レインカルナティオ・スコープ
朝比奈忍
Яicodo1 月と蝶の日常
人というのはつくづく変な生き物であり、臆病であり孤独である。
知性があるゆえにそれを活かし文明を発展させる。
それと同時に誤った方向へ舵を切れば、罪を犯してしまう。
意志があるゆえに自ら行動し、様々なことに取り組む。
それと同時に虚無感を感じれば、そこで考えることや行動を止めて成長が止まる。
群れを成し群れの中で生きるが、自分と違うモノは受け容れようとせずに排除しようとする。
その反面、絶対一人では生きて行けないくせにだ。
人とはつくづく弱い生き物だ。
そのくせ自分が絶対的に正しいと思い込み、時に自ら自滅の道を辿る。
なんと浅はかなことか。
裏切られれば全てを否定し、全てに絶望し、他者を世界を認めない。
攻撃し自分は間違っていないと思い込む。
誰も世界も自分のことなど、気にも留めていないというのに。
欲に溺れ権力や金を欲し、あれやこれや搾取し、他者を蹴落として這い上がっては転げ落ちる。
心の底から優しい人間なんて一人たりともいない。
純粋な者などいない。
人というのは生きて行く中で、残酷な世界を知ってくすんでいく。
だからこそ人は人を嫌い、都合の悪い事からは目を背ける。
自らには関係ないと思い込み、知らん顔だけが得意になっていく。
表立って他者へ言う勇気なんてなく、尻尾を出さずして他者を傷付け、自らの立場が不利になれば自己保身に走る。
なんと便利な生き物か。
「…人という存在は哀れであり愚かである。か細い糸を人同士繋ぎ合わせて生きている。人間は一人では生きてはいけないが、死ぬまで独りなのだ」
暗闇の中で声が聞こえる。
姿も見えない。
喋っている声からして恐らく男性だろうか。
「君はこの言葉をどう思うかい?ああ、今意識なんてなかったね」
夢を見ているのか気を失っているのか。
声の主は、この状況を見ている相手に対して問いかけているようである。
姿は見えないが、どことなく今の状況を楽しんでいるようにも聞こえる。
「私の意見なんて知ったことではない。どうでもいいと君はきっと思うだろう。実際私も、この言葉に関して同意なんて求めてはいない。あくまでも個人的な主張だからね」
声の主はクスクスと笑い話を続ける。
「そんな話はさておき…。もうすぐ君の知りたい事が分かるようになるよ。彼らとの出会いが近付いているから。残念だけれど私の出る幕はもうない。ここでお別れだね」
声の主は問いかけた相手の返事を待つことなく、一方的に話した後、最後にこう語る。
これから君は、君の知りたかった事全てを現実の中で知るんだ…なにもかも全てをね…。
その先にどんな結末が待っているか…ソレは君が望むモノであることを、私はただ願うよ…。
日常というのは、住む世界が異なれば意味が変わる言葉である。
例えば魔法使いが主人公であれば、前提として日常で魔法が使われるのが当たり前。
科学者が主人公なら、科学が当たり前。
平凡な学生生活が話の主軸になれば、当然魔法も度を越えたレベルの科学なんてものもない。
つまるところ日常とは便利な言葉の一つである。
(そんな日常全てに当てはまってどこかしら無縁なんだよな…。特に平凡なんて言葉。この世界にはな)
そう思いながらその人物は住宅街を歩く。
片手には携帯の端末らしき物が握られており、モニターに上記の言葉が書かれていた。
見たところ青年で、群青色の髪がざっくりと三方向にはねており、深い緑色の目はどこかやる気のなさを感じる。
青紫色のブレザーの制服を身にまとい、青色のネクタイをしている。
その視線の先は青い空を向いており、空には鳥やらヘリコプターらしき物が目に入る。
他にも遠くの方から金属が打ち合うような音が聞こえ、また別の遠くの方からは動物らしい、でも変な鳴き声が聞こえて来る。
(今日もある意味では平和か…)
それらの音や声に対して特に気にもせずに歩いていると。
「
後ろから声をかけられる。
声のした方を振り返ると少女が立っていた。
「
幾仁から空夢と呼ばれた少女は、幾仁よりか背丈は少し低め。
ボブくらいの長さの髪に、くりくりとした瞳で、どちらもオレンジ系統の色合いをしている。
