Яicodo11 地の者達と癒やす者

太陽がさんさんと輝き雲一つない青空が広がる。

散歩をするにはうってつけと誰かが言わんばかりの日。

「ふああ〜…。暇だなあ」

天煌国てんこうこくと呼ばれる国にある街、双月蝶宮そうげつちょうのみや

その街にある研究所にてのんびりする青年が一人。

テーブルに突っ伏しながらダラダラとしていた。

時刻は昼過ぎ。

テーブルの上に空っぽの山積みにされた皿があるところをみると、昼食の時間はとっくに終わったようである。

空夢そらむちゃんも幾仁いくとくんも今日は学校だし。仕事の依頼もないし。暇〜」

青年はテーブルの下で足をプラプラさせる。

灰色系統の髪と目の色をした青年の名前はシキ。

なんでも屋を生業とし、依頼をもらって生計を立てている。

今日は仕事がないのか、住まわせてもらっている研究所にて、暇を持て余しているようである。

「シキ。食べ終わったなら早く食器を持って来るのじゃ!放置すると洗うのが大変になるじゃろう!」

奥にある広いキッチンから女性の声がする。

「分かったよ博士ちゃん」

シキは山積みの食器を持ってキッチンへと向かう。


「お待たせ」

シキはキッチンの洗い場に静かに食器を置く。

「毎度毎度思うが、その身体のどこにそんなに食べ物か入るのか不思議じゃ」

口調とは裏腹に小柄な見た目の女性は、山積みになった食器を見て呆れ果てる。

水色系統の色をしたかなり長い髪を、両サイドで三つ編みでまとめ、一部紫系統の色合いをした短めの部分は結ばす下ろした変わった髪型をしている。

女性の名前は時雨しぐれ

本人曰く医者兼科学者。

この研究所の主であり、実質シキの保護者ポジションである。

「いやあ自分でも分からないんだよね。でもたくさん食べることはいいことでしょ!」

シキは得意気に胸を張る。

「お主の場合は一般のラインを超えているんじゃが」

時雨は食器を水に浸す。

「じゃがお主の身体の構造は気になるな。いっそその身体を解剖させて欲しいところじゃな」

食事で使うナイフを拭きながら怪しい笑みを浮かべる時雨。

どうやら医者の血が騒ぐようである。

「あーあー。聞こえない聞こえない〜」

わざとらしくシキは耳を塞ぐ。

「冗談じゃ」

時雨はフッと笑う。

「博士ちゃんが言うと冗談に聞こえないんだよなあ…」

小声で言いながらシキは食器を軽く洗い始める。

洗った食器は食洗機へ次々と移動させていく。

「それはそうとシキ。今日は依頼は来ておらぬのか?」

唐突に時雨は話題を変える。

「んー…来ていないよ」

シキは手を休めることなくそう答える。

「最近依頼の舞い込みが前よりも多くなってるようじゃしな。たまには休むのも必要じゃろう」

カトラリーを拭きながら時雨はシキに言う。

「本当にそれね。仕事が増えるのはありがたいけれど、毎日毎日立て込むと流石に疲れちゃうよ〜」

シキは困惑顔でそう話す。

東湘とうしょうくんが宣伝って言っていいのかは分からないけれど、僕らの仕事の評判を街の人達に伝えてくれたから、一気に依頼が舞い込んできたっていうか」

食器を洗い終えてシキは手を吹く。

前にシキは、双月蝶宮とはまた別の宮に住む東湘誠とうしょうまことという人物から依頼を受けて仕事を行った。

シキの仕事ぶりを誠が評価したからか、誠は双月蝶宮から帰る際に街の人に評判を伝えて帰ったらしい。

それを聞きつけた街の人達は、次々とシキのもとを訪ねるようになった。

結果シキの仕事は前よりも増えて、忙しくなったというわけである。

「でも正直ここまで仕事が増えるとは思っていなかったなあ。東湘くんの存在恐るべし」

シキは食洗機を見ながらしみじみと話す。

もっともただ話しただけで仕事が増えるわけではない。

シキの仕事が増えたのは、誠が大企業の社長として天煌国内で名を馳せていたからというのが大きい。

ある程度の知名度を持つ誠が良い評判を流せば、自ずと流された側の人間はきっちり仕事をする人物と思われる。

つまるところ相乗効果によりシキの仕事の評判は上がったと言える。

「なんにせよ仕事が増えたのはありがたい限りだけれどね」

