第43話 りんご飴
飛行船である。飛行船なのだよ。うん、飛行船。
語彙力がえらいこっちゃになっているが、飛行船が素晴らしいから仕方ない。まず、飛行船は見た目に全振りしたんじゃないかというほどのカッコよさなんだよ。アニメや映画で出てくるような海賊船風の船体に柱がいくつも立っていて、帆じゃなくてプロペラがクルクルと回っているんだ。
こんなプロペラで空なんぞ飛べるわけないんだが、飛行船は悠々と空を飛んでいる。
「魔法かなあ……」
飛行船の船尾から外を眺め、つい独り言が出てしまった。
よく分からないものは全部魔法、という考えは余り好きじゃないんだけど、科学じゃないんだったら何かしら魔法的なものが組み込まれている以外に考えようがないんだよな。魔法といっても、古代魔法だけじゃなく錬金術も魔法的なものだし、あらゆるスキルだってそうだ。
ぼんやりとそんなことを考えながら、ぼーっと外を見つめる。
飛行船の高度はどれくらいなんだろうなあ。雲より高くはなく、雄大な山々の中でも一際高い山については回避して進んでいる。
「てんちょおー」
アーニーが串に刺したリンゴを二つ持って、戻ってきた。
飛行船は船倉、客室、レストラン、船員用の船室などがあって、露店のような軽食も販売していた。
彼女は何か甘いものを買ってきますと、軽食を買いに船内に向かっていたんだ。
「ん、これ、リンゴに何かかかってるのか」
「はいー。なんと砂糖ですよ、砂糖! 砂糖を溶かしてリンゴにくるんとしているって」
「おお、りんご飴みたいなものか」
「さっそく食べましょうー」
よくよく見てみると串にささったリンゴはてかてかしている。
試しに舐めてみたら、懐かしのりんご飴の味がした!
地域によるのだろうけど、アーモンドアイでは砂糖が高級品だと聞く。行先のルンドルフが砂糖の産地だったりするのだろうか。
「アーニー、つかぬことを尋ねるが……これおいくら?」
「昨日のレストランくらいです!」
「ぶふぉ!」
「おいしそうだったのでー」
昨日のレストランって、夕食代くらいってことだよな。昨日はたらふく食べたし、ビールも飲んだ。
りんご飴が、居酒屋での一食分に相当する、とか高級品ってもんじゃあ生ぬるいぞ。
りんご飴は懐かしい味で、好きな部類なのだけど、お値段を考えると勿体なくて……大事に食べよう。
しっかし、こんな高価なりんご飴がしれっとレストランで売っているとは、侮れんな飛行船。
「あれもおいしそうです。買ってきてもいいですか?」
「あれはブドウ飴じゃないか。もうりんご飴を食べているし、食べるなら肉がいいな」
アーニーが他の乗客に目をやった先はブドウ飴だった。
乗客はお貴族風の衣装に身を包んだ男の子と女の子である。そういや、乗客のみなさんは彼らのような富裕な商人かお貴族ぽい人たちが多い。
極わずかであるが探索者風の人たちもいるにはいるが、メインの顧客層じゃあない。
「肉を見てきますね!」
「あ、待って、アーニー。飛行船ってひょっとしなくても運賃がかなり高い?」
「この飛行船の運賃は安い方ですよー」
「そかそか」
そもそも飛行船の運賃は庶民には手が出ないほど高いんだと理解した。
確か数万ジェムだったよな。
俺としては時は金なりの精神で飛行船に飛びついた。世界地図で見ると明らかなのだけど、アーモンドアイからルンドルフまでペットに乗っても一週間以上はかかる。飛行船なら僅か一日でルンドルフまで着いちゃうんだよね。
そう考えると数万ジェムで移動できるなんて破格だと思わないか? 俺の場合はゲートがあるから持ち運ぶ荷物や宿泊代なんてものはかからないけど、ゲート無しとなると一週間の旅費だけでも結構な金額になる。かかる費用もそれなりだし、時間短縮になる分、俺じゃなくても飛行船の方が断然良いという結論になるんじゃないかなあ。
後から知った話だけど、格安の飛行船ってのもあるらしい。更には探索者ギルドで聖杯の水を持って帰ってくる依頼を受けた探索者には飛行船代の一部を支給してくれる補助金もあるんだって。
この時の俺は知らないことだったので致し方ないのだが、後から知った俺が歯ぎしりしていたことは言うまでもない。
とまあ、そんなわけで飛行船で高給品が売っている理由は分かった。
肉を探しに向かったアーニーに呼びかけ、彼女の元へ向かって走る。
「俺も行くよ」
「はいー」
一緒に物色しに行くのが嬉しいのか、アーニーが俺の腕に自分の腕を絡ませ、尻尾をフリフリさせた。
レストランはアーモンドアイやルンドルフでよく食べられるものだけじゃなく、遠方から取り寄せた珍しい食材を使った一品まで置かれている。
遠方のものはさすがにお値段が高くなっているけど、そういうものは現地に行って食べるのが一番安くてうまいと相場が決まってるんだぜ。
ここは迷わず、地元産のメニューだろ。
「てんちょお、イモムシさんもいますね」
「わざわざ、イモムシは食べんぞ……」
「じゃあ、こっちはどうですかー?」
「アーニーはグロテスクなものが好きなの……?」
なんかよくわからん虫とかをキラキラした目で見つめるアーニーに内心ため息をつく。
ここで彼女の勢いに押されてしまってはイモムシの二の舞になる。なので俺も引くわけにはいかないのだ。
「せっかくだから食べたことのないものがいいかなあって」
「いやいや、おいしいかどうか分からないし、腹にもたまる肉串がベストだろ」
「分かりましたあ。先に肉串にしましょう。わたしはスパイシーなのにします」
「俺もそれにする」
よおし、よおし、いいぞお。俺の素晴らしい説得で、肉串ゲットだぜ。
肉串だとアーモンドアイの露店の二倍くらいの価格で買うことができる。飛行船まで持ち込む経費を考えれば、まあ、納得の価格かな。
飛行船のレストランだとて何もむやみやたらに価格設定が高いってわけじゃあないのだ。
ぼったくり価格にしちゃうと評判に影響しそうだし、お貴族は別にして富裕な商人や探索者はまず購入しないようになる。
商売ってなかなか難しい。
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