頭に帽子を被り、水色のネクタイを付けている。
幾仁と同じ制服を着ているが、女子と男子とでは若干デザインが異なっている。
「今日授業お昼までだっけ?…なにか見ていたの?」
「読書感想文用の本を探すついでに、試し読みをしてたんです」
「あー、面倒だよね。読書感想文」
などと二人が会話をする。
二人は学生で、通っている
現在幾仁は四年生。
空夢は五年生。
空夢の方が先輩に当たる。
学校の特色として、二学年毎に授業方針が異なるシステムを導入している。
黎明学園は三日通って二日休み、また三日通って三日休みという形態を繰り返している。
幾仁が属する四年生は前半の三日は全日制、後半の三日は単位制の複合した授業形態。
空夢が属する五年生は完全単位制である。
現在後半の授業最終日。
四年生は後半単位制の授業のみのため、幾仁はお昼までに終了するように授業を組んでいる。
空夢も今日は午前中のみしか授業を入れていない。
そのため二人共、午後からは用事がなく、家に帰るだけだったのだが…。
「さっき届いたメッセージは見た?」
「見ました。…ったく。相変わらずあの人は人使い荒すぎ」
どうやら誰かしらからか呼び出しを受けたらしく、今からその人物へ会いに行くようである。
「しょうがないよ。ぼくらの仕事なんだし」
少しのんきそうな口調で空夢が話す。
「俺は仕事にした覚えはないです。それにそんなの別に俺達じゃなくたって、そこら中に代わりなんてごまんといるですよ。なのに」
「少なくともぼくらは顔見知りだから、頼みやすいだけなんじゃない?」
空夢が幾仁を見るとむすっとした表情をしている。
「幾仁君、相変わらず面倒くさいって顔してるよ」
苦笑いする空夢を見ながら幾仁は口を開く。
「だって本当のことですし。こういうのはやりたい人間にやらせればいいんですよ」
そっぽを向きながら幾仁は答える。
「幾仁君が乗り気じゃないのは分かるし、ぼくも正直面倒くさいって思うことの方が多いよ。でもそういうわけにもいかないじゃない?こっちが拒否しても、巻き込まれるんじゃあね」
「分かってます。そんなこと」
嫌そうに語る幾仁を諭すように、空夢は明るく語りかける。
「文句を言っている暇があるならさっさと終わらせちゃおうよ!その方が絶対いいって!」
「…帰りたい」
そう言って二人は、その人物がいる所へ足早に向かうことにした。
幾仁と空夢がやって来たのは、全面ガラス張りの円柱の形をした建物が建っている場所であった。
ガラスは特殊な素材なのか、中の様子は一切外から伺うことができない。
その建物の背後には、比較的大きめの屋敷が建っているのが見える。
建物の敷地は塀と柵で囲まれ、出入口の所にも頑丈そうな門が構えられている。
右の方にあるインターホンらしき物の上にはデジタルチックな看板があり、そこには『
空夢がインターホンを鳴らす。
「時雨ちゃんいる?来たよ」
空夢がインターホンに話しかけると門が自動で開く。
そのまま二人が敷地の中に入るとすぐに門は閉まる。
幾仁と空夢は特に気にすることなく進み、やがて円柱型の建物の入り口に辿り着く。
空夢は慣れていると言わんばかりの手つきで、入り口横にある台座の丸く光る場所に、自身が持つ携帯端末を置く。
続いて浮き出てきた半透明のモニターに、パスワードらしきものを打ち込む。
ピピッ!という音とともに入り口がウィーンと音を立てて開く。
そのまま空夢と幾仁は建物の中に入る。
廊下を歩いてとある部屋に入ると、二人よりも小柄な少女らしき見た目の人物が、大きなモニターとにらめっこしながらぶつぶつと呟いていた。
一部紫系統の色合いをした短めの部分もあり、そこだけは結ばす下ろしている。
傍から見ていても分かるくらいにブカブカな白衣を身にまとい、手は完全に袖の中である。
「ふむここでこれを加えたほうが。いや…」
「時雨ちゃん!呼び出されたから来たんだけど、相変わらず数式とにらめっこ?」
うへえと言葉を発しながら、空夢はモニターに浮かび上がる数式の数々を見る。
部屋には研究資料のような物が置いてあったり、薬品や謎の機械があっちこっちにあるが、部屋の中は散らかってはおらず、比較的整理整頓がなされている。
