第41話 化けの皮

「死んでる? はは、なに言ってんのや。見りゃわかるやろ。ほら、こうして徐々に黒い霧になって消えかけとる」

 

 若井はきょとんとしたあと、からかうように笑いながらそう告げる。 

 なるほど、確かに彼の言う通り。“エンペラー・トレント”の巨体は少しずつその輪郭を崩すように、黒い霧となって虚空に溶けている。

 モンスターを倒したとき、消えていくのと同じ格好で。


「それとも、葵さんは疑ってるん?」

「い、いえ。……そ、そうですね。大変失礼なことをしていると思っていますが、少しだけ、疑っています」

「わお。はっきり言うんやな、カメラの前で」

「ごめんなさい。もし、私の勘違いだったら、そのときは誠心誠意謝りますし、視聴者さんに嫌われてしまうことも受け入れます。でも……」


 そこまで言うと、葵はすぐ隣にいる涼城を見る。


「……仮に、取り返しのつかない事態が引き起こされてたのなら、私の友達がそれに巻き込まれたことになる。それだけは、嫌だなって思うので」

「……」


 葵の静かだが確かに熱の籠もった言葉に、若井はただ押し黙る。


 葵の勘違いかもしれない。

 さっき、若井も言った通り、倒された“エンペラー・トレント”は黒い霧となって消えている。ダンジョンのセオリー通りに。

 何もおかしくない。だから、


「さっきまで、この場にいたモンスターは全部、身体を砕いても死ななかったし、魔石を砕いたら白い霧になって消えてった。本来、こんな場所にいるはずのないモンスターが、それこそ不自然な消え方で」

「……」


 そう。

 この4階層に、C・Dランクのモンスターならともかく、Bランクのモンスターが現れるのは明らかにおかしい。

 まして――Sランクなどというぶっ飛んだランクのモンスターが、この場にいていいはずもない。


「なのに、“エンペラー・トレント”は普通に消えかけてる。この場にいるはずのない他のモンスターが、みんな白い霧になって消えるのに」


 それに、と葵は言葉を続ける。

 あるいは、それこそが彼女が違和感を持った核心的理由だと告げるように。


「若井さんのあの攻撃で、“エンペラー・トレント”を倒せたことが、そもそも不自然なんです」

「……ワイにそれほどの力がないから、イカサマしてる言うんやな?」

「棘のある言い方をしてしまって、すいません。でも、私は――。同時に、それを倒すのに、どれほどの力量と覚悟が必要になるのかも」


 葵は、きっぱりとそう言い切った。

 彼女は知っている。Sランクを超えるモンスターが、目の前にしただけでどれほどの重圧と絶望を感じるのかを。

 葵は知っている。その絶望を砕くのに、どれだけの覚悟と度胸と実力をぶつけねばならないかを。


 SSランクモンスター、ドラゴン。

 その威容を前に為す術無く破れ、1人の英雄が血だらけになった代償に得た命の鼓動が、強烈な違和感を葵に抱かせている。


 若井文のあの攻撃は、空っぽだった。

 葵や涼城を、助けたいという強い思いも、この敵に勝って生き残って見せるという気概も、強大な敵を目の前にして当たり前に持つべき恐怖心すら、感じなかった。

 そんなもので、あのSランクモンスターを葬れるはずがない。そんな、甘い存在ではないのだ。


 もし、あんな雑な剣捌きでSランクモンスターを倒せると言ったら、それは、葵の命を救ってくれたイヌガミへの冒涜だ。

 目の前にいる男は、奇しくもあのときのイヌガミと同じやり方をして、地位を得ようとした。

 葵の――決して穢してはならない思い出を、土足で踏みにじった。


「あなたと、あのときのイヌガミさんの姿がどうしても重ならない。似ても似つかない。あなたの活躍は、偽物です」

「……なるほどなぁ」


 若井は、疲れたような笑みを浮かべる。

 そこに、焦りの色はない。本来、ここまで断言されれば、少しくらい取り乱さないとおかしいのに。

 瞼の裏で未だ見えない瞳が、なにを語っているのかわからない。

 

 ――あるいは、葵の違和感は、本当にただの勘違いだったのか?


 そんな思いが脳裏を過ぎった瞬間、葵の視界に何かが映った。

 それは、いつの間にか近寄っていた“スケルトン・ビー”だった。身体が透明だった故、景色と身体の境界にある僅かな歪みを見つけるのが遅れたのだ。

 絶体絶命。しかし――


「なるほど。やはり、葵様は流石です」


 不意にその呟きが聞こえ、同時にタァンッ! と、一発銃声が鳴った。

 刹那、“スケルトン・ビー”が落下する。

 これまでのように、身体を砕かれても再生するとか、魔石を砕かれて白い霧になるとかではない。

 糸が切れた人形のように、その場に堕ちて動かなくなったのだ。

 

 いや、そもそも、弾丸は“スケルトン・ビー”に当たっていない。

 若井と“スケルトン・ビー”の間の空間をすり抜けていっただけだ。


「解析に時間はかかったけど、ようやく終わった。あの不自然な色の魔石と、あんたの臭い魂が。その糸を、切らせてもらった」

「……ほぅ?」

「……あんた、今までジョブを言わなかったけど、《テイマー》よね? それも、かなり上位の」


 《テイマー》。

 その名の通り、モンスターを支配下に置いて、自身の手駒として扱うジョブだ。

 本来、どんなに能力を高めてもテイムするのは10体かそこらが限界で、ましてSランクなど相当高位のテイマーじゃないと無理だから、この数百体モンスターを引き連れている状況に疑問が尽きないが。


 それでも――《テイマー》は、モンスターの魔石と魂を繋いで、操る。その逆算ができただけ、この状況を彼が意図的に生み出したという、動かぬ証拠になる。


「なんの目的があってやったのか知らないけど、こんなのは明らかにダンジョンのルール違反よ。下手したら死人もでる。何より――」


 涼城は、ちらりと配信画面を見る。


『はぁ? 自作自演!?』

『おもんな』

『そうまでして人気が欲しいのかよ!』

『冒険者の恥さらしが!』

『コイツなに考えてんだよ』

『キッショ!』


 チャット欄は、見るも無惨に炎上していた。

 若井を――、数千人近い視聴者が一致団結している。


「これだけ燃えてたら、これ以上続ける必要もないでしょ。さっさと降参して――」

「くはっ」


 不意に、若井の口から何かが漏れた。


「くひはっ」


 それが笑い声だと、涼城も葵も一瞬気付かなかった。


「くはっ、あひはっ、あひひゃはははッ!?」


 壊れたゼンマイ仕掛けの人形のようにカタカタと嗤う若井。

 

「何が……おかしいの」

「いや、


 若井の目が、薄らと開く。

 そこに、煮込んだ泥水のような深い漆黒の瞳がちらりと覗き――

 刹那、ぎゅるん! と音を立てて、黒い粒子となって消えていく“エンペラー・トレント”が、時計の針を戻すかのように再生する。


「なっ!?」

「くっ!?」


 突然のことに目を剝く2人の少女の前で、若井はどこまでも楽しそうに笑みを浮かべ――


「プランB……いや、にとっての本命といこう」


 ざっと、2人を指さす。

 袖に隠れた手は、まるで傷だらけで。

 それを確かめる間もなく、2人に“エンペラー・トレント”の攻撃が襲いかかる。


 世界が――二つに割れる轟音が、遙か下層まで轟いた。

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