洗い物を終えて一息つくシキ。

チリリリーン。

一息つくや否や呼び鈴の音がなる。

「はいはーい」

シキは先程までごはんを食べていた部屋に戻り、壁にあるモニターを操作する。

モニターには青年らしき人物が腕を組んで、玄関の門の前に立っていた。

「博士、俺だけど」

モニターから青年の声が聞こえてくる。

「博士ちゃーん、お客さんみたいだけれど知り合い?」

食器を片付け終わった時雨が、シキの元へとやって来てモニターを確認する。

「おお久しぶりじゃな。今開けるぞ」

時雨は玄関の門を開ける操作をする。

青年は門が開くなりそそくさと研究所の中へと入ってきた。

「久しぶりじゃな狼霊ろうれい

時雨は狼霊と呼んだ青年が建物に入ってくるなりそう声をかける。

「まあそうですね。かれこれひと月くらい研究所に顔出してないですから」

近くの椅子に座って返答する狼霊。

狼霊は浅緑色のウルフカットのような髪をしている。

長く伸びた部分は三つ編みにし、それが二本後ろで揺れている。

薄墨色の瞳はどことなくキリッとした印象を受ける。

前髪に隠れていて分かりにくいが、バンダナのような物を頭に巻き、上下ダボダボした服を着て、腰には布のような物を巻いている。

右頬に白い絆創膏のらしきものが貼られている。

首から下げている大きな羽飾りが目を引く。

「実習は終わったのか?」

「レポートを提出すれば今回の実習は終わりです」

テーブルに頬杖を付きながら狼霊はそう話す。

「それでこの人は?いつ人を雇ったんです?」

狼霊はシキの方を見る。

「雇っておらん。こやつはここに住んでいる」

「はあ?どっから拾って来たんですか」

呆れたように時雨を見る狼霊。

「ペットみたいに言うでない!こやつはシキ。訳あって妾が面倒を見ておる。仲良くしてやれ」

そう狼霊に説明する時雨。

「訳あってね。まあいいですけれど。シキって言ったっけ?俺は平原狼霊ひらはらろうれい。学生だけれどたまにここの研究所に顔出し…というか実質博士の世話をしに来てる。よろしく」

狼霊はシキに自己紹介する。

「僕はシキ。ここでお世話になってるんだ!よろしくね!狼霊くん!」

「こやつのことはローで構わん」

すかさず時雨が口を挟む。

「じゃあよろしくローくん!」

シキは右手を勢いよく上に向ける。

「さり気なくあだ名呼びに移行させないでもらえます?」

狼霊はジト目で時雨を見る。

時雨は特に気にすることもせずに答える。

「なにをいまさら。みんなお主のことはロー呼びじゃろうて」

「いやそれはそうですけれど」

溜息をつきながら狼霊は返す。

「みんな?」

「幾仁、空夢、じん…。まあ他の者からもローと呼ばれている。じゃからローでいいんじゃ」

シキの問いに時雨はそう話す。

「それを決めるのは博士じゃなくて、俺なんですけれど」

腕を組みながら時雨を見る狼霊。

「そういえばさっき博士ちゃんの面倒を見ているって言っていたけれど、もしかして博士ちゃんの子供?」

「こやつと血は繋がっておらぬし、親族でもなんでもないぞ」

シキの質問に首を横に振る時雨。

「俺がこの研究所に来る理由は俺が博士の弟子だから」

さも当然のように狼霊は答える。

「お弟子さんねー。って博士ちゃんの弟子!?」

シキは目を丸くする。

「狼霊は医者を志しておってな。色々あって妾が個別で教えているのじゃ」

「医者の卵かー」

シキは感心するような反応を見せる。

「医学を教えてもらうよりも、雑用している方が長いけれど」

「あー」

狼霊の発言にシキは微妙な反応を見せる。

「なんじゃその反応は!!」

腕を組みながら時雨はシキを睨む。

「だって僕が見ている限り、博士ちゃんって機械とかモニターとかいじって、あと料理しているだけなんだもん。医者をしているところなんて見ないっていうか」

小首を傾げながらシキはそう話す。

「それに関しては、ここの研究所には簡易的なベッドや道具しか置いておらんからじゃ。妾は基本寝たきりだったり、自力で病院に行けない患者を、研究所にいながら経過を見たり、直接診に行ったりが仕事なんじゃ」