「おお、お主らか!いやなに、次の試薬品の配合がイマイチでな…。なにかが足りないみたいなんじゃ」
時雨と呼ばれた人物は、空夢達の方に振り向いてそう答えた。
「そんなことはおいといて。俺達を呼んだ理由は?」
興味がない幾仁は話を切り替える。
「なんじゃその迷惑そうな顔は。幾仁、お主少しは妾の研究に興味を持ってもよかろう!」
「博士が作る物は、確かに発明品も薬も画期的。医者としての腕もいい。でも俺は常日頃、実験や被験の餌食になってるからこりごり。以上」
呆れる表情をしながら、幾仁はそうスパッと時雨に対して言い切る。
時雨は幼い見た目ではあるが、実際は空夢や幾仁と数十は歳が離れているとかなんとからしい。
この国では指折りの有名人であり、医学の知識もあれば、発明も得意だったりと、その分野の最先端を行く人物である。
さらにこの国の発明品のほとんどを時雨が発明し、特許を取ったとも言われているらしく、名前を知らない人がいないくらいに、色々と国の発展に貢献をしている。
空夢、幾仁とは同じ街に住んでいることから親交がある。
その見た目のせいか、時雨は二人からは気さくに接されている。
二人が時雨に対して、敬語を付けて喋るということはないが、時雨自身は特に気にしてはいないようである。
「確かに。毎回嫌ってほど巻き込まれているし、言いたくもなるよね」
空夢も幾仁に同調するかのように喋る。
「むむむっ。悠千幾仁!七瀬空夢!お主ら妾に対して冷たくはないか!」
「そんなつもりはないけれど…。そんなことよりぼくらを呼んだ用件は?授業終わってすぐ呼び出されたから、お昼も食べていないし」
このままじゃ時雨の機嫌が悪くなりかねないと思った空夢は話をそらす。
もっとも時刻はお昼を過ぎており、空腹だったため、早いところなにかしら食べたいという理由の方が強いが。
「分かっておる。ピザとカレーと、付け合せでサラダを作っておいた。飲み物はなにがいい?」
「ぼく搾ったオレンジジュース」
「俺は水でいい」
時雨は二人にそう聞いた後、作業を止めて部屋を後にした。
「それでぼくらを呼んだ理由は?大方想像はつくけれどね」
デザートに出された葡萄味のゼリーを食べながら、空夢は時雨に尋ねる。
「最近街で人攫いが多発しておるのは、お主らも知っておろう?」
「確かニュースで、老若男女問わず行方不明って言ってたやつ?犯人も目的も不明なんだろ?」
幾仁が聞くとそうじゃと言い、時雨は近くのモニターを色々いじり始める。
「妾が調べたところ、どうやら犯人は複数…というよりは、数十人単位。しかも全員、チンピラまがいの奴らばかり。世間では身代金目的が大きいと噂されているらしいが、実際は人身売買が目的じゃ」
「でもルームランに、あまり情報出回っていなかったよね?」
ルームランとは空夢達の国で使われている、いわゆるSNSの名称。
空夢達はこれでニュースを見たり、個人的なメッセージやメールのやり取りを行ったりなど、様々活用されている。
「個人情報をそんな公の場なぞに書けんだろ。人の命がかかっておるし、下手な真似はできぬ。そもそも年がら年中、あれこれ事件だなんだ発生していたら、メディアも処理しきれんじゃろ」
時雨が説明する。
「いやそういうことじゃなくて。なんで犯人がチンピラ数十人で、身代金目的ってことを知っているのかって聞きたいの」
「なんじゃそっちか」
幾仁の問いに、時雨は腕を組みながら軽い口調で話す。
「そりゃそうだよ。人の命がどうなるか分からない事件は、大体的に報道禁止なことくらい分かってる。大方時雨ちゃんお得意の、あーやってこーやってって?って、情報を集めたんだろうけど」
そう言って空夢は雑なジェスチャーを行う。
実際、時雨が手に入れた情報は、現在表には出ていないものだった。
そのためどこから仕入れているかは、空夢にも幾仁にも分からない。
この国には情報屋で生計を立てている人間があちらこちらにいるため、そこからお金で買っている可能性もなくはないが。
「どこから情報を仕入れたなぞ、いつも通り気にするでない。それでお主らにやってもらいたいことは…」
「チンピラ数十人ボコして、人質を助けろって言いたいんだろ?」
時雨の言葉を遮るように、幾仁が口を開く。
「おお流石。分かっておるな」
