第6話 インベントリー

「ダンジョンの中のモンスターはやっつけてもいつの間にか復活しますので注意してくださいね!」

 朗らかなアーニーの声と、まるで警戒心のない大股歩きは観光地のガイドのよう。

「煉獄もダンジョンだから、その点注意しなきゃね」

「ドラゴンの鱗を取り放題じゃねえか、ガハハ」

 なんのかんので仲がよいな、ダークエルフと虎頭は。

 アーニーには緊張感の欠片もないが、探索者の三人は真剣そのものだ。

 崖上にはモンスターが来ないって話なので、崖上を道なりに進んでいるからアーニーは安心しきっているのかもしれない。

 探索者たちがダスタルドで何をしようとしているかにもよるが、あの様子だとモンスターを討伐し、モンスター素材集めなのかな?

 あのドラゴンの群れに挑むとなれば、真剣になるってもんだ。

 しばらく道沿いを進み、崖沿いと左奥に進む別れ道に差し掛かった。

 アーニーははいはーい、と左手へ腕を向ける。

「この奥は左右に道が分かれていて、右手が降りる坂があります。左手はドラゴンさんが単独で待ち構えています!」

「ほお、単独か。さすが道案内、よい情報を持っているぜ」

「えへへー」

 虎頭に褒められて子供っぽい笑顔を浮かべ照れるアーニーである。遠足かよ……。

 ま、まあ、ギスギスしているよりはほんわかしている方が好みだ。たとえここが真剣勝負のダンジョンだとしても。

 いつ何時も余裕を持って行動することって大事だよね。

「二階層目に向かう坂の前まで案内します!」

 てこてことアーニーに続き、20分ほど進んだところで左右に道が分かれる。ここまでダンジョンの構造はダスタルドと全く同じ。

 アーニーは左手に進むとドラゴンが単独でいるって言ってたっけ。

「アーニー、左にいる単独って古代竜?」

「はい、そうですー」

 俺が尋ねるとアーニーは軽い調子で頷きを返す。

 うんうん、待ち構えているモンスターも同じだ。

「こ、古代竜とは……エンシェントドラゴンかの……?」

「そうだと思うわ。さすが、煉獄のダンジョンね、単独とはいえエンシェントドラゴンかあ」

 ワニのローブ姿にダークエルフが続く。発言していない虎頭は腕を組み目を細める。

 古代竜の名を聞いた探索者たちの間に緊張が走った様子だ。

 ゲームの古代竜より格段に強くなっているのかも? ゲームでは古代竜やドラゴンといっても「名有り」じゃあなかったら、ただの雑魚なんだよな。

 「名有り」、別名ネームドは戦闘系キャラクターじゃないと倒すのは難しい。

 逃げるだけならペペぺでも行けるけど、アナザーワールドオンラインは初心者裸キャラでも逃げるだけなら比較的楽にできるようになっているんだよね。

 後でペットを連れてモンスターの強さを確かめてみるか。

 古代竜の部屋はスルーし、下り坂にまで到着した。

「坂を降りたところにイフリートとファンガスが待ち構えていますので、注意してくださいねー」

 なんて感じでアーニーの道案内はここまでとなり、岐路につく。

 

 ◇◇◇

 

 時刻はまだお昼前。ホームに戻ってきた。

「いや、礼には及ばんよ。我らも歩いていただけだからのお」

「そうだぜ。道案内がモンスターの襲撃がない道を案内してくれていたしな」

 ダークエルフがアーニーに道案内の報酬を渡している横で、ワニのローブ姿へお礼をと申し出たら、辞退されちゃったよ。

 俺のインベントリーが火を噴くぜ、と思っていたのだが、またの機会としよう。

「あ、みんなはこれからダンジョンへ向かうの?」

「おう、ちょいとここで準備をさせてもらっていいか?」

 特に断る理由もなく、虎頭の申し出を快諾する。まだまだダンジョンへ挑む時間はあるものな。血気盛んな探索者たるもの、一戦も交えぬまま一日が終わる、のは消化不良なのだろう。

「もちろん、気を付けて行ってきてくれ。帰りは泊ってもらってもいいよ。店内で申し訳ないが」

「ありがたい。屋根のあるところで寝られるのは助かる」

 確かに野宿よりは断然マシだよなあ。テントがあればまだ快適なのだろうけど、建物の中には敵わないぜ。

 彼らが床にごろ寝の中、俺がベッドで優雅にお休み、ってのも気が引けるが、昨日もそうしたし今更だよな。ゲスト用の部屋を解放することも考えよう。

 長距離を一瞬で移動できる「ゲート」の魔法もあるから、宿泊なんてことを考慮していなかったけど、現に泊る人がいるのだ。

 考慮する価値はある。もし部屋を解放するなら、宿泊費を取るかはアーニーと相談しようっと。

「ありがとうございました! またのご利用をお待ちしてます!」

 アーニーがペコリとダークエルフに頭を下げ、続いて、順にワニのローブ姿、虎頭と握手してお礼を言っていく。

 これで、彼女の道案内は終了かな?

「アーニー、ちょっと休憩にしようよ」

「はい!」

 アーニーを誘いつつ、探索者たちへと顔を向ける。

「みんな、お茶くらい出したかったけど、生憎どんな在庫があるのか見てないんだ。

「店長殿は気遣いが過ぎますぞ。この場で寝泊まりさせてもらっている。それ以上はこちらが申し訳ないのじゃよ」

 はは、逆に気を遣わせちゃったよ。

 アーニーを伴いカウンター裏へと移動する。三人がまだ店内にいるけど、大声を出さない限りは聞こえないしからまあ良し。

 元々、インベントリーを開けるつもりだったもの。

 

 カウンター奥の収納箱を積み上げた壁にもたれかかり、アーニーには椅子に座ってもらうよう促す。

「てんちょおが座ってくださいい」

「いや、椅子が一脚しかないし」

「わたしが立ちます!」

「いや、インベントリーを見ようと思って」

 体を起こし、収納箱を開けるべくくるりと彼女から背を向ける。

 彼女はそんな俺を覗き込むようにぴょんと跳ねてから俺の肩へ顔を寄せた。

 彼女の方が背が低いのだが、俺がしゃがんでいるので彼女は中腰ってところだな。

「アーニー」

「なんでしょう?」

「やり辛い、もう少し離れて」

「はいいー」

 覗き込むのはいいのだが、くっつかれると気になって仕方ない。

「てんちょお、お茶とお食事をお探しでしょうか?」

「うん」

 俺から離れた彼女はいつの間にかカウンター下でごそごそと棚を開けている。

 あんなところに棚を置いていたっけ?

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