黒歴史ノートからはじまる新生活! ご令嬢は庶民の町で人生リスタートをかけますの!

杉林重工

暗黒騎士訣別編

振り返って後ろを見ずに旅に出よう!

第1話 これは彼女の黒歴史救済の物語

『拝啓、未来のわたくし、ゼラ・サラン・マッカードへ』


『もしもまた、貴女がこのノートを見つけてしまったのならば、絶対に読み返してはいけませんわああ~~!』


『貴女の書いた過ちが、怒涛の恥辱となって心身を蝕みましてよ!』


 それは、幼いゼラ・サラン・マッカード(当時六歳)が毎夜こっそり妄想を書き綴った、真っ黒な表紙の不気味な冊子、その名も『黒歴史ノート』の表紙裏に書かれた言葉。


 名門貴族マッカード家に生まれ、籠の鳥として育った彼女にとっては、それを書くことが唯一の楽しみだった。


 とはいえ、勉強が忙しくなれば、ノートのことなど忘れてしまう。再会したのは十六歳の時だった。


「……幼いころのことです。過ちを犯すこともありますわ」


 黒歴史ノートに書いたことは、人によっては馬鹿にするような内容かもしれないが、ゼラはもう十六歳。大人と呼ばれる年齢なのだ。彼女は微笑みとともに、余裕を以てノートを開く。


『我が魂は夜に囚われし黒き獣。魂の奥底まで、刻まれている……』

『――影に生き、月夜に潜む我が力、ついに解放するときが来たようだ!』


「……いやいや! お待ちになって! これは無理ですわ! こんなもの、わたくしが書いたなんて、恥ずかしくて全身が発火してしまいますわ!」


 ゼラは悲鳴とともにノートを床に叩きつけて叫ぶ。そして、行動を起こした。


「わたくしの威厳を守るには、封印が必要なのです!」


 そうして、十六歳の夜、ゼラは『黒歴史ノート』を封印魔術で確実に隠匿した。


 ――否、隠匿した、はずだったのだ。


(燃やさなかったのは貴族の『慈悲』ですわ。でも、なんだか少し、寂しいような……どうしてですの?)


 ――そして三年後、現在。


「はあ……」


 十九歳になったゼラは、自身が代表を務める〈ゼラ商会〉の帳簿を睨みながらため息をついていた。


 質素ながらも整然とした彼女の執務室に、重い空気が流れる。


 所在無げに、美しい金髪に、爪先まで綺麗に整えられた指を絡ませ、ぐるぐると巻く。そして、机の下で足を組んだ。ゼラは貴族の出ではあるが、こうして商人の道に進んで以後、ドレスを最後に着たのがいつかも思い出せない。今の彼女は商人らしく清潔感と動きやすさが第一の、ゆとりあるブラウスやスカートを着ていた。


「……また、襲撃されましたの?」やがて、彼女はそう訊ねた。


「はい、ゼラ様。東部からの隊商が『暗黒騎士』に。被害額、およそ二千五百万インツです」


 報告を持ってきたのはコクヨウ・カンパス。ゼラの父の差し金で送られてきた若い執事である。服も髪も真黒な男だった。彼は顔色一つ変えず報告を行うが、内容は最悪の一言に尽きる。


(この男、神経が鈍すぎるんじゃありませんの?)


 ゼラが弱冠十三歳にして立ち上げたこの商会は六年連続増収増益。金は正義、財テクは命、経済をぶん回せ、をモットーに貴族向けの商売で着実に成長を遂げていた。


 だが、ここ数ヶ月、商会の輸送隊は『暗黒騎士』なる怪人物に襲われ大損害を被っていた。その額は、いよいよ一億インツに到達する。


 勿論、被害はゼラ商会だけではない。あらゆる隊商が襲撃を受けている。


 ただ、そんな大迷惑の原因である暗黒騎士のことを、世間は『笑えるイタいタイプのコスプレ山賊』だと思っている。


(でも、絶対にそんなことはありませんわ! だって、わたくしは知っていますもの!)


 暗黒騎士が名乗るその言葉も。


『闇に生まれし邪悪なる淀み、暗黒騎士〈ダークオーバードラゴンナイト〉!』


 襲撃するときに叫ぶその技名も!


『影に堕ちろ……穿滅・七黒斬!』


(全部、わたくしが『黒歴史ノート』に妄想した、暗黒騎士の設定そのままですわ!)