時雨は声のトーンを上げながら話す。
「何回同じ事やらされてると思ってんの。毎回面倒事の解決に振り回されてれば分かるっての」
もはや慣れっこと言わんばかりに呆れた表情をし、テーブルに頬杖を付き、そっぽを向いてそう語る幾仁。
空夢と幾仁は、これまで嫌というほど時雨に呼び出されては、そういったものの解決を行なってきている。
そのためもうどんな事件だろうが、異変が起きようが、怪異が来ようが、ある程度対応できるくらいに、色々となってしまっている。
だが本音を言うと、幾仁はそういう類の処理は面倒だと思っているため、やる気のない自分ではなく、やりたい人間にやらせればいいと常々思っている。
実際そういったものを解決することを生業にしている、なんでも屋のような人間が少なからずいるからである。
空夢は幾仁同様、口では色々言っており、内心面倒に感じる部分もあるが、幾仁とは異なり、そういった類の解決は快く…とまではいかないが、大体二つ返事で引き受けている。
というのも毎回同じように呼び出されるなら、いっそのこと諦めて開き直ったほうがいいという考えになり、あっさり引き受けている。
「ヤダ。ムリ。面倒くさい。パス。てなわけでごちそうさま。帰る」
「単語で会話を済ませようとするな!!そして帰ろうとするでない!!」
時雨が幾仁の制服の襟を掴んで阻止する。
「やっぱりこうなるんだから。時雨ちゃんってば分かっているのに、なんで毎回同じことをやるんだか」
呆れながら二人のやり取りを見る空夢。
こういったやり取りは毎回毎回起きており、互いに飽きずにやるなと、空夢は思いながら見ている。
「そんなのそこら辺の仕事屋にやらせればいいじゃん。俺、なんでも屋じゃないっつーの」
嫌そうな表情を浮かべながら、幾仁ははっきりと時雨に言う。
「幾仁、お主少しは人助けに積極的になったらどうじゃ!」
「俺は博士と違って、そういうのに生きがいなんて求めてない。正義の味方なんてものになるつもりもないし、そんなの興味ない」
幾仁は淡々と言い返す。
「こやつは〜!」
「ちょ、やめ!」
時雨は幾仁の肩にしがみつき、さらに幾仁の髪の毛をわしゃわしゃする。
「妾はそんなものを求めろとも、正義の味方になれとも言っておらんじゃろ!!…幾仁、お主の力はいつか絶対誰かのためになる。妾はそう信じておるからこそ頼むのじゃ。それにきっといつか、お主の望むモノも手に入るはずじゃ」
「なにを根拠に言ってるんだか…。かいかぶり過ぎだし、俺は博士が思ってるような人間じゃない」
ボサボサになった髪の毛を戻しながら、幾仁はポツリと話す。
「もう分かった。やる。それで話しを戻すけど、そのチンピラ集団の中で、何人が能力者なわけ?」
能力者というのはこの世界に存在する者の名称。
ヒトの中で特殊な力を持つ者を指して使う。
そして幾仁も空夢もヒトでありながら、それぞれ能力を持つ能力者である。
「十もおらんな。それ以外はしたっぱじゃ。そやつらは縛り上げておけば、なんら問題なかろう」
「つまりは能力者が、普通の人間を舎弟として扱うよくあるパターンね」
空夢は腕を組んで呆れた表情をする。
能力を持つ者が持たない者より強いのは、力関係的にはよくあることらしい。
チンピラや不良の中で能力を持った者が、持たない者をまとめ上げて組織を作り上げる。
今回もそういった者達の集まりのようである。
「ということでじゃ。そこら辺は空夢、お主に任せる」
「はいはい。それもいつものパターンね」
慣れていると言わんばかりに、空夢は右手をひらひらとさせる。
「それじゃこのままだと日が暮れかねないし、さっさと行きますか。時雨ちゃん、詳しいマップこっちに送って!」
「分かっておる。場所はお主らのコミュラに送っておいた。それを頼りに行くがよい」
そう言われて幾仁と空夢は、携帯端末を取り出す。
コミュラとはこの国での携帯端末の名称で、電話やメールをしたり、ルームランで情報を取得することに使用する。
他にも便利な機能が様々付いている物となっている。
二人がコミュラを起動し少しいじると、モニターが宙に出現し、それをタッチしたり、端末の方でいじって確認したりする。
