第27話

12月の風が、朝の空気に少しだけ芯を加えていた。

いつものように、みんなで朝ごはんを囲む共用スペースには、ストーブとこたつが導入されていた。


「もうここから出たくないよぉ……」


美咲ちゃんが卵焼きを食べながら、とろけた表情で机に頬をくっつける。

気持ちは分かるけれど、ここでうたた寝してしまったら、きっと遅刻してしまう。


「寒いけど頑張ろう、美咲ちゃん」

「はーい」

「ふふ……オレは今日ここで……今から寝ちゃうぞ」

「えー、コウさん、ずるいってば」


美咲ちゃんは、旅行の途中で長岡さんと宇津井さんの下の名前を聞いてから、ふたりの呼び方を変えた。

宇津井さんは「幸太郎」だから、“コウさん”とのことらしい。


「宇津井さん、ちゃんと部屋で寝てくださいね。風邪ひきますから」

「……はーい」

「怒られちゃったな、ははは」


長岡さんが、いつものようにご飯を口に放り込みながら笑う。

そんなふたりを見ながら、美穂さんが穏やかに微笑んでいる――この光景が、いつもの朝だった。


「じゃあ、綾香さん、いってきます」

「いってきまーす!」


会社へ行く美穂さんと、学校へ向かう美咲ちゃんを見送るため、私たちも外へ出る。

鼻先にひやりと冷たさが触れ、思わず指先をぎゅっと握る。

吐いた息が白く浮かび、ゆっくり空へ溶けていった。

それだけで、季節が静かに冬へと歩いていることが感じられた。


「おお、寒い寒い。今日、買い物行くなら車出すけど、どうする?」

「ありがとうございます。でも今日は、駅の方で見たいものもあるので、歩いていきます」

「そっか。まあ、気が変わったら言ってくれ。昼過ぎには部屋にいるはずだから」


朝ごはんの片づけをしているとき、長岡さんが声をかけてくれる。

寒さを気遣ってくれたのだと思うと、ありがたい。

でも今日は、個人的に見たいものもあるから、申し出は丁寧に断ることにした。


「オレは……寝る。ごちそうさま、おやすみなさい」

「おう、おやすみ」

「あったかくしてくださいね」


三人で食器を洗い、机の上を拭き終え、畳の上を簡単に掃除する。

それが終わるころには、眠たげな宇津井さんが瞼をこすりながら、部屋へと戻っていった。


最近、宇津井さんの配信はかなり好調らしく、スポンサーがつくとかつかないとか――そんな話も聞こえてきている。

そしたら、ここから引っ越しちゃうのかなぁ。

そう思う理由もないのに、ふとそんなことを考えてしまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


午後、買い物のために街へ出ると、冬らしい色がそこかしこにあった。

商店街の軒先には小さなツリー。金の玉が風に揺れていた。

カフェの前に「クリスマス限定メニュー」の手描きの看板。

少し前まで紅葉だった道も、今は白と緑に包まれている。


今日、駅前に出てきた理由は、美咲ちゃんのプレゼント選びだ。

11月の終わりとなる先週末の夜、共用スペースでみんなで過ごしていた時に、美穂さんが、寝落ちしてしまった美咲ちゃんに毛布をかけながら言っていた。


「実は、美咲はサンタクロースを信じているんです」

「そっか、もうじきクリスマスですもんね。私も美咲ちゃんに何買おうか考えてたんですよね」

「8歳の女の子って何が欲しいんだ? おもちゃ……ってイメージもねえか」

「……オレもプレゼント、買わなきゃだ」

「あ、いえ、そんなつもりで言ったんじゃないんです」


プレゼントを買おうと口々に言う私たちに、かぶりを振って否定する美穂さん。


「……いや、オレが、買いたいんです」

「そうそう。下手な親せきの子供より、一緒にいるわけだしな」

「そうですよ! 美咲ちゃんの喜ぶ顔が見たいなぁ」


「……本当に、ありがとうございます」


美穂さんは、そう言って、少し頭を下げた。


と、言うわけで、駅通りを少しだけ迷いながら、プレゼント探しのために歩いている。


長岡さんは、自分でリサーチするらしく、スマホの前でうんうんと唸っていた。

宇津井さんは『親戚の子供にプレゼントを買いたい』という建付けで、視聴者の協力を仰ぐらしい。


雑貨屋をひとつ、文房具店をひとつ。かわいい動物のぬいぐるみや、ふわふわのマフラー、キラキラ光るペン――どれも美咲ちゃんに似合いそうで、どれが良いか迷ってしまう。


「やっぱり、人気キャラクターのグッズが無難かな……」


そんな独り言を言いながら、また違うお店に入る。

入った瞬間、ふと目に入った商品があった。

――これだな、と思った。

私は写真を一枚撮り、長岡さんと宇津井さんに送信する。

無論、かぶらないようにするためだ。

ふたりからはすぐにメッセージが返ってきた。長岡さんからは『いいんじゃねえの』と一言。宇津井さんからは『先を……越された……』と愕然とした表情のうさぎのスタンプが送られてきた。


包み紙とリボンは、帰りに雑貨屋で選ぼう。

文字は私が書こう。サンタの代筆として。


遠くに雪の気配がある。空はまだ降るには足りないけれど、風の温度が予告のようにまとわりついている。

今年の冬は、誰かの信じる世界に、ちゃんと寄り添いたい。

そう思った。

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