時雨は反論する。

「つまり往診が主な仕事ってこと?」

「そうじゃ。ここの設備は主に軽い怪我や病気を見るのが基本。重症患者は病院で診てもらうようにしておる」

時雨が説明する。

「重症患者を全く診ないわけではないけれどね。急を用するほど重症ならちゃんと診るし、応急処置はきちんと行なう」

狼霊が付け足す。

「博士は発明とか新薬の開発とかそっちの方が忙しいから。だからと言って医療の腕は悪いわけではないけど。…一応」

「狼霊、お主一言多いわい!」

時雨は狼霊を睨む。

「だから患者さんが来ないんだ」

可哀想な人を見るような目を時雨に向けるシキ。

「全く来ないわけではないけれど、多分表に研究所って堂々と書いてるからじゃない?」

それっぽい理由を言う狼霊。

「確かに。それじゃあここに医者がいるなんて知らないか」

シキは納得するように手をポンと叩く。

「むしろ実験台にされると思って、患者が来ないまであると思うけれど」

再び頬杖を付いて話す狼霊。

「お主ら、しまいには殴るぞ!」

時雨が叫ぶ。

「冗談冗談〜。真に受けないでよ!」

謝りながらシキは時雨をなだめる。

「とにかく!妾は医者の仕事がないわけではない!それだけは事実じゃ!」

はっきりとした口調で時雨はそう喋る。

「分かった分かった!博士ちゃんは立派な医者だって!」

シキは時雨の肩を叩く。

「ムキになって」

呆れ気味に狼霊は溜息をつく。

「博士!!!」

勢いよく少女が部屋に入ってきた。

息も絶え絶えになり必死に走ったからか、桃色系統の長い髪が乱れている。

その人物は、シキと同じように時雨の家で世話になっている美璦香みおかだった。

「どうした美璦香?」

美璦香は息を切らしながらも話そうとする。

「ええっとさっき…」

「落ち着け。まずは息を整えるのじゃ」

時雨に言われ美璦香は話すのを止めて息を整える。

「落ち着いた?」

シキが美璦香に尋ねる。

「はい。シキさんもいらっしゃったんですね。…こちらの方は?」

美璦香は狼霊の方に視線を向ける。

「俺は平原狼霊。簡単に言うと博士の関係者」

狼霊は美璦香に自己紹介をする。

「私は美璦香です。この研究所で博士の世話になっている者です。よろしくお願いします」

美璦香が頭を下げる。

「あんたもシキと同じか。博士、人拾いすぎ」

狼霊は肩をすくめて時雨を見る。

「そんなの妾の勝手であろう!それで美璦香。一体どうしたのじゃ?」

改めて時雨が美璦香に尋ねる。

「それがさっき商店街の方を歩いていたら、いきなり地面が揺れて建物が崩れてきたんです」

「なんじゃと!?」

声を荒らげる時雨。

「建物の近くを歩いていた何人かが巻き込まれました。怪我人も何人かいるので博士を呼びに…」

美璦香が話す。

「分かった。とりあえず現場に向かうとしよう。狼霊、シキ、お主らも来るのじゃ!」

時雨はいつも着ているブカブカ袖の白衣ではなく、手がきちんと出る白衣を着る。

近くの棚の上に置いてある診療カバンを取り、準備が終わると外へ向かって走り出した。

「了解!」

「急ぐぞ」

シキと狼霊そして美璦香も、時雨の後に続いて研究所の外へと走り出した。


「これは…」

「思ったよりも酷い状況だな」

シキと狼霊が口を開く。

シキ達の目の前には、ぐちゃぐちゃになったコンクリートやら鉄骨やらが、地面に散乱している光景が広がっていた。

どうやら建築途中の鉄骨がむき出しの建物が崩れたようである。

鉄骨が崩れた影響で付近の建物にまで影響が出てしまったらしい。

建物を覆っていた足場とシートも地面に散乱している。

「一体、なにが起きて…」

そう時雨が言った瞬間。

ドドドドドドドドトッ!!!!

「!?」

「な、なに!?」

大きな音とともに地面が揺れる。

周りにいる人々も動揺して軽くパニックになっている。

「落ち着つけ!皆の者その場から動くでない!建物の側にいる者は離れるのじゃ!」

時雨が大声で周りに叫ぶ。

時雨の声が聞こえたのか、周りの人々は徐々に落ち着き時雨の指示に従う。

やがて揺れが落ち着くと、狼霊が時雨の方を見てなにか言いかける。

「博士。これは…」

「地鳴りの可能性が高いな。恐らくだが範囲はここら一帯。局地的な揺れじゃろう」

時雨が分析する。

「なんでそう思うの?」

シキが尋ねる。

「研究所の方は揺れなかっただろ?それだけで決めつけるわけじゃないけれど」

腕を組みながら狼霊が話す。

「天煌国の地盤は基本強い。それに大地の力を司るフェリテートや精霊によって、揺れを地面が吸収するようにできている。じゃからこんなに揺れるのは珍しい」

「そうなの?」

時雨の説明にシキが首をかしげる。

「だが何事にも限度があるように、完全に揺れを吸収できるわけじゃない。今回鉄骨が崩れるほどの揺れだったってことは、揺れの大きさが吸収できる限度を越えていたってことだ」