「場所は…ここから結構離れた所にある廃工場みたいだね。幾仁君、行こっか!」
「本当に空夢さんは前向きというかなんというか。まあいいや。行きましょう」
「ここから遠いから、時雨ちゃんお願い」
そう言って二人は、部屋の隅の方にある機械に向かって歩いていく。
それは大きな円形の台座の形をしていた。
ざっと四、頑張れば五人は乗れそうである。
その台の真ん中辺りに二人はササッと乗る。
「今度は変な所に送んないでよ」
「分かっておるわい!きちんと直しておいたから大丈夫じゃ!」
二人が乗ったのを確認した時雨は、近くのボタンやスイッチ類を色々といじり始める。
一通り触り終えると、空夢達が乗っている台が起動し光を放つ。
やがて台の中と外を隔てるかのように、光の壁ができあがる。
「気をつけるのじゃぞ」
時雨がボタンを押すと同時に、台の中にいる幾仁と空夢の姿が徐々に薄くなっていく。
「大丈夫!行ってきます!」
「まあ、いつも通りやるさ」
そう言い終わるや否や、二人の姿は完全に研究所から消えてしまった。
「到着。どうやら時雨ちゃんが言っていたことは、本当だったみたい」
「ですね。あのワープ装置、とりあえずは成功でいいんじゃないですかね?後で博士に言っておきますか」
場所は変わって研究所からかなり離れた所。
辺りは比較的自然が多く、近隣の住宅地からは少し離れた所に空夢と幾仁はいた。
二人はワープ装置によって移動し、この場所に到着したようである。
「座標も間違っていないし。直したって言っていたのも嘘ではないみたい」
空夢は辺りを確認する。
「前回使った時は、座標と正反対の所に送られて、戻って来るまで一苦労でしたし。本当最悪だった」
幾仁はそのときのことを思い出したのか、げんなりした表情をする。
「ぼくはあのときいなかったから後々聞いたけれど、中々大変だったみたいだね」
空夢は苦笑いをする。
「本当に。空夢さんの術で移動した方がマシでしたよ」
「そう言ってくれるのはありがたいけれど、ぼくの術じゃまだ遠くまで瞬時に行けないからなあ」
空夢は幾仁にそう答える。
「もっと便利に使いこなせるように頑張らないと。それはさておき、目的の場所は…ここからそう遠くない北の方角だね。行こう」
「そうですね」
二人は小走りで目的地の方へ向かっていった。
「外の見張りの数は少ないみたい。ここを特定されない自信があるのか、あるいはなにか仕掛けてあるのか」
「能力者は十人程といっても、全員なにの能力を持っているか…。おそらく戦闘系の能力なのは確かでしょうけれど」
目的地である廃工場に着いた幾仁と空夢は、近くの茂みに隠れて辺りの様子を窺っていた。
思っていたよりかは工場の外を見張る人間が少なく、隙をつけば中に入れなくはないといったところである。
「みんな無難な能力持ちばっかりだといいけれど。見たところ外に能力者はいないみたい」
「見張りのほとんどが金属バットとか鉄パイプとか持っているんで、明らかしたっぱでしょう。正面突破でもいいですけれど、流石に人質がいるんで。どこか別の所から入れれば…」
そう小声で会話する二人。
能力者が能力を持たない人間を傷付けることは、法によって禁じられている。
空夢達もそれらを守っており、基本普通の人間がなにか事件を起こしたら、大概身動きを封じる程度に留めることがほとんどである。
今回の事件は普通の人間も多く、いくら自分達が能力を持っているからといっても、大人数をむやみやたらに相手にしたくはない。
そのため入れそうな場所を探す。
「ねえ、あそこは?結構高いけれど、ぼくの術を使えば余裕だと思う」
空夢が指を差したのは工場の上部にある窓。
老朽化によってガラスが既に割られており、入ることはたやすくなっている。
だが外から見ても高さがかなりあり、梯子をかけても到底届かない所にある。
「そうですね。あの高さなら充分だと思います。お願いできますか?」
「任せて!」
二人は見張りの人間に見つからないように、静かに窓の近くの茂みに移動する。
空夢は懐から異なる色や模様や文字が書かれている、カードのようなものを数枚取り出し宙に投げる。
続けて右手の人差し指と中指を立てて呪文を唱える。
「我七瀬、名を空夢の下に力を解呪せん。符術!
