第9話 文字は書けないが読める
アーニーの家は2部屋ある小さな石造りの一戸建てで、ゲートの転移先はリビングとキッチンがある部屋だった。もう一つの部屋は寝室とのことで、3畳くらいしかない小部屋とのこと。彼女の住む街の名前はアーモンドアイ。人口5000任ほどの小さな港街だ。彼女の家は街はずれにあり、釣り大会の告知を見るにも彼女の家からは少し歩くんだって。歩くことは特にくではない。
さて、時刻はちょうど昼時。お腹も空いてくる頃であるが、ゲーム内通貨シェルは使えないので、お金の持ち合わせはない。釣り大会の情報を見たらホームへ戻ってメインインベントリーと周囲のインベントリーを漁ろうぞ。確か肉ならあったはず。
「港街だと分かっていたら、釣り具を持ってきたのになあ」
「そこにあります! 釣り竿を2本持って行きましょう!」
アーニーがウキウキと俺の手を取り、家の外へ。石作りの家の正面入り口から見て右手の軒下に釣り竿が3本立てかけられていた。
よおし、釣り大会を見た後に釣りに繰り出そう。今晩の食材をゲットだぜ。
釣り竿を握りしめ、アーニーの家の外に出る。アーモンドアイの街郊外にあるアーニーの家はとても見晴らしの良い場所だった。高台から街全体を見渡すことができ、街の更に遠くには海岸線も見える。周囲はうっそうとしているが、この景色があるだけでここへ住む価値があるほど素晴らしい眺めだ。
「夕焼け空の時にここから街を見下ろしてみたいな」
「ゲートの魔法でいつでもここへやってこれますよ!」
「街へ向かうには後方を迂回して進むのかな?」
「馬やラプドルならそうですが、わたしたちだけでしたら近道を使います!」
ほほお、近道と。
などと感心していたら、アーニーが高台の下……真っ逆さまな崖を指差す。
「あの張り出した台、そして、あの窪みの横、続いてあの場所です」
「テレポートで進むのか! それなら街まですぐだな!」
こいつは盲点だった。テレポートは目に映る範囲の任意の場所へ一瞬で移動できる魔法だ。ゲートは事前にマーク(印をつけた)した離れた場所へ移動するのに対し、テレポートは超近距離移動になる。テレポートはテレポートでよく使う便利な魔法で、ぺぺぺでよく使っていたシーンはモンスターを隔離する時だな。
テレポートはダンジョンでもよく使っていたのに、現実世界になったからかどうも発想が魔法抜きになっている。今後は何か判断が必要な時に魔法も考慮するようにしなきゃだな、うん。
「わたしについてきてください!」
「らじゃー」
アーニーの手の平に魔法陣が浮かび上がる。彼女に続き俺もテレポート発動の準備状態に入った。
数百メートルの崖下りであるが、特段恐怖はない。高い場所が得意というわけじゃないけど、アナザーワールドオンラインはフルダイブ型のVRMMOだから高所に慣れているんだよね。もっと危険な場所をぴょんぴょんしたこともあるから。万が一足を踏み外したとしても、テレポートで何とかなるし。
ゲームと違って、足を踏み外したら怪我するけどね。はは。
「次はあっちです」
「ほい、ほい」
僅か10分ほどで崖下まで到着した。自分一人で崖下までテレポート移動となれば数倍の時間がかかってしまっただろう。
テレポートを使っても道は必要なんだよ。歩く時と動き方が変わるだけで、次に移動できる安定した足場がね。
アーニーはそれこそ自分の庭のように街へ入るたびに崖を下っているから、最適かつ最短の道を知っている。
続いて街の入場門へ。アーニーは笑顔で門番へ向け元気よく両手を振る。
「こんにちはー」
「今日は少し遅いんだな、気を付けて」
俺もぺこりと門番へ会釈し入場門をくぐった。
アーモンドアイの街は小規模だと聞いていたが、小さくても街は街。商店街はなかなか活気に溢れている。一番賑わっているとアーニーが教えてくれた場所は露店街だった。
「この露店の山を通ったらすぐです!」
「食べ物だけじゃなく色んなものが売っているんだなあ」
露店の種類はとても多い。雑貨、アクセサリー、生活必需品、果物に小麦粉、そしていい香りの漂う焼いた肉まで、なんでもござれって感じだ。
「はい! わたしもよくここでお買い物をします」
とててとくだものが並べている露店に向かう彼女の後に続く。何度も通っているからか、彼女を見た店主は気さくに挨拶をしてくる。
「いらっしゃい、アーニーちゃん、今日は旦那さんと一緒かい?」
「てんちょおです!」
「おお、待ち人に会えたんだな。今日はリンゴがおすすめだぜ」
「そうなんです、えへへ。緑のリンゴを二個お願いします!」
雑談の中に商品のことを混ぜ込むこの店主、なかなか無駄がない。
「てんちょおも、お一つどうぞ」
「ありがとう。お金はそのうちでごめん」
「これまでいっぱいいただいていますから、お金はいらないです!」
「あはは」
アーニーへお金を渡した記憶なぞ無いのだが……と思い返してみたらそういやと思い出す。
NPC売り子はほんの僅かな金額であるが、日給が支払われる。売り子を設置するときに彼らにシェルを持たせる必要があった。最初にシェルを持たせたら後は売上を回収する時にシェルを残しておけばよい。俺はこまめに売上回収をする方じゃなく、回収しても100万シェル単位だったから、売り子の日給のことなんて意識してなかったよ。もちろん、俺が日給として渡したのはシェルであり、この世界の通貨ジェムではないことは念を押しておく。
リンゴを齧りながら露店街を抜けたら円形の広場に出た。中央に恐竜? ドラゴン? の銅像があって、ベンチもちらほらと置かれている。そして、恐竜像の前にでかでかと立て札が設置されていたのだ。
「あれです!」
「どれどれ……お、すげえ、読める」
文字の形はアルファベットやひらがななんかじゃなく、ミミズが張ったような文字である。しかし、何故か意味が読み取れるのだ。
「てんちょお、変なこと言って、わたし、そんな冗談じゃ笑わないんですから」
「笑ってるやないかい」
それも声をあげて笑っとるぞ。
……ともかく、彼女を笑わせようとしたわけじゃなく、文字が読めたことに素直に驚いていたんだ。
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