第3話「警備のバイト」

 今日は夜間の警備のバイトの日だ。


 とは言ってもこのあたりはかなり治安がいい(ウチのマンションは例外)ので、トラブルなんて起こったことはない。


 決められたルーチンワークだけこなせば1万3千円もらえるからとてもうれしいバイトだ。


 欲を言うならひとりのほうが気楽なのに、必ずコンビを組まされることだろうか。


「ウツロギくんは就職とか考えないわけ?」


 待機中こうやって話しかけてくるのは橋本さんだ。

 30代の正社員。


 生まれてきた子どものために、手当てがいい夜間シフトを増やしているらしい。


 基本給は30代でも20万円だが、夜間シフトは深夜手当、当直手当といろいろつくからおいしいと教えてくれた。


「まだピンとこないですね」


 適当に答える。


「まあ、《あそこ》に住んでるなら、バイトでも充分お金は貯まるか」


 と言ったとき、橋本さんの顔に畏怖の色が浮かんでいた。


 橋本さんは地元民じゃないんだけど、ウチのマンションの情報は共有されているらしい。


 君子危うきに近寄らず? なんて言葉もあるくらいだ。

 一応他にもバイトしてるんだけど、橋本さんには話してない。


 そこまでの関係じゃないし。


「さあ、巡回の時間だよ」


 と橋本さんに言われて立ち上がる。


「そう言えば何で必ずペアなんですかね?」

 

 沈黙がずっと続くのも居心地悪いので、気になっていたことを訊いてみた。

 橋本さんは真顔になって、


「そりゃあひとりが襲われてる間に、もうひとりが異変を知らせるためだよ」


 小声で言った。


「あー、なるほど」


 俺は納得する。

 ふたり同時にやられてしまうケースなんてなかなかないだろうしな。


「警察に通報しやすい体制ってわけですね」


「まあね」


 橋本さんは拍子抜けした様子で相槌を打ち、


「まあ《あそこ》に住んでる子が、ここにお化けがいるかなんて、気にするはずもないか」


 と言って苦笑した。

 どうやら俺をビビらせようとして、失敗したみたい。


「ウチのマンションに三日も住めば、オカルト系のことではビビらなくなると思いますよ」


 と橋本さんに言う。


「そっかー。ま、そうだよね」


 橋本さんはあっさりとあきらめたようだった。

 やはりというか、今回の勤務も何事もなく終わった。


 朝の6時半に橋本さんと別れて、のんびり歩いてマンションに帰る。


 ジョギングしている人、新聞なんかを配達している人、犬の散歩をしている人がちらほら見かけた。


 23区内だけあって、こんな時間でも普通に人は歩いてるんだよな。

 ただし、ウチのマンションの周辺は除く。


 誰も近づきたがらないという理由で、新聞もチラシもまったくないんだよね。

 人によってはウチのマンションの欠点だと思うかもしれない。


「おや、ウツロギくんじゃないか」


 エントランスに入ったところで四十歳くらいの、藍色の着流しを着た男性に話しかけられる。


「つくもさん」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る