空夢が言葉を唱えると、カードのようなものが光った後風が吹き二人を覆う。
やがて収まると二人はそこから消えていた。
いや正しく言えばそこにまだいた。
空夢の家は代々特殊な術などを取り扱う家系であり、空夢自身も日常でそれらを使用している。
先程使用したカードのようなものは、正しく言えば符である。
それで術を使い、術をかけた相手以外に見えないように透明になったというのが正しい。
「これでしばらくはぼくらの存在は周りには分からないから、侵入はたやすいはず」
「ですね。空夢さんの術なら安心して侵入できます」
向き合って会話する様子から、どうやら幾仁と空夢には互いの姿が見えているらしい。
「なんか含みのある言い方にしか聞こえないけれどまあいいや。急いで中に入ろうか」
幾仁と空夢は素早く建物に走って近付く。
窓の真下付近に来た瞬間、思いっきり地面を蹴って跳び上がる。
蹴った時に地面に風ができ、それを利用して勢いよく空中に跳んだ二人は、そのまま廃工場の上部の窓の中に入り込んだ。
廃工場に入り込んだ瞬間に外から声が聞こえてきたが、どうやら二人が侵入したことはバレなかったようである。
侵入して着地した直後、時間切れらしく術が解けた。
そのまま近くに積み上げてあった大きなコンテナの影に素早く隠れて、身を潜める。
「上手くいきましたね」
「なんとかね。もっと持続時間上げないと。それはさておき。ここ足場があってよかったね」
ひと安心とばかりに空夢が言う。
「入ってから言うのもなんですが、足場が無かったらどうするつもりだったんですか?」
空夢に質問する幾仁。
「すぐになにかしら術を使って対処する予定だったよ」
「つまりなにも考えてなかったと」
「あはは…」
幾仁の問いに笑ってごまかす空夢。
(いつも通りの行き当たりばったりか)
そんなことを幾仁は思う。
「そんなことより!見たところ、上の方には誰もいないみたいだね」
慌てて空夢は話題を変える。
「上から侵入するなんてところまで、考えが回ってないのでは?」
きょろきょろと辺りを見ながら幾仁はそう答える。
「多分侵入者がいたとしても、変な所から入って来ないとか思ってそう。というか時雨ちゃんは数十人って言っていたけれど、本当にそんなにいるの?」
「下の方にぎゅうぎゅうになって…はいないみたいですけど」
幾仁はしゃがんで周りを警戒し、手すりの隙間から下を覗き込む。
高さがそれなりにあるため、下の様子ははっきりとは見えない。
だがパッと見た感じ、下にいるのは十数人といったところか。
どう考えても時雨が言っていた人数よりも遥かに少ない。
「多分役割分担されていて、見張り担当と攫ってくる人間担当と…って感じなんだと思う」
「まあ全員がここにいるわけはないですよね。とりあえずどうします?」
周りを警戒しながら二人は小声で話を続ける。
「このまま奇襲をかけてもいいけれど、恐らくチンピラ達はここを根城にして、人質を監禁している可能性が高い。人質を危険な目にあわせるわけにはいかないし、まずは人質の位置の確認と、安全確保を行ってから相手をしよう」
空夢が提案する。
「俺もそれで問題ないと思います。じゃああれを使いますか」
幾仁は制服の胸ポケットから、藍色の装飾が付いたシンプルな指輪の形をした物を取り出す。
それを左手の人差し指にはめた後、左手を丸めて指輪でなにかを探すようにあちらこちらに向ける。
同時に空夢がコミュラを取り出し操作を始める。
幾仁が作業を一通り終えると、空夢のコミュラのモニターに表情された見取り図のようなものに、赤い点が次々と表示されていく。
「この廃工場の見取り図に、幾仁君がその探知機で調べた結果が出たよ。赤い点が人だとすると、やっぱりこの建物内部の下の方に人がたくさんいるね」
モニターを見ながら空夢が解説する。