続けて狼霊がそう説明する。

「ともかくまた揺れないとも限らぬ。早急に怪我をした人間の治療を行うぞ」

「分かりました」

時雨と狼霊は怪我人が集まっている所へ向かう。

「みおちゃん。僕達は近くに怪我してる人がいないか見て回ろう」

「そうですね」

シキと美璦香が周囲の確認を行おうとする。

するとまた地面が揺れる。

だが今回は少し違った。

先程よりも揺れが地上に近く感じる。

そしてドカンッ!!という音が遠くから聞こえた。

揺れが収まると同時に離れた場所から悲鳴が聞こえる。

「あっちの方でなにかあったみたい」

「行きましょう!」

シキと美璦香は悲鳴が聞こえた方へ急いで向かう。


「大丈夫ですか?」

狼霊は地面に座っている男性に声をかける。

「大丈夫…っ」

男性はそう言って立とうとするが、痛そうな表情をする。

どうやら右足に痛みを感じているようである。

「足、怪我したんですか?診せてください」

狼霊が男性の右足を診ようとする。

「だが…」

男性は診せるのを躊躇する。

「俺は医学生です。医者ではないですが、応急処置ならできます」

「…分かった。診てもらえるかい?」

男性は狼霊の言葉を聞いて、靴を脱いで右足を診せる。

狼霊は男性の足を上下左右に動かす。

男性は足を動かされている間、傷みを我慢するような表情をする。

「捻挫ですね。骨折はしていないので、何日か安静にしていれば良くなりますよ」

狼霊が男性に説明する。

「冷やすもの…は近くにない」

狼霊は周りを見渡したのち右手を患部に近づける。

すると狼霊の右手が光り出し、黄緑色の穏やかな光が男性の足を包む。

「これで治療は終わりです。立ってみてください」

男性はゆっくり立ち上がり。

「さっきより痛みが引いてる…!」

驚きの声を上げる。

「術で患部の治りを早くして痛みを和らげました。多少緩和されているだけなので、治るまではあまり歩かないで基本は安静にしてください」

男性に説明する狼霊。

「ああ。ありがとう」

男性は鞄から財布を取り出す。

「お代は結構です。お金のためにやったわけではないので」

きっぱりと断る狼霊。

「しかし」

男性は食い下がるが狼霊は続けて言葉を発する。

「非常時ですし。さっきも言いましたが俺は医学生です。診察してお金を貰える立場ではないので。それよりここは危険なので、歩けそうでしたら早めに離れた方がいいです」

「…分かった。本当にありがとう」

男性は狼霊に対して頭を下げてお礼を言う。

「大したことはしていません。もし悪化したら、ちゃんと医者に行ってくださいね」

念を押すように狼霊は男性に話す。

「そうするよ」

男性はもう一度頭を下げ、ゆっくりではあるが歩いてこの場を離れた。

「狼霊、すまんが手伝ってくれ!」

「今行きます」

少し離れた場所にいる時雨が狼霊を呼んでいたため、狼霊はそちらに向かうのだった。


時雨達がいる場所から離れた所にて。

「ずいぶんと」

「大きいね」

美璦香とシキが目の前を見る。

そこは先程いた場所よりも、道幅が三倍ほどの広さの商店街の通りだった。

四階近くある高い建物が軒を連ねている。

通りのほぼど真ん中。

地面にぽっかりと巨大な穴が空いていた。

その穴からこれまた巨大な生物が現れていた。

四階建ての建物に匹敵する大きさで、トカゲにもイグアナにも見える。

背中には大きなコウモリのような翼、大きさの異なるトゲのような鱗が無数に生えている。

太く発達した足。

モグラを彷彿とさせる爪は大きく鋭く黒く光っている。

皮膚は青白いが、陽の光が当たった部分は虹のようにキラキラと光っている。

「大きいトカゲ?イグアナ?」

「フェリテートなんでしょうか?」

シキと美璦香は疑問を持つ。

「ダレガ、トカゲダ!!」

「しゃ、喋った!!!」

いきなり大きい生物が喋りだしたため、シキは思わず大声を出す。

「オレハ、タルパレグアン、ダ!!」

「タルパ?」

「レグアン?」

大きい生物が話した言葉を聞き返すシキと美璦香。

「タルパレグアントハ、オオムカシ、ニンゲンガ、オレタチニ、ツケタ、ナマエダ」

タルパレグアンと名乗った大きい生物は二人に説明する。

「人間が付けたってことは、種の名前かなにか?」

「ソウダ。オレノ、ナマエハ、ベツニアル」

タルパレグアンは紫色の瞳をシキに向ける。

「それで、この穴はあなたが開けました?」

続けて美璦香がタルパレグアンに質問する。

「アア。オレハ、ジメンヲホッテ、ソコニスム、イキモノヲ、タベテイル」

首を左右に振って頭に付いた土を落としながら、タルパレグアンは話を続ける。

「ソレハソウト、ココハ、ニンゲンガ、オオイナ。フダン、ニンゲンヲ、ミカケルコトハ、ナイカラナ」

タルパレグアンは周りをきょろきょろ見渡す。

「そりゃそうだよ。だってここは人が住む場所だもん」

「ナンダト!?」

タルパレグアンは驚きの表情を見せる。

「ジャア、オレハ、ニンゲンガスム、バショマデ、ジメンヲ、ホッテシマッタ、トイウコトカ」

そう言ってタレパレグアンはうなだれる。

「…とりあえず博士を呼んで来ましょうか」

この状況をどうしていいか分からなくなり、美璦香はシキに提案する。

「そうだね。この子のこと、僕達は詳しく知らないし」

シキは時雨を呼びに走って行った。


「タルパレグアンとは珍しいな」

時雨がまじまじと見る。

あらかた大きい怪我をした患者を診終わり、後を狼霊に任せてこっちにやって来た。

「タルパレグアンとはどんな生き物なんですか?」

美璦香が質問する。

「タルパレグアンとは山奥を住処にした生き物じゃ。穴を掘り地中に潜ってエサを確保する。雑食で熊などの大型動物を捕食することもあれば、草木やきのみなども食す。ちなみにフェリテートではない」

