私の細胞を詰めておいたよ。だから、生きている。胸部の皮膚が回復するまで安静にしててね。完全に回復した後に着替えを持って来るよ。君の部屋に入った時に何着か持って来ておいて正解だった」

「な、なんで・・・目的は、って部屋?」

「君の心臓を私の細胞と取り換えたことかい?その方が良いことが多いからだよ」

「・・・元に戻して下さい」

「それには答えてあげられないな~」

和夜はどうにかして目の前の敵を倒し、無事に家に帰る方法を考える。

「心臓は念の為、大事にしまっているから安心して良いよ。使う必要はないけど、私の大事な和夜ちゃんの一部だからね。ちゃんと保管しているよ。なぜなら、君を守るナイトになりたいからね~」

「・・・どーこが守っているんだよ。人の心臓を取っておいてよく言えますね」

和夜は段々、イカイケメンに腹が立ち睨んだ顔に変わる。

「そんな怒った顔しないでよ。これから君を守れるようにしたことなんだから」

「これから?守る?」

「君の今までの良くない状況・・・奥義は本当に使えるのに嘘だと言われ、強いのに弱いと決めつけられ親や騎士くんのお陰で幹部リーダー補佐役になれてるとナンバー2の実力を認められず、委員会だけではなくネットでも色々と叩かれ・・・ああ、ナンバー2のヒーローとしてだけでなく、ナンバー1の伸郎くんの娘にふさわしくないと言う酷い人も居たね・・・ヒーローとして否定するだけでなく、家族としても否定されるのは辛かったろう・・・」

和夜は泣きそうな、絶望しているような顔で黙って聞いてた。

「その酷い状況・・・変えてあげたいと思ったんだ」

「変える・・・」

「ああ、私は上手く変えられなかったからね。和夜ちゃんは、変えてあげたい。そう思って私はお手伝いをしたんだ」

「・・・私は変えられなかった?・・・あっ、聞いたら失礼ですよね?すみません」

和夜が申し訳なさそうな顔をしているのをイカイケメンは黙って見つめていた。笑顔から真面目な表情へ変わっていたが、直ぐにニコッと笑い

「・・・いいや、大丈夫だよ。一生を、いや永遠に君と共にするつもりだったから。いつか話そうと思ってたし、それが早まっただけだよ」

「えっ、共にする?」

何その話!?という和夜の表情は無視してイカイケメンは自分の過去を話し始めた。


 イカイケメンは昔、人間ではなかった。まぁ、今も背中から触手が出てきて人間の姿ではないが、人間の姿になる前の話をしよう。ヒドラという生物として科学室の水槽に暮らしていた頃の話である。

「博士ー!今日も研究するの?」

ヒドラは博士が大好きだ。ヒドラは人間のように話せない。それでも、博士はヒドラと心が通じ合い、声が聞こえる気がしたので、よく話し掛けている。

「おはよう、ヒドラ。今日も私の実験を見守っててくれよ」

「うん!博士!僕!見守ってるよ!」

博士が真面目な顔をしたり楽しそうな顔をしたり、そんな風に研究している姿を見るのがヒドラは大好きだった。それだけでなく

「ヒドラ~、今日は私の研究が認められて、とっても良い日だったんだよー」

「わー!博士はやっぱりすごいや~」

博士の話を聞くことも大好きだった。

「くっそ、所詮、世の中・・・顔なのかよっ」

ある日を境に博士は怒りに満ちた顔や悲しい顔を見せることが多くなった。ヒドラは博士に良くないことが起きたと思うと、とても悲しかった。博士と一緒に泣いたり怒ったりした。

「ヒドラ・・・話を聞いてくれる?」

「うん!・・・博士に酷いことする奴なんて!僕、許さない!」

博士の愚痴をよくヒドラは聞いていた。どうやら同じ科学者の同僚にイケメンで女性にモテる人が居るらしい。その反面、博士はあまり綺麗な顔とは言えない。そのイケメンは性格が悪い奴で博士のことをいじめるそうだ。そのイケメンだけではない、周りの人間も加勢していた。周りに助けを求めても

「お前の顔が悪い」

と言われ助けてくれる者は居なかった。博士はヒドラに励まされながらも研究はいつもと変わらず一生懸命に行った。博士の実力は誰にも負けない。人の役に立つ研究を怠らない。能力も精神も科学者の鏡のような人だった。だから、酷い扱いでも実力は認められていた。そのはずだった。