「左の方入り口付近の赤い点。この点が多分チンピラ達で、右下の方に密集している。こっちの赤い点の固まりが人質の人達だと思う」
そう言って点の集まりを指差す空夢。
「となるとやっぱり警戒しているのは、基本正面の方みたいですね」
「正直色々と抜けがあって助かったよ。意外と早く片付きそう。…なんにせよ人身売買なんてさせない」
「そうですね。…行きましょう」
二人は道具をすぐさま仕舞い、手すりから身を乗り出し、そのまま落下していった。
「アニキ!異常はありやせん!ネズミ一匹たりとも侵入ナシです!」
「そうか。ならいい」
同時刻、廃工場の中に不良集団のなに人かが集まっていた。
隅の方には、捕らえてきたであろう人質達が一ヶ所にまとめられていた。
幼い子供から老人まで全員身体を縄で縛られ、口にはテープを貼られて、喋ることも動くこともできずにいた。
ある者は怯え、ある者は不良達を睨み、またある者はただひたすらにコンクリートの地面を見つめる…そういった光景が見受けられた。
「人質はある程度集まったと思うんすけど、あとどのくらいあつめるんスカ?」
「そうだな…。あと二、三人ってところだな。それだけいりゃあ充分だろう。それよりまだ仕事が残ってるだろ。早く残りをそっちに運べ」
「へ、へいっ!」
背が高くがたいのいいアニキと呼ばれた男性が、部下の男性に指示する。
男性の格好はスカジャンにジーンズ。
髪は刈り上げた金髪に、ピアスに指輪といった身なりをしている。
他の不良達も男性と同じような格好、もしくは不良が好んでいそうな服や髪型の者ばかりだった。
二人が話している所に今度は別の男性がやって来る。
身なりはこちらも同じ。
髪は青髪のロン毛で少し痩せ気味である。
「おいガク。こっちは特に異常はなしだとよ。まあなんか竜巻みたいなのが発生したとか、言ってたやつがいたけどな」
「あん?そいつ寝ぼけてんじゃねーのか?一発ビンタでもかましとけ。…それより手配は進んでるか?ソン」
ガクと呼ばれた男性がソンに問いかける。
「抜かりはねーよ。間もなく向こうさんがやってくる予定だ。世間じゃ身代金目的とかなんとか言われてるが、実際のところは人身売買が目的だと気付かれないようにしてるからな」
ソンは自信満々に語る。
「ココも見つかりにくい所を選んだつもりだし、万が一侵入者でもいようもんなら、罠が作動するようになってるからなあ」
「こいつらはちーっとばっかし可哀想だが、いずれ力を付けて俺達がのし上がるためには必要だからな」
ガクは不気味な笑みを人質達に向ける。
人質達はその表情を見るなり、ほとんどの者が恐怖の表情を浮かべていた。
そんなことを話している刹那⸺。
ドオオオオン!!!という音ともに、辺り一面に強い風が吹き、土煙が舞い上がった。
「な、なんだ!?」
「ゲホッ!ゴホッ!!おいおい!なにが起きてんだ!?」
倉庫内にいた不良および人質達は、なにが起きたが理解できず、ただ混乱するしかなかった。
「アニキ達どうしたンすか!?ってなんだこの風と土煙!?」
外にいた見張り数人も音を聞きつけ、工場の中に入って来ては、現状を目の当たりにして声を上げる。
「空夢さん!術の威力強すぎですって!周りのものまで吹き飛ばすつもりですか!」
「ご、ごめん。加減ミスしちゃった。でも着地は成功したし」
土煙の中から姿を現したのは幾仁と空夢だった。
どうやら着地の衝撃を和らげるために空夢が術を使ったが、加減を間違えて思ったより威力が強くなってしまったらしい。
「お、お前ら一体どこから!?」
突然現れた二人に対して、ガクは声を荒げながら尋ねる。
「どこって。そんなの上の方から侵入して、降りて来たに決まってるでしょ。周り見張りだらけなんだから」
「そもそも警備ずさんだし、上にも人配置しといた方がいいだろ。詰め甘過ぎ」
呆れたと言わんばかりに空夢も幾仁も答える。