二人にそう説明する時雨。

「ソウダ。ソシテ、ソラモトベルカラ、トオイトコロニ、イドウスル、コトモアル」

自慢気な表情をしながらタルパレグアンは語る。

「じゃがタルパレグアンは人里を避ける傾向がある。なぜこんな所におる?」

時雨がタルパレグアンに尋ねる。

「ソレガ…。エサヲモトメテ、ジメンヲ、ホリススンデ、イタノダガ、キガツイタラ、ヤマカラカナリ、ハナレタ、バショマデ、ホッテシマッタ、ミタイダ」

タルパレグアンが説明する。

「なるほどな。つまり建物が崩れたのは、お主が地面を掘って移動していたのが原因ということじゃな」

腕を組みながら時雨はタルパレグアンを見る。

「そもそもここは山からかなり離れた場所じゃぞ。どれだけ移動しておるのじゃ」

呆れ気味に時雨は肩をすくめる。

双月蝶宮は時詠とえい色豊しきと、大きく二つに分けられている。

時詠は色豊に比べて地区によるが自然が少ない。

そのため森や山での生活を好む生き物は、あまり時詠にある地区まで来ることはない。

時雨が住んでいるのは時詠にある如月地区きさらぎちく

高級住宅街が多い地区である。

街路樹などの多少手入れされた植物はあれども、時詠の中でも自然があまりないような場所である。

「ムウ。ソレハ、タシカニ」

ぐうの音も出ないタルパレグアン。

「穴を掘ってる途中で地上に出て、どこにいるか確認はしなかったの?」

首を傾げてシキはタルパレグアンを見る。

「マッタク。オレハ、エモノガ、ミツカルマデ、ズット、ホルコトガアル。ソノトキハ、トチュウデ、チジョウニ、カオヲダス、コトハナイ」

首を振ってタルパレグアンは答える。

「だからだよ。途中でどこにいるか確認しなかったから、こんな所まで来ちゃったんじゃない?」

シキはタルパレグアンにそう話す。

「オマエノ、イウトオリダナ。アナヲホルノニ、ムチュウニ、ナリスギタ、ミタイダ」

しみじみとした表情を見せるタルパレグアン。

「ズット、ジメンヲ、ホリススメテ、マイゴニ、ナルコトガ、ヨクアルガ。コンカイハ、サスガニ、トオクマデ、ホリスギタ」

「君普段から迷子になっているの?」

「流石にそれはどうかと」

シキと美璦香も若干呆れ気味である。

「とにかく、お主が街中の地面を掘った影響で、建物が崩れて怪我人が出ておる」

「ソ、ソウカ。スマナイ。ナニカ、ワビタホウガイイナ」

申し訳なさそうにタルパレグアンは時雨を見る。

「詫びるって言っても、君ができることってなにがあるの?」

「タベモノヲ、モッテクルトカ。アナヲ、ホルトカ」

シキの発言にタルパレグアンが返答するが、見当違いな答えが返ってきたためか、一瞬無言の空気になる。

「…これ以上お主が街中にいたら、さらに状況が悪化しかねないのは確かじゃな」

時雨はこめかみに手を当てながら溜息をつく。

「ス、スマナイ」

タルパレグアンは再び謝る。

「お主やることはただひとつ。山奥に帰ることじゃ!あと周りに迷惑がかかっておるのじゃから、迷子になるのを治せ!」

腕を組みタルパレグアンにはっきりと言う時雨。

「ソウダナ。ニンゲンニマデ、メイワクヲ、カケタシナ。マイゴニナルノハ、ナオソウト、オモウ」

時雨の言葉を受け、タルパレグアンは反省の言葉を述べる。

「分かったなら早う帰れ。ちなみに色豊はあっちの方角じゃ」

時雨は東の方角を指差す。

「スマナカッタ。ケガヲシタ、ニンゲンニモ、ツタエテクレ。ナニカ、チカラニ、ナレルコトガ、アルナラ、イツデモ、ヨンデクレ」

「ああ。分かった」

タルパレグアンは大きな翼を広げて宙に浮き、時雨達にそう告げると東の方角へ飛んで行った。



「やれやれ。まさか生き物の仕業だったとはな」

タルパレグアンが飛び去ったのを見送り時雨が口を開く。

「でも悪意があったわけじゃないんだし」

シキもタルパレグアンが飛んで行ってた方角を見ながらそんなことを言う。

「それは分かっておる。じゃがまだ解決してないことがあろう」

時雨は腰に手を当てながらシキと美璦香に言う。

「解決していないこと?」

美璦香が首をかしげる。

「この穴じゃ」

時雨は目の前の穴を指差す。

「確かに」

二人は納得する。

「少なくともここら一帯は埋める必要がある。問題はどうやって埋めるかじゃが」

どうするかと時雨が思案していると、背後から鳴き声が聞こえてきた。

「ふゆ〜」

背後を見ると、ふわふわとした毛並みの小柄な四足歩行の生き物が、時雨達を見つめていた。

「君は確か…クレイルだったっけ?」

シキは思い出したかのように話す。

クレイルは、フェリテートと呼ばれる天煌国にしかいない不思議な生き物である。

天煌国でしか生きることができず、その生態系はいまだ明かされていない部分が多い。

クレイルは時雨に懐いており、よく研究所に遊びに来るとシキは聞いていた。

だがシキが時雨の研究所に住むようになって以降は、クレイルは研究所に遊びに来ておらず、前に道端で見かけて以来だった。

「久しぶりだね。元気にしていた?」

シキはクレイルに近寄り、ふわふわした毛並みを撫で始める。

「そうじゃクレイル。お主フェリテートを呼べぬか?この穴を埋める必要があるんじゃ」

時雨が目の前の穴を指差しながらクレイルに話す。

時雨の会話から察するに、どうやらクレイルは別のフェリテートを呼ぶことができるらしい。

「ふ〜」

クレイルは大きな穴をじっと見た後空へ向かって叫ぶ。

フユユユユユユユッッッッ〜!!!