「博士ー・・・ずっと机にうつ伏せで泣いて・・・どうしたの?」

話を聞くと博士は例の最悪なイケメンに自分の研究した物、手柄を全て奪われたそうだ。温厚な博士も流石に怒ったが、周りは

「醜い貴方より、あの人の方が相応しい」

と言い捨てた。博士は泣き病んでヒドラを見つめていた。

「まぁ、手柄は取られたけど、誰かの役に立てることに変わりはないから良いか・・・」

「そんな・・・博士・・・でも、僕は何も出来ない・・・」

「良いんだよ。確かに悔しいけど、僕は別に人に褒められたくて今まで研究していた訳じゃない。僕の研究で誰かの役に立てれば良いんだ。それだけでも達成しているなら本望だよ。誰かを喜ばせるために研究していたんだから」

「博士・・・優し過ぎるよ・・・」

「ヒドラ・・・お前が人間だったらなぁ・・・もう人間は誰も信用出来ない」

「博士!僕は人間じゃないけど、ずっと博士の傍に居るよ!」

「そうだ!ヒドラが人間になれる薬を作ろう!」

博士はヒドラが人間になれる薬を大急ぎで作った。完成した薬を水槽に落とす。

「ヒドラ、これでお前も人間になれるよ。お前が居れば私はそれで良い」

「僕!本当に人間になれるの?わーい!やったー!」

ヒドラは薬を食べた。人間になったら博士を守ろう、手柄を取り返してやると強く思っていた。博士のお陰で失敗することもなくヒドラは人間になれた。なれたのだが、博士は予想外の出来事に腰を抜かし震えていた。人間になったヒドラを見ると少しずつ後ろに下がる。

「博士!僕!人間になれた!なれたよ!わー、しゃべれる!しゃべれる!」

「だ・・・誰だよ・・・お前・・・うわああああああああ」

「・・・博士?」

「お前・・・何で、そんな綺麗な・・・顔、してんだよ・・・お前も俺をいじめるのか?・・・今度はアイツじゃなくて、お前が俺をいじめるのか?」

「博士?何のこと?僕は博士をいじめたりしないよ?博士のこと大好きだもん」

「嘘だ・・・嘘だ・・・綺麗な顔した奴なんか・・・信用出来るか!」

ヒドラの外見を一応、解説すると色白、紫髪マッシュ、高身長のモデル体型に整った顔立ちであった。博士はいじめられたトラウマからイケメンの男を見ただけで恐怖するようになっていた。

「来るな!・・・来るな!止めろ!・・・俺に近づくな!」

「落ち着いて!博士!」

「私は!・・・ヒドラだけが友達だ!・・・お前なんか知らん!・・・ヒドラだけが友達なんだ!」

「博士・・・」

博士は近くにある物をヒドラに投げつけると、走って科学室を出た。ヒドラは追い掛けたかったが混乱して足が動かなかった。ふと、横を見ると鏡があった。ヒドラは人間になれたことに実感するが、自分が博士が逃げ出す程に綺麗な顔をしているのかは分からなかった。近くにタオルや服があるのに気付く。博士が用意してくれていたのだ。タオルで体を拭き服を着る。それは、博士がサイズを間違えて買ってしまって着ていない紫スーツだった。

「ピッタリ!」

博士には

「ぶかぶかになるかもなー」

と笑いながら言われたが、サイズは大きめで大正解だった。ヒドラはやっぱり博士を追い掛けようと考え直し走る。身体能力は高く、人間になったばかりとは思えない程に走るフォームは完璧で速かった。

「博士ー!博士ー!あっ!居た!博士!」

ヒドラは屋上から下を見た時に博士を見つけることが出来た。博士は数人に囲まれていた。ヒドラは何をしているんだろう、と不思議に思った。どうして博士は寝っ転がって動いていないんだろう、と疑問に思った。もしかして、いじめられているのではないか、という考えがよぎる。焦り、心配、怒り、色々な感情が出て背中から白いイカのような触手が出ていた。屋上から飛び降り、触手で着地する。着地後に触手は無意識にしまっていた。

