第29話 ざっぱーーん。
ざっぱーーん。
トド二号が勢いよく飛び跳ね、びたーんと甲板に着地する。着地にしては少し勢いが良すぎたかもしれない。なんだか甲板がミシミシしているが気のせいに違いない。
「おい、カイト。その生もの、騒がし過ぎだろ」
「それはさすがに失礼だぞ、生もの……彼女は友好的な人型モンスター、いや、亜人といってもよい」
スキュラは一般的にはモンスターにカテゴライズされるが、友好的な人型モンスターとなれば、もはやドワーフやエルフと同じ亜人の一族といっても支障はないだろ。そんな俺に対し、やれやれとドワーフの船長が頭をがしがししながら苦言を呈してくる。
「そっちじゃねえ。でかいのだ」
「あ、ああ、確かにのっぺりした生ものだけど、いい奴なんだ」
「お前さん、魔物使いだったのか、ってのは今更もういい。深海竜を釣り上げちまうほどの奴だ。驚きを通り越して麻痺している」
「ん?」
どうも要領を得ない。何が言いたいんだ。
続く彼の言葉は無慈悲ではっきりし過ぎているものだったのでいかな俺でも理解した。
「そんなデガブツが勢いつけて落ちてきたら、最悪甲板に穴が開く」
「あ、そうね、ごめん」
「もきゅ」
トド二号の鳴き声も心なしか悲し気に聞こえる。
「それはともかく、ありがとうよ! タコ足を追い払ってくれて」
ポンと肩を叩かれ、「あ、うん」と曖昧に返事をしてしまう。ドワーフ船長に釣られるように船員たちから歓声があがる。
どうやら、トド二号の甲板へどしーんでみんなあっけにとられていたようだった。正直すまんかった。
トド二号は俺とアーニー二人を乗せて悠々と海面を泳ぐことができるほど大きい。競艇のモーターボートなんて目じゃないほど大きいんだもんな、トド二号は。
その時、遠慮がちにアーニーが俺の顔を覗き込んでくる。
「あ、あの、てんちょお」
「あ、そうだった。俯瞰マップに敵影は映ってない?」
「今のところは映っていないです。それよりてんちょお、その子のことです!」
「あ、音に驚いて気絶しただけだから、そのうち起きるんじゃないかな、ここなら安全だから寝たままでも大丈夫」
トド二号から降り、スキュラをそっと甲板に寝かせた。床が固いけど我慢してくれ。
「ゴルゴスさんに索敵は続けるから、船をサンドシティに向けて動かして欲しいと伝えてもらえますか?」
「おう、任せな」
いつの間にか甲板からいなくなっていたドワーフの船長ゴルゴスに向け、船員にお願いをした。
間もなく帆が張られ、船が速度を上げていく。
もちろんこの間もアーニーが俯瞰マップを、俺が周囲を警戒している。警戒中は釣りができなくなっちゃうけど、本日も既にたんまりと釣ったから個人的には満足しているので問題なし。
「う……」
「てんちょお、目を覚ましました!」
うめき声を聞きつけたアーニーが叫ぶ。
彼女の声に反応して、スキュラの目が開き意識が覚醒する。
「きゃ、きゃああああ!」
開口一発、出たのは悲鳴だった。まあ、目が覚めたら海じゃなく甲板の上で、本来出会うはずのない陸生動物……という表現はアーニーに失礼か……が目の前にいたら、何が起こったか分からず大混乱だよ。俺が気絶して、目覚めたら海中で鮫にツンツンされてたらパニックになるようなもの、だと思う。
「ご、ごめんね。気絶していたあなたを運んだの。痛いところはない?」
「う、うん」
アーニーがスキュラに優しく語りかけ、彼女の手を握る。一方の彼女はようやく落ち着いて来たのか、暴れ回っていたタコ足の様子が落ち着いてきた。振り返りになるけど、スキュラは上半身が人間の女性で、下半身がタコ足になる。タコ足の数は数えたわけじゃないけど、10本くらいだと思う。人間サイズのタコ足なので、大きいは大きいが先ほど海中から顔を出していたタコ足に比べると遥かに小さい。
「お水飲む?」
「う、うん」
続いてアーニーがスキュラへ語りかけ……って何しとんじゃ。
「アーニー!」
「……ぶはっ、何ですか?てんちょお」
スキュラの後ろ頭に手を当て顔を起こした彼女が唐突に口付けをしたんだよ!
俺が呼びかけると、スキュラから口を離してきょとんとしたものだからこちらとしては何が何やらが加速している。
「い、いきなり何してるんだ?」
「何って、お水ですよ」
「水? アーニーの口から水が出るの?」
「はい、こちらへ」
ちょいちょいと手招きされて歩み寄ると、立ち上がった彼女が俺の肩へ手を当て、背伸びした。ずずいと迫る彼女の顔にのけぞりつつ、彼女の額を手のひらで押す。
「待て待て、俺は水、要らないから」
「どうやっているのか見たいんじゃ?」
「水をあげるのに口移しをする必要はないだろ!」
「コップも無いですし……クリエイトウォーターを使って口の中に水を生成するんです。でしたら、容器は何も要りません!」
クリエイトウォーターは俺も使うことができる古代魔法の一種だ。文字通り、水を作り出す魔法である。だいたい全部で1リットルくらい出せるんだったか。任意の場所に1リットルを限度に水を出すことができるんだったか。
彼女の説明を聞いていて、なるほど使えそうと思ったが、今じゃない。スキュラは覚醒しているし、怪我や病気というわけでもないのだ。
「わざわざ口移しにしなくても、手から水を出せばいいんじゃないか? 結構水がこぼれると思うけど、甲板だし」
「し、室内ではないですし……た、確かに」
「海水じゃなくて水でよいのだよな?」
「た、たぶん? お水飲んでくれました」
アーニーとやんやんやとやっていると、いつの間にかスキュラも体を起こしていて、彼女の背後に。
「助けてくれてありがとう」
「ううん、突然の音、ごめんね」
アーニーの言葉にスキュラは首を横に振る。
「驚いたけど、ワタシを食べようとしているんじゃないって分かったもの」
「ひいい、そんなことしないよ!」
わたわたしているアーニーと入れ替わるようにスキュラとの会話に割り込む。
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