時雨達からすればただの鳴き声にしか聞こえないが、クレイルが叫んで数秒もしないうちに変化が起きる。

穴の前に柔らかなオレンジ色の光が突如として出現したのだ。

「僕を呼んだのは誰だい?」

そう言って光は形を変えやがて人の姿へと変わる。

現れたのは時雨と同じくらいの背丈の少年だった。

柔らかな光を彷彿とさせるような淡い黄色の長い髪を後ろでお団子ヘアーにし、木の実をモチーフにしたアクセサリーが付いたヘアゴムでひとまとめにしている。

魔術師のような服を着て、その上にふわふわとした素材の大きめのローブをまとっている。

「なんじゃお主か」

見知った顔だったのか時雨はそんなことを言う。

「なんだとはなにさ。呼ばれたから来てあげたのに」

不服そうな顔で少年は時雨に反論する。

「すまんすまん。まあお主が適任なのは確かか」

そう少年に謝り納得する時雨。

「君は?」

シキが少年に尋ねる。

「僕はソアレ。大地の力を司るフェリテートだよ。よろしく」

ソアレはシキと美璦香に自己紹介する。

「僕はシキ」

「美璦香です。よろしくお願いします」

二人もソアレに自己紹介をする。

「さっそくじゃがソアレ。お主に頼みたいことがある」

時雨は穴を指差す。

「結構深い穴だねこりゃ」

ソアレは穴の中を覗き込みながら話す。

穴は深く覗いただけでは底が見えないほどである。

ヒュュュュッッッと穴の中から風の音がする。

「タルパレグアンが空けたのじゃ。お主ならなんとかできるであろう」

「なるほどね。分かった」

時雨達に背を向けてソアレは宙に浮き、穴の前でなにかを唱え始める。

同時にソアレのおでこに紋様なものが浮かび上がり黄色い光を放つ。

「ヴェ………✗✗✗…lfkrh……リ……✗✗chd…✗✗ルス」

その言葉は天煌国で使われている言語と異なっていた。

時雨や美璦香含めて、状況を近くで見ていた人間にはなにを言っているかは理解できなかった。

「へえ」

唯一様々な言語を理解できる能力を持つシキは、ソアレがなにを言っているか分かるようであった。

ソアレが唱え終わると同時に、巨大な穴の底からオレンジ色の光が溢れ出す。

それは眩しく太陽のように輝き辺りを照らす。

やがて光が収まると目の前にあった巨大な穴は土で完全に塞がれていた。

「終わったよ。地面を埋めただけだから、コンクリートはそっちで直してよね」

ソアレは時雨に伝える。

「ああ。ソアレ、助かったぞ。」

時雨はお礼を言う。

「それじゃあ僕はこれで」

ソアレが時雨達に手を振った後、ソアレの周りに光が集まる。

辺りを眩しい光が覆いそれが収まると、ソアレはもうなくなっていたのであった。

「人型のフェリテートって初めて見た」

ソアレが目の前からいなくなった後、シキが口を開く。

「そうですね。いるというのは聞いていましたが本当にいるとは」

美璦香も同調する。

「そうか。お主らは見たことがなかったか。人の姿をしたフェリテートは、フェリテートの中でも上位の存在じゃ。他のフェリテートよりも強力な力を有しておる」

二人に時雨が説明する。

「普段は人に混ざって生きておるから、簡単には見つからぬしな」

土で埋まった部分を触りながらさらに話しを続けた。

「見た目は人と異なるところはありませんでした。なにより能力者とも区別がつかないかと」

「そういえばフェリテートにある模様とかも分からなかったよね」

美璦香とシキが話す。

「あやつが力を使った時、妾達に背を向けておったからな。見えなかっただけじゃ」

「最初に見た時はなかったと思うけれど。見えない部分にあったとか?」

時雨の発言にシキが疑問を持つ。

「模様がある部分はおでこじゃ。分からなかったのはソアレが隠していたからじゃ」