「やっと始末することが出来たな。コイツ、不細工の癖に頭は良いんだよなー」

「分かるー。何かムカつくよねー」

「頭も良くて性格も良いけど残念だよね~」

「ハンサムだったら良かったのに~」

「だったら手柄取られたり、いじめられたりしなくて済んだのにねー」

「やべっ、後ろに人が!」

ヒドラは博士の元へ駆け寄る。屋上からは遠くて見えなかったが、博士は血を流しボロボロの姿で倒れていた。ヒドラは分かった。博士はここに居る奴等に殺されたんだということ。前に博士が休憩している時、一緒に推理ドラマを見たことがあった。その時に殺されたら、死んだらどうなるのかも教わった。ヒドラが生きている中で1番、激しい怒りを表現するように背中から触手が沸いて出た。最低な人間の悲鳴、血が、体がそこにあった。博士の遺体は誰も居ない、綺麗な景色の見える場所へ丁寧に埋めた。博士を殺した、酷いことをした奴等には懲らしめるだけ懲らしめてからは何もしなかった。


 この時は和夜にした生き返らせることは出来なかった。そもそも、和夜が生き返ったのはイカイケメンが心臓を綺麗に取り除き、急いで細胞を左胸に詰めたからである。


 ヒドラは博士の墓に毎日、顔を出していた。

「博士、僕がもっと早く駆けつけていれば・・・ごめん、ごめんなさい」

よく謝っていた。申し訳ない気持ち、罪悪感、後悔が消えなかった。どうやって罪滅ぼしをしたら良いのか分からなかった。


 博士は貯金がたくさんあったので、ヒドラの人間生活は困らなかった。博士から人間の生活のことは色々と聞いていたが、ヒドラ自身でもパソコンを使って調べて学んでいった。


 図書館である絵本を見つけた。悪い奴を主人公がやっつける、シンプルな内容の話だった。ヒドラはこれだ!と思い、絵本を持って博士の眠る墓へ向かって走った。着いたら博士に見せるように絵本を広げる。

「博士!僕!悪い奴をやっつける!博士のことは助けられなかったけど博士と同じ目にあっている人を見つけたら僕が助ける!顔の綺麗な奴が悪人なんだよね?きっと!」

ヒドラは善人を苦しめる悪い奴を見つけると倒した。それが丁度、怪化薬打倒委員会のしていることと似た、ヒーローの仕事だった。徐々に有名になり、気付けばイカイケメンと言われるようになった。


 イカイケメンは綺麗な顔というのが分かって来た頃、とても悩んだ。綺麗な顔と言われる人は全員、悪い奴だと思ったが違うのではないかと考えるようになった。理由は善人を苦しめている人は綺麗な顔の人とは限らず、綺麗な顔だからって善人を苦しめている訳ではなかったからだ。だから、どんなに人気者な綺麗な顔をした者でも悪いことをしていない限りは成敗することはなかった。人の為、人の幸せを第一に考えて研究をしていた優しい博士も、見た目だけで悪人と決めつけて傷つけることは望まないと思ったからだ。


 以上がイカイケメンの過去である。


 和夜はイカイケメンの過去の話を聞き、何て言ってあげれば良いのか分からず眉を顰め下を向いていた。イカイケメンは笑顔で言う。

「一緒に悲しんでくれるんだね。やっぱり、君は優しい・・・優しいから君も博士のように酷い扱いを・・・」

ティーカップを置いてイカイケメンは話す。

「最初は君に酷いことをする委員会の奴らを君の代わりに懲らしめようとしたんだ。でも、それだと根本的な解決にはならない。ネットに君の悪口を書き込んでいる奴等は数が余りにも多すぎて特定も難しい。それに・・・騎士くんは君に酷いことはしていない。君の傍に居て、守って、楽しそうだった」

「うん。騎士くんには申し訳ない位にお世話になってて、ありがたいよ」

「・・・本当は嫉妬で苦しかったんじゃないのかい?」

和夜はまた黙った。

「もう正直に言ってくれないかな?心の奥底にしまって隠していること。騎士くんに対して思っていたこと」

「さっき、私が言ったことで全てです」

「信用されてないな~」

イカイケメンは困ったように笑った。

「少なくとも私は騎士くんに嫉妬に近い感情は持ったよ」

和夜は何で?と思いイカイケメンを見つめる。

「和夜ちゃんが認められていない反面、騎士くんは認められていて、和夜ちゃんが嫌われている反面、騎士くんは人気者で、和夜ちゃんが格好良いヒーローになりたい反面、騎士くんは望んでない癖に格好良いヒーローと多くの人に言われていて」

