第56話 中身がてんちょうだなんて、酷いです
「俺の声、おかしくない?」
「おかしいのかどうかも分かりません。本当にてんちょうなんですか……?」
アーニーに手を引かれ、自室まで移動する。部屋に入ると彼女が姿鏡をうんしょと俺の方へ向ける。
鏡には白金の長い髪にふわふわの狐耳と尻尾、スッとした目をした美少女が立っていた。
あー、さっきからスース―していたのは短いスカートだったからなのね。上から紺色のコートを羽織るくらいなら、ズボンをはけばいいのに。
装備を選んだのは俺だから、文句を言ってもブーメランが刺さるだけなのだが、まさか現実になるなんて思ってもないし。
それはそれとして、どうしてこうなった。
「シュークリームだよな」
「はい! シュークリームさんなのにてんちょおのお名前も見えるんです」
「アーニーからの見え方はペペぺの時と同じなんだよね?」
「そうです。本当にてんちょおなんですよね?」
うんうん、と頷くと鏡の中の美少女もこくこくと首を縦に振る。何気無い仕草なのに美少女がやると絵になるもんだ。
少しばかり過去を振り返ってみよう。
メインインベントリーを開いてコマンドを出し、在庫のリストを見ていたよな。その時、キャラクターチェンジでシュークリームにとか考えた……はず。
それで気が付いたらぺぺぺからシュークリームになっていたというわけさ。
検証をしてみたいが、実は条件がクソ厳しくて二度とシュークリームにキャラクターチェンジできないかもしれないから、今しばらくシュークリームのままでいることにするか。
状況が許すなら、今すぐにでもぺぺぺの姿に戻りたいってのが本音なんだけどね。いくら絵になるスッとした美少女だとしても、中身が俺なんて嫌過ぎる。
可愛いからいいじゃないか、なんて思うのはハードルが高いって。
「てんちょおがシュークリームさんだなんて、わたし、どうすればいいんでしょうか」
「どうもこうも……」
「シュークリームさんはカッコよくて可愛くて、わたしの憧れの人だったんです! それが、中身がてんちょうだなんて、酷いです」
「ほんとすまん。俺もこの姿は落ち着かないんだよ。冴えない男がこの姿は痛々しすぎる」
ぶっちゃけたアーニーに対し、俺も心の丈を叫ぶ。
涙目になるアーニーの頭をなでなでしていたら、ぎゅーっと抱き着いてきた。
「これで我慢します……」
「あー、うん、少しの間だけシュークリームの姿を借りる。ここでシュークリームの姿になったのも何かの導きかもしれん」
「あ、まさかてんちょお」
「お、気が付いたか?」
ところがどっこい、アーニーは何も分かっていなかった。
「その姿でお風呂に入ろうとしているんですね!」
「違うってば! ウリドラだよ! シュークリームなら何とかなるかもしれないから」
「シュークリームさんが大魔法使いなのは知っていますが、あんな怖いウリドラを?」
「既に街に出現しているのなら、ぶっつけ本番になるのが超不安だが……」
状況とはウリドラが街に来襲しているってこと。シュークリームならば、なんとかなるかもしれないんだ。
「すぐ出ますか? ゲート出します!」
「急ぎ準備をするよ」
◇◇◇
アーニーの家に転移したところで、彼女に頼み事をする。正直忘れてた。
「アーニー、ハミルトンに状況次第で介入する、と伝えてもらえるか」
「はいー」
多くの人間の命がかかっているんだ。介入すると決めたからには目立たないようにとか四の五言ってられない。
ハミルトンを通じて探索者ギルドに通達してもらい、俺が介入した際には防衛に当たっている人員にも避難してもらうよう動いてもらう。
「ま、一番はウリドラが何もせずに帰ってくれることなんだけどな」
「残念ながら……港から1キロくらいのところに降り立ったと、ハミルさんから」
ウリドラと戦う場合は海上、空中、地上と狙いを定めるのが難しい。地上戦が最も望ましいのだが、海の上かあ。
「あ、倒すんじゃなくてウリドラが逃げてくれたらよかったんだった」
「倒すつもりだったんですか!?」
「いやいや、討伐する場合しかこれまでやってこなかったから」
そうだった、そうだった。俺に注意を引き付け、戦いたくないと思わせるか、腹が減るまで粘るかすればいいんだ。
ならば選択肢は一つ。
「よし、決めた。ペットはこいつで行く。アーニーは俺の後ろに乗って」
「はいー。街に入ってからペットを出します?」
「そうしようか。魔物がきたと大混乱になるかもだもんな」
「はい!」
アーニーの家から出て、テレポートで街まで移動しつつも、ハミルトンからアーニーへ連絡が入り、逐一ウリドラの場所を知らせてくれた。
併せて介入する時には知らせてくれともきている。さすがハミルトン、頼りになるぜ。
来たぞ! 来たぞ! 遠くにウリドラの姿が見える。
幸い湾の入り江にある灯台には探索者が二人いるだけだった。港には多くの探索者や衛兵が詰めているのだけどね。
突然テレポートしながらやってきた俺とアーニーに対し、見張りに詰めていた探索者が驚いて声をかけてきた。
「おーい、魔法使いのお二人さん、見学には危険すぎるぞ」
「魔法使いなので危なくなったら逃げ出せます」
「お、転移持ちか。あんたたちも志願した口か?」
「ん、まあ、そんなところです」
二人の探索者はそれぞれ古代魔法のエアリアルボヤージと精霊魔法のエアリアルコールを持っているのだそうだ。
そのため、見張りに配備されたのだと。いざとなったら即脱出できちゃうものな。
「あれ、アーニーじゃない。店主さんは一緒じゃないの?」
「あ、エルフィーさん!」
もう一人の見張り役の探索者はエルフィーだった。世間は狭いなあ。俺が転移した時にホームの店スペースで会ったことが相当昔のことに思える。
当然ながら、ぺぺぺの姿ではない俺に気がついてはいない。
「アーニー、つもる話は後だ。ウリドラの姿が大きくなってきている」
以前は至近距離に迫ってきただけで恐怖を感じたが、今はまるでプレッシャーを感じることはなかった。
心配なのはアーニーだが、この距離だとまだ平気な様子。彼女がまともに動くことができるようだったら手伝ってもらいたい。
そのために、彼女にはリュックを背負ってもらっているのだから。しかし、無理は禁物である。少しでも動きが鈍るようだったら即エアリアルボヤージで逃げてもらう所存だ。
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