「隠していたから?」 

さらに美璦香が尋ねる。

「フェリテートの中でも上位の存在は、自分の身体に刻まれた紋様あるいは模様、それを目に見えないように隠すことができる。それゆえ分からなかったというわけじゃ」

あらかた土を触り終わって時雨は二人の方を見る。

「なるほど。それじゃあ分からないわけだね」

シキが納得する。

「博士。怪我した人の治療は終わりました」

狼霊が時雨達の元にやって来た。

「すまんな。途中から任せきりになってしまって」

「いえ。幸い重症な人がいなかったのが救いでした」

狼霊は軽く伸びをしながらそう時雨に話す。

ふと狼霊が左の方を見る。

建物の陰に腕を抑えて座り込んでいる女性がいた。

「どうしました?」

狼霊は駆け寄り女性に声をかける。

よく見ると女性が身につけているブラウスの左上腕の袖が破れている。

反対の手で傷口を抑えているが出血しているらしく、ブラウスの袖に血が滲んでいた。

「腕を怪我したんですか?診せてください」

狼霊は女性に腕を見せるように促す。

女性は初めこそ驚いた表情を見せたが、すぐに手を離して傷口を狼霊に見せる。

女性の腕には切り傷のようなものがあった。

「破片かなにかが勢いよく飛んできて、怪我をしたみたいですね」

「ええ。さっきここに現れた生き物が勢いよく地面から出てきた時に、石やコンクリートの破片が辺り一面に飛び散ったの」

「その破片が腕を掠めて怪我をしたんですね」

狼霊の言葉に女性が首を縦に振る。

「怪我した箇所を強く抑えていたので、大分止血されているみたいですね。まずは濡れたタオルで血を拭きます」

狼霊は手に持っていたカバンからゴム手袋を取り出して両手にはめる。

次に水の入ったボトルと薄手の乾いたタオルを出す。

タオルを水で濡らして絞り傷口とその周りを拭く。

カバンの中から乾いたタオルをまた取り出し濡れた部分を拭く。

次にガーゼに薬品を染み込ませて傷口を押さえる。

「傷口に染みるかもしれませんが少し我慢してください」

狼霊にそう言われて女性は少し表情をこわばらせるがすぐに落ち着く。

薬品を塗った後狼霊は右手を傷口に向ける。

先程と同じように右手が光りその光が傷口を包む。

光が収まると傷口にかさぶたができていた。

その上に狼霊は包帯を巻く。

「これで大丈夫です。傷口は塞がっていますが、触らないようにしてくださいね」

狼霊は女性に念を押す。

「ありがとうございます」

女性は笑みを浮かべて狼霊に礼を言う。

立ち上がり後方にいる時雨達にも礼をした後その場を後にした。


「ローくん、さっきのすごかったね!」

歩道を歩きながらシキが狼霊にそう話す。

あらかた落ち着いたため、シキ達は時雨から先に帰るように言われ、帰路に着いていた。

「別に。大したことはしてない」

はっきりと狼霊は答える。

「謙遜しないでよ!手が光って傷口が塞がっていたけれど、ローくんは医療に関する能力を持っているの?」

シキが質問する。

「俺は治癒能力を持ってる。多少の怪我なら治りを早めることができる。そんな能力だ」

「そっか。だから医者を志しているんだね」

シキは狼霊の言葉に納得する。

「治癒能力があるからってわけでは…。確かに治癒能力があるのは、理由の一つだけれど」

狼霊はそう言ってこれ以上は話さないと言わんばかりに口を閉じる。

「そういえば博士に聞いたけれどソアレが来たんだって?」

唐突に狼霊は話題を変える。

「ローくんも知っているんだ、あの子のこと」

「まあな。あいつはしょっちゅう街中をフラフラしてるからな。博士の研究所にも来るし」

シキにそう説明する。

「へえ。じゃあ幾仁くん達とも知り合い?」

