恋とにわか雨

西野 夏葉

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 学校帰り、急な雨に降られた。

 降られたというか、もはや襲われたに近い。私に難しいことは分からないけれど、降るって言うから邪魔な傘を持って出た日に限って霧雨すら降らず、降らないと言いながらこうやって降りやがるのはいったいどういう了見だろうか。

 もちろん、世の気象予報士たちが真剣に日本の現在と未来を考えていることは否定しない。自分らが議席に居る間だけとりあえず保てば良いと思っている政治家たちとは違う。そんな予報士たちすらこうして予報を外してしまうことがあるのだから、人間が自然に勝とうなどと考えること自体がナンセンスに思う。どうせこの星が滅ぶ時は、猫も杓子も全員揃ってお陀仏になるんだろうし。


 ここは田舎だから、ひょいと身を隠せる場所が少ない。都心ならばいくらでも逃げ込める場所がありそうなものだが、今の私が雨からのがれられる場所は、少し先にひっそりと佇む、少し使われた消しゴムみたいな形をしたバスの待合所だけだった。雨はどんどんと強くなってゆく。数日前に体育の授業でやらされたシャトルランを思い出しながら、私は狭い待合所に逃げ込んだ。


 適当に置かれただけのベンチに腰を下ろす。

 遠くの空は少し明るいように見えるし、おそらくはにわか雨で済むだろう。ずっと止まないようなら、親に迎えを頼むしかない。仕事が終わるまでどれくらいかかるかな……と思いつつ、制服のポケットからスマホを取り出す。やけに画面の切り替わりがもたつくと思ったら、知らぬ間に低電力モードへ切り替わっていた。

 そういえば昨日、寝る前に充電するのを忘れたんだっけ。

 いや、これで本当に雨が止まなくて電池も切れたら詰むじゃん。

 そうなったらもうずぶ濡れで帰る覚悟をしなきゃいけないけれど、雨はさっき私がここに逃げ込んだときよりも強くなったように感じる。もしもこの勢いが収まっていなかったら……と思うと、血が凍るような心地がする。中学生の時にも一度、下校途中で急な雨に降られたことがあるけれど、その時に鞄に入っていた教科書やノートは軒並みずぶ濡れになってしまった。学年が終わるまでの間、なんとか乾かしてペリペリになった教科書を使うのは、本当に嫌な気持ちだった。


 あーめんどくさ、と思いながら前に足を放った。ローファーはしっかりと水を弾いている。

 というか、傘なんか差さなくてもバリアみたいに雨を弾いてくれる装置をそろそろどっかの会社で開発してくれないかな。でも本当にそれが実用化されたら、帰り道に恋人同士で相合い傘で帰る……みたいなフィクションの物語は、きっと軒並み死に絶えるんだろう。


 そもそもが、恋だってにわか雨のようなものだ。突然やってきて私をずぶ濡れにしておいて、ケロリと晴れ上がってどこかへ消えてゆく。残ったのはすっかり恋という雨に濡れそぼった私ひとりだけ。思い出という名のノートも濡れて、あれだけくっきりしていた日々の記録も滲んでしまう。いきなり振られたあとの急速に醒めてゆく気持ちと、こんなに晴れてるのになんであの人あんなびちょびちょなの……とでも言いたげな、周囲から浴びせられる好奇の目線のダブルパンチで、家に帰ってあったかい布団で永遠の眠りに就きたくなる。


 というか、なった。

 実際問題として私は先週末、付き合っていた彼氏から急に振られたし、そいつがすぐにバスケ部のマネージャーと付き合い始めたことを知って急速に夢から醒め、えーあんなにいちゃこいてたのにどうして……という周囲の何気ない言葉が傷口にじくじくと滲みて、ついに昨日は学校をサボった。

 あいつは自分の手でずぶ濡れにできれば誰だってよかったんだ。まあ確かにそうだよな、あのマネージャーの子は私よりも可愛いし、ずぶ濡れになっても絵になる容姿だしな。私だったらせいぜいテトラポットに引っかかった水死体がいいところだもんな。いっそ二人揃って濁流に飲み込まれてしまえばいいのに。



槇原まきはら?」



 呪詛にまみれた思考を巡らせていると、待合所の外から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。視線をそちらに移してみると、藤澤ふじさわが傘を差しながらこっちを覗き込んでいた。

 同じクラスの男子で、彼とはいま、二人で生活委員をしている。それまでは話したこともなかったけれど、生活委員は二週に一度、朝の生徒玄関であいさつ運動を行うことが義務付けられていることもあって、最近は教室でもよく言葉を交わす間柄になっていた。



「藤澤くん――」

「槇原ってバス通学だったっけ?」

「ぜーんぜん。急に降ってきたから、雨宿りしてただけだよ」



 ふーん、と藤澤は自分の傘をたたんで待合所に入ってきた。変にどぎまぎされるよりも、こうやって自然と振る舞うことができるのはすごいと思う。私なら、一緒に待合所の中へ入るべきか、そのまま知らんふりをして去るかを悩んでしまうだろう。そもそも遠くから見かけても、傘を深く下げて、気づかないふりをするかもしれない。

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