第52話 えらいこっちゃ
えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。
「えらいこおおおっっちゃああああ」
「お、落ち着いてください。てんちょお」
これが落ち着いていられるかよお。ホームの店スペースにある丸テーブルセットの周りをぐるぐるしていても落ち着かねえ。
きっかけはハミルトンからの連絡だった。急ぎの知らせらしく、アーニーへメッセージが入ったんだ。
それは、空に現れたドラゴンの情報提供である。特徴からして竜神ウリドラとすぐに分かった。
地震によって封印の大岩が滝の下に落ち、竜神ウリドラが解き放たれてしまったのだ。ゲームにはない自然現象によって呪文を唱えねば決して動くことのない大岩が動くなんて想像だにしていなかったよ。数百年大丈夫だったから大丈夫、というのはこと自然現象に対しては当てはまらない。
地震や火山噴火なんて1000年、2000年単位で見ても長すぎ、ということはないものな。
「やばい、なにがやばいってっと、やばい」
「てんちょお!」
「あがが」
「あ、強く締め過ぎました、ごめんなさい」
息苦しさから解放され、ごほごほと咳が出る。おかげで少し落ち着いてきたよ。
考えてみれば、封印されていないネームドもアナザーワールドには存在する。そいつらだってずっと特定エリアに居続けるなんてこともないんだ。
今回はたまたま解放された竜神ウリドラが目撃されたに過ぎない。俺がいなかった数百年の間にもネームドが確認されたケースもあるはず。
「ま、ネームドが確認されることくらいあるわな、うん」
「数百年前に確認されたみたいですよ」
「騎士団が討伐隊とか結成していたり?」
「もう、てんちょお、知ってるんじゃないですかあ」
知っているわけもなく、適当に言っただけなのだが……いかなネームドでも軍を相手じゃ一たまりもないだろ。
「いやいや、知らないって。俺がいない間の出来事だろ。騎士団相手じゃネームドがかわいそうだ」
「いえ、過去最大の災厄と呼ばれてますよ。通称『12月の落日』って」
え、えええ。
王国の辺境にある要塞に出現したネームド「ウロボロス」は、当初隣国がけしかけたモンスターだと思われていた。
ウロボロスはあっという間に要塞を壊滅させ、王国の辺境の要となっていた街へ来襲する。
王国は隣国に非難声明を出すも、当時聖王と呼ばれた隣国の王は無償でウロボロス討伐隊を出す。
自分たちの態度を詫び、感謝を述べた王国は騎士団2000を派遣した。
騎士団と討伐隊が到着する頃、既に街は壊滅し、両軍は防衛線を築きウロボロスを迎え撃つ。
両軍だけじゃなく、勇敢な探索者と義勇兵まで参加し激しい戦いとなり、死力を尽くすも軍は壊滅的な打撃を受ける。
「被害は甚大でしたけど、傷ついたネームドは隣国へ逃げたんだそうです。今度は王国が騎士団を派遣して、隣国で死闘が繰り広げられ、ついにはネームドが逃げていったのだそうです」
「その後、ウロボロスは出現していないのかな?」
「はい、秘境に逃げ込んだのか、ついには倒れたのかは分かっていないそうです」
「う、うーん」
いくらなんでも盛り過ぎだろ……と思う。ウロボロスはヒュドラという六本の首を持つドラゴンのネームドだ。
ゲームの強さランク的にはウリドラとそう変わらない。ネームドとしては標準的な強さってところかな。
決していくつもの要塞や街を壊滅させるような規格外のモンスターではないんだよ。
俄かには信じられないが、ゲートの魔法でも珍しい世の中だから何かと装備もアイテムも不足しているのかも。
数の暴力で押すなら錬金術の爆弾を絶え間なく投げ続ければ倒せないにしろ、撃退することはできるはず。まさか一人一人真正面から戦いを挑んだってわけじゃあないよな、さすがに。
「思った以上に深刻だな……」
「てんちょお、モンスターって余り街中に現れないですよね。村でも滅多に出てこないです」
「熊とか、モンスターでも畑や家畜を狙うのはいそうだけど」
「ん、確かに。ですが、ランカーなら二人くらいでも軽く追い払えるくらいのモンスターですよ」
ランカー? はて。あ、ある程度経験を積んだ探索者がランカーになるんだっけ。
戦闘能力だけがランカーになることができる基準じゃないけど、非戦闘系でも多少のモンスターを追い払う力はある。
とまあ、戦闘を専門としてない探索者でも倒すことができる程度のモンスターしか出ないってことか。
「それなり以上のモンスターにとって村や街を襲う旨味がないのかもなあ」
「野菜や家畜じゃお腹が膨れないのかもですね」
「ははは、俺もそうじゃないかなって」
「怖いモンスターが来たら困っちゃいますものね」
んだんだ。平和が一番だぜ。
ウロボロスの話で相当ビビッたが、滅多なことじゃ街までモンスターが来襲ってことはないさ。巨体であればあるほどニンジンじゃ食欲を満たせないよな、うん。
「安心したところで、ご飯にでもしようか」
「そうしましょう」
インベントリーに保管してあった肉でも焼くとするか。野菜については街で買ってストッカーに入れているものがある。
調味料ももちろん揃えてあるので、さくっと野菜炒めにでもしよう。
「ふんふんー」
フライパンをご機嫌に振るっていたら、サラダを作ってくれていたアーニーの手が止まる。
「てんちょおおおおお、大変ですううう」
「ま、待て、落ち着け。今は火が、あっつ!」
「大変なんですううう。何が大変かというと大変なんですうう」
「あ、さっきの俺……」
さすがにアーニーを強く抱きしめて息を止めることはやりたくないので、彼女の尻尾をわさわさしてみた。
すると、毛が逆立って彼女が正気に戻る。
「ひゃうう」
「落ち着いた?」
「は、はいい。ハミルさんからメッセージがきたんです」
「ま、待て、落ち着け」
再び尻尾をわさわさしたら、元に戻った。
「ひゃううう」
「ゆっくり、ゆっくりでいいから、メッセージを読み上げて」
アーニーが読み上げるメッセージを聞いて、俺も再びパニックになりそうになったが、素数を数えて冷静さを保つ。
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