「そうだな」

狼霊は軽く返答する。

「そういえば。ソアレさんが地面を埋める時に、不思議な言葉を話していましたね」

「不思議な言葉?」

美璦香の言葉に狼霊は首をかしげる。

「呪文のようなものを唱えていました。なんと言っていたかは分かりませんでしたが」

口元に手を当てながら美璦香が話す。

「それはフェリテートにしか分からない言語だな」

「そういった言語があるんですね」

静かに美璦香が言う。

「俺達には理解できない言葉だ。研究者の間でもフェリテートが使う言語は、研究材料の一つとされているな」

狼霊がそう話す。

「その言語の意味を、ソアレさん達に教えてもらうことはできないんですか?」

美璦香が狼霊を見る。

「フェリテート達はその言葉を神聖な言語としている。研究するのは自由だけれど、解読は自分達でやれってスタンスでいる。つまり教えるつもりはないってわけだ」

腕を組みながら狼霊は説明する。

「そう考えているなら仕方がないのかもしれませんね」

狼霊の言葉に美璦香は納得する。

「ヴェ………✗✗✗…lfkrh……リ……✗✗chd…✗✗ルス…って言葉だったよね。確か」

「確かそんな言葉でした」

いきなり喋りだしたシキは、美璦香に内容が合っているか聞いた。

「お前、なんで喋れて…」

驚きの表情を見せる狼霊。

「そういえばシキさんは、どんな言葉でも理解できる能力を持っていましたね」

「うん。だからあの子がなにを言ったかは理解できたよ」

美璦香の言葉にシキはうなずく。

「驚いたな。それでソアレはなんて言っていたんだ?」

「ええっと…母なる大地を称えるから、自分を助けてくださいって感じのことを言ってたよ」

シキは狼霊にソアレが喋っていたことを伝える。

「ずいぶんとざっくりしてるな」

「僕そんなに喋った内容に興味ないもん。特に変わったことを喋っていたわけでもないし」

興味なさげな表情をシキは狼霊に見せる。

「そうだとしてもシキさんがフェリテートの言葉を理解できるのは、貴重だと思いますよ」

美璦香がシキを見る。

「そうだな。お偉いさん方からしたら貴重な存在だろうな」

腰に手を当て狼霊は空に目線を向ける。

「僕は堅苦しい場所も物事も好きじゃないから絶対に協力しない!そういうのは自分達の力で頑張って理解するからこそ、分かったときの喜びも大きくなるでしょ」

はっきりとした口調でシキはそう話す。

「一理あるな」

狼霊は納得する。

「楽をすることを悪いこととは言わない。だけれどもなんでもかんでも楽をしたら、人間はダメになるだけだと僕は思う。少しの苦労は経験しないとね」

シキは自分の言葉に付け足す。

「そうですね。楽をすべきところそうでないところ、きちんと分別をつける必要はあると思います」

「そういうこと」

美璦香の発言にシキが同意する。

「それは分かったけれど、後で博士にソアレがなにを喋っていたか、しつこく聞かれるんじゃないか?」

思い出したかのように狼霊はシキに話す。

「世話になっているから博士ちゃんに教えてもいいけれど、できれば自分で頑張って理解して欲しいかな。なにか言われたら上手い具合に答えるよ。…多分」

そう話すシキだったが、終わりにかけて声のボリュームが小さくなる。

「えらく自信なさげですね」

美璦香がシキを見る。

「博士ちゃんのことだから、自白剤かなんか飲ませてでも答えさせようとしそうだから」

「それは確かに」

狼霊と美璦香が納得する。

その後研究所に戻って来た時雨からソアレの件を突っ込まれ、シキが自白剤を飲まされかけたことは言うまでもない。

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