和夜は感情を殺し、無表情だった。

「腹が立つだろ?イライラするだろ?」

「・・・ああ」

「だよね!」

「自分にな」

イカイケメンの笑顔が消えた。

「そんなことで私がもし騎士くんに嫉妬したところで私が格好悪いだけ、ただでさえ、こんな自分に自己嫌悪するのに」

「いい加減、認めてくれないかな?そこまで待つほど私も優しくはない・・・」

イカイケメンの口角は上がっているが目が笑っていないので怖い。騎士くんと良い勝負で怖いな、と和夜はビビった。

「まぁ、良いよ」

イカイケメンは席を立ち和夜へ歩み寄ると和夜の頬を両手で優しく包む。

「君がこれ以上、酷い扱いをされても我慢しなくて良いように私が解放させてあげれば良いだけなんだから」

何言ってんだ?コイツ?という顔を和夜はした。それを見たイカイケメンはいつもの優しそうな笑顔に戻る。

「私の触手は人間の心の奥底に眠る感情、思い、考え、それらを強く増加させ引き出させることも出来る。あまり使うことはないけどね。悪人から情報を聞き出す時に使うだけだったけど、今回は特に役立ちそうだ」

「・・・私の本音を引き出すの?」

「そうだね。少し違うのは君の本音を聞き出すだけじゃない。もう理不尽なことに我慢をしないで行動するようになる」

「・・・何か・・・危なそうなんで・・・止めて下さい」

「どうしてだい?危なくなんてないよ」

和夜は数秒、考えた後に目を逸らしつつ話をする。

「私は騎士くんに・・・確かに嫉妬したことはあります。あんたがさっき話をしたみたいに・・・あの人は別に格好良いって言われる人気ヒーローになりたいとか思ってない癖になんで簡単そうになれてるんだー、私も同じことをしているのにって思うことはあります。批判する声ばかりで、格好悪い扱いで、ファン何て1人も居ない。委員会でも私だけなんですよね。こんなに嫌われているのは・・・前代未聞ですよ。ははは」

和夜は後半は苦笑いで答えた。両手をおろしたイカイケメンはしゃがんで和夜に目を合わせ、今までにない嬉しそうな笑顔で言う。

「やっと正直に話をしてくれたんだね。ありがとう」

「はい・・・だから、止めて下さい。多分、自分に酷いことを言った奴等のこと、強いのを分からせてやるって、ボコボコにしようと復讐しに行ってしまうと思うので」

「別に良いんじゃないのかい?やられたことをお返しするだけじゃないか。本当はそう思ってるんだろう?」

「・・・そうですね。復讐に罪悪感はないです」

「正直に言うようになって来たね~」

「でも、止めて下さい」

「何が君をそんなに頑なに止めるんだい?」

「騎士くんにも・・・何かしてしまう気がするので」

「例えば、どんなことだい?別に何しても良いと思うけど」

「多分・・・多分ですけど、騎士くんにも危害を加えてしまうと思うので・・・」

その話を聞いてイカイケメンは今まで以上に笑った。

「なーんだ。そんなことか。素晴らしいじゃないか」

触手が和夜の頭に巻かれる。

「な、にを」

和夜が瞬きを忘れる程に焦る。イカイケメンはいつも以上に優しく言った。

「不安になることはないよ。君が言ったこと、実行すれば良い」

「止めっ、止めろ、止めて!」

「怖がらなくて大丈夫だよ」

「お願い!本当にお願いだから!止めて下さい!」

そこから和夜は感情が制御出来なくなっていった。心が壊れていくような気がした。


 苦しみから解放された時には復讐してやろう、やられたらやり返そうということに抵抗はなかった。

「もう我慢しなくて良いやー・・・」

どうなっても良い、どうなってもどうでも良いと本気で思えて来る。


 心までも軽い足取りで怪化薬打倒委員会の会議室に入る。今まで通りを装い、何も覚えていない振りをするのは意外にも上手く行った。これで良いと思えた。

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