第23話 さっそく出口へ、出発だ!
──ああ、最悪だ。
そう思ったのは、彼の顔を見た瞬間だった。
私、一ノ瀬詩乃の視線の先に立っていたのは、B級探索者・霧島莉央。
だが今、彼はキースという偽名でもなければ、社交的な笑顔の仮面でもなかった。
いや、笑ってはいるんだけれど……目の奥に、一切の光が見えない、そんな感じ。
「……詩乃さん、なぜここに?」
口調は丁寧で、語尾には柔らかさすらある。
けれど、その声色には明らかな警戒と苛立ちが滲んでいた。
私がここにいては、まずいのだ。
彼にとって。
「師匠を迎えに来ただけです。そこを退いてもらえますか?」
真正面から睨み返して、言い放つ。
あくまで私は強気に出る。
それでも霧島はその場を動こうとしなかった。
「困りますよ。九条くんは不幸にも、ここで死んでもらう予定になっているんですから」
「不幸にも……? 貴方が師匠を、意図的に殺そうとしているくせに!」
私の言葉に、彼はうっすらと肩をすくめた。
「誤解ですよ。これは事故。探索中にはよくあることですよね? 仲間と逸れて、誰かがダンジョンで行方不明……なんてのは」
「そうやって貴方は、他の新人探索者たちの命も奪ってきたんでしょ。許せない!」
「なるほど、やはり気付いていましたか」
私の憤りなど、さも気にしていないような口調。
悪びれる様子など一切感じない。
「なんで、こんなことをするの?」
「なんで、ですか。そうですね……」
私の単純な問いに対して、彼は考える素振りをしたのち、ゆっくりと口を開いた。
「僕はね、下から突き上げられるのが一番嫌いなんです。特に才能のある新人が伸びていく様を見るのが、何より不愉快でね。僕自身、どうしてもB級になりたいわけではありませんが、他人に追い抜かれるよりは、幾分かマシですし」
「……貴方、イカれてる」
自分が駆け上がるためではなく、他人が這い上がらないように。
そして自分以上の人間をできる限り生み出さないように、自らの手で蹴落としていく。
これが霧島の身勝手かつ利己的な動機。
つまりはプライド、自分のプライドを守るために新人刈りを行っているのだ。
「初めから理解してもらおうなど、思っていませんよ。ですから詩乃さん、貴方は今のうちに、ここから引き返してはどうでしょう?」
「やっぱり、私がいては不都合なのね。引き返す訳ないでしょ。師匠を連れ戻すまでは!」
「はぁ……だから鉢合わせたくなかったんです」
そう呟いた霧島の瞳に、静かな決意が灯る。
「直接手を下すのは疲れるんですよ。しかし貴方が引かないのなら、僕は貴方を殺さなくちゃいけない」
声には感情がなかった。
まるでそれは彼の本音ではなく、選択肢の提示にすぎなかったように。
罪悪感も、怒りも、優しさすらも、あの笑顔からは全く読み取れない。
おそらく霧島のうちに秘めるのは、研ぎ澄まされた殺意のみ。
私は一歩、前に出る。
相手はB級の探索者。
生態記録士の私がどこまでやれるか分からないけど、これは写生室チャンネルを、そして師匠の命を守るため。
「……やれるもんなら、やってみなさい!」
私にとって――
命を賭けるには、十分過ぎるくらいだった。
* * *
ふう。
とりあえず、今日の写生はここまでだ。
仕上がったスパイナルスネークのスケッチを眺めながら、俺は軽く伸びをした。
いい構図だった。
あの尾の角度、あの睨みつける眼差し。
緊張感と毒の危うさが画面に滲んでて、最高の一枚になった。
「じゃ、そろそろ戻ろっかな……って、あれ?」
立ち上がった俺は、ふと、周囲を見回して固まった。
「ここ、どこ?」
いや、ここが《ブレイデッド迷宮》なのは分かってる。
でも入り口の方角が分からない。
えーと……確か、来るときはあっちからだったような……気がしなくもない。
いや、違うな。
あの大きな岩、通った記憶がないし。
……あれ、これやばくない?
いつもはある程度、感覚で分かる。
それに多少入り組んだダンジョンでも、最近は詩乃がナビ役として徹してくれていたから、迷うことなんて有り得なかった。
「詩乃がいないと、こんなに迷うんだ……」
手元のスケッチブックも役に立たず、スマホのマップアプリも、ダンジョン内では意味を為さない。
目の前のスパイナルスネークも、さっきまでの写生モデルからただの毒ヘビに戻っていて、もう協力的ではなさそうだ。
どうしよう……。
と考えを巡らせた時、ふとある人たちのことが頭の中に浮かんだ。
いつも心地の良い通知音を響かせてくれる、写生室チャンネルの視聴者さんたち。
彼らに聞けば、何か解決策があるかもしれない。
最近はドローンで撮影してたけど、元々はスマホでやってたんだよね。
俺はポケットから、いつものスマホを取り出す。
よし、充電はまだあるな。
「あとはいつも通り、配信開始を押してっと……」
ピッ。
通信が走り、数秒後――
ぷつっ、という効果音と共に、画面の左上に「LIVE」の表示が現れた。
うまく、繋がったようだ。
「えっとみんな、聞こえてるー?」
数秒のタイムラグの後、画面にコメントが流れ始める。
“!? 師匠!?”
“うおお、生きてた!”
“途中で切れたからビビったわ!”
“スマホ配信ってことは……壊れたのか、やっぱり”
“ドローンの映像がスッ……って消えて、あれは演出じゃなかったんだな”
“師匠、怪我は?!”
“ご無事で何よりです……!”
その文字列が、スマホ越しに俺を包んでくれる。
なんか、ほっとした。
「……帰り道、分かんないんだよね」
“wwwwww”
“迷ってるやんけ”
“最近はしののんが道案内してたからなぁ”
“詩乃さんがいないとダメなやつ”
“可愛いかよ”
「誰か、出口知ってる?」
画面の向こうで、数秒の間があった後、再びコメントが流れ出す。
“ゆーぼう、俺たちを頼ってくれるのか……!?”
“これは神回確定”
“視聴者参加型脱出ゲームかよwww”
“仕方ねぇ、オレたちの出番だな”
“ちなみに私、ドローン壊れる直前までのアーカイブを画面録画してるけど?”
“こっちもしてるよ。通ってきた道の逆を辿ればおそらく帰れるかと”
そしてその中に、革新的なコメントがあった。
まさか録画してくれている人がいたなんて。
「助かるよ!」
“今から帰り道、指示しますよ?”
“よっしゃ師匠、脱出開始だ!”
画面の向こうで視聴者さんたちが、俺のためにサポートしてくれようとしている。
こんな近くにいたんだ、頼れる仲間が。
「よし、じゃあ……さっそく出口へ、出発だ!」
俺はそう叫んだのち、スケッチブックをリュックのように背負い、足を進ませたのだった。
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