 黒歴史ノートは、あくまでもゼラ(当時六歳)が妄想した暗黒騎士の設定やイラスト、ポエムや物語を書き連ねたもの。


 あの年頃特有の、壮大かつ痛ましいアレ。その内容と、最近出没し始めた〈コスプレ山賊〉の言動が見事に一致しているのだ。


 ゼラはコクヨウが寄越した報告書を読み、突っ伏して、腕の中で独り言つ。


「これはもう、誰かがわたくしのノートを読んだとしか思えませんわ」


 つまり、三年前に封印したノートが、何らかの形で流出しのだ。


 そして、それを見た誰かが、その内容を再現しようとしているのだ。


「ゼラ様、如何なさいましたか。お加減でも悪いのでしょうか」


「お加減が悪くなる要素しかありませんわ! わたくしはただ、実家から独立して楽しくお金儲けをしていただけなのに! よりにもよって暗黒騎士だなんて!」


 ゼラは執事を怒鳴りつけた。そしてすぐに、しまった、とゼラは思った。言葉を荒げすぎた。だが、ゼラが撤回を告げるより早く、執事は首を横に振って次のように言った。


「ゼラ様、ご安心ください。暗黒騎士騒動なら、もう間もなく解決します。このことは、王家も関心を寄せていますので」


「……どういうことですの?」


 眉を顰め、ゼラは執事に問うた。


「近々、暗黒騎士〈ダークオーバードラゴンナイト〉発祥の地と言われる町ジケイラを、拷問令嬢イロット・フリクシアが『浄化』します。そして、庶民の間で存在だけが噂される暗黒騎士の原点『黒歴史ノート』を回収して、成果として国王に献上する予定です」


 執事コクヨウは平静のままそう言い、ゼラは絶句した。


「暗黒騎士の『元ネタ』とされる『黒歴史ノート』が本当に見つかれば、作者も自ずとわかるでしょう。そうなれば、もう暗黒騎士は現れません」


 ゼラは口をパクパクさせあわあわと指先で宙を揉んだ。事態は思わぬ方向に進んでいるようだった。


(確かに、黒歴史ノートには、わたくしの名前が書いてありますわ!)


「フッ、作者が判明すれば、嘲笑の対象……失礼、世間の目はそちらに移ります。そうなれば、自己顕示欲の塊であろう悪質な暗黒騎士のコスプレ山賊も慎むはずです」


 コクヨウはこの時、初めて笑った。その冷たく、乾いた呼気に、ゼラはぞっとした。


「と、いうわけで、間もなく暗黒騎士の伝説は終わり、商会の安全は保障されます」


 執事の言葉に、ゼラは思わず顔を真っ赤にして叫んだ。


「余計なことを! 国王に献上? そうなれば、わたくしの名が王国中に轟いてしまいますわ!」


「え、なぜ?」コクヨウは無感情に問いを口にしたが、ゼラは答えなかった。


「このままでは、わたくしの将来と今までの実績がピンチですわ!」


 ゼラは机を叩いて立ち上がった。そして、コクヨウを押しのけ執務室のドアに向かって歩く。


 この屋敷に住んで、六年になる。当時十三歳のゼラは、他所の子女とは異なり、結婚やドレスに興味はなかった。ただ、勉強の過程で知った金儲けに心惹かれ、商売をしたいと独り立ちした。


 もともと、商才があった。故に、商会はあっという間に成長し、社会的価値ならばすでに、マッカード家を超えたという噂も立つほど。家族からの借金を早々に返済して建てたこの屋敷は、ゼラの誇りでもあった。


(それでも、飛び出す日が来てしまったのですわ。ただ一冊、わたくしの黒歴史ノートを取り戻すために!)


 ばん、と屋敷の扉を開け放ち、外に出た。そういえば、最近は商談もこの屋敷の中ばかりで、外に出るのも久しい。草木の青い匂いや、強烈な陽光がゼラを圧す。しかし、ゼラはそれらに対し、妙に背筋の伸びる気がした。大きく深呼吸。土の薫りが鼻を抜けていく。


「お待ちください! どこへ行かれるのですか?」


 背に刺さる執事の動揺を弾くようにゼラは振り向いて言い放つ。


「わたくしの尊厳とお金儲けのため、黒歴史ノートを見つけ出し、決着をつけるのです!」


 ――そう、即ち。


 これから始まるは、十三歳にして国内随一の商会を立ち上げた才女ゼラ・サラン・マッカード(現十九歳)が、さらなる飛躍のために今はちょっとした忘れ物を探しに出かける、どこまでも自由な巡礼の旅。


 ――彼女の黒歴史救済の物語である。









 ――――――――――



 物語はまだまだ始まりですが、こちらは主人公が自分の行いを振り見ながら、新しい人生を切り開くお話です!


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 また今後の参考にしたく★でのご評価をくださいますと嬉しいです!

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