「んだと!?ガキのクセに、口の聞き方がなってないようだな」
「そっちは大人のくせして、ロクな育ち方してないじゃん。人生やり直せば?」
ああ言われればこう言い返す幾仁。
「てめえ。どうやら俺達が誰か分かってねえみてえだな」
「知るわけないだろ。あんたらみたいな名も知られていない三下」
「そもそもやることが小悪党臭いんだよね。そんなのでのし上がるなんて無理でしょ。というかぼくらがさせるわけないんだけれど」
相手が不良だろうがはっきりと言い返す幾仁と空夢。
「威勢のいいガキだな。そこまで言ったなら容赦はしねえぞ。お前らボコしてまとめて売ってやろうじゃねえの。おいお前ら!お客さんだ!相手してやれ!」
ソンが言うなり、工場の中に人がわらわらと集まって来る。
そのほとんどが片手に鉄パイプや金属バットばかりだったが、中には銃を持っている者もいた。
それらの前にガク、ソン含めて五人程、なにも手に持たない人間が立つ。
どうやらこの五人は不良達をまとめる側の人間らしい。
「ワリィが、ガキだからって手加減はしねーぞ!殺しはしねえが、痛い目にあってもらうぞゴラァ!!」
ガクが啖呵を切る。
だが空夢も幾仁も特に動じることなく。
「そっちこそぼくらがただの子供だと思っているなら、痛い目見るから」
「もう面倒だから、来るならさっさと来なよ」
だるそうな表情で二人はガク達を見る。
「…いいだろう。やっちまえテメェら!」
そうガクが言うなり、したっぱ達が一斉に幾仁と空夢に襲いかかる。
だが⸺。
「甘い!」
空夢が一度に符をたくさん取り出して言葉を唱える。
「
符が光を放ち、やがて半透明に光る玉へと、変化する。
それがさらに分裂していき、ある程度数が増えたところで空夢がしたっぱ達の方へ手を向ける。
玉は次々と不良達に向かって飛んでいく。
「な、なんだ!?」
光の玉は次々と不良達に攻撃⸺というよりも、下っ端達に当たった瞬間、鎖へと変化し、隙を与えることなく身を捕らえていく。
襲いかかって来たしたっぱ達は、なす術なくあっという間に空夢の術によって捕らえられてしまった。
そのまま地面に突っ伏してしまったしたっぱ達は、動くこともできずにアニキィ〜…などと、情けない声を上げる者ばかりだった。
「お前能力持ちか…。ならなおさら容赦はナシだ。可愛い弟分達をこんな目に合わせてくれたしなあ」
ソンは空夢を見ながらそう尋ねる。
「そうなんだけれどそうじゃないというか…。あながち間違いじゃないよ」
「なにごちゃごちゃ言ってんだ。こっちも能力持ちなんでな。使わせてもらうぜ」
ガク達五人は指を鳴らす。
同時に各々の目の前で、空間がなにもしていないのに波を打つ。
やがてそれが形を変えていき、剣やナイフ、銃など様々な武器に成る。
各々それらの武器を取り戦闘態勢に入る。
「うわやっぱりか。ちょっと面倒くさいかも。悪いけれどぼくじゃなくて、こっちの子が相手してくれるから。それじゃ!」
「ちょ、空夢さん!」
そう言って空夢は術を発動する。
すると辺一面、再度煙に包まれる。
煙が晴れるとそこに空夢の姿は無かった。
「…覚えといてくださいよ」
幾仁は溜息を吐く。
「へっ!口の割に、あっさり逃げやがって。お前のお仲間も大したことなんてねーな」
「悪いが一人になったところで容赦はしねえぞ」
ガクやソンとはまた別の不良らが話す。
「いくぞ!!」
ガク達五人は一斉に幾仁に攻撃を仕掛ける。
先陣を切ったのはガク。
手に持った剣を思いっきり幾仁に向けて振りかざす。
だが。
キイイイイイン!!!
「なっ!お前いつの間に!」
「残念だけど俺もあんたらと同じ、
幾仁の両手には剣が二本握られており、ガクの攻撃を受け止めていた。
二つともグリップや
一つは刃が真っ直ぐ、もう一つは刃が曲線になっている。
具象能力とは頭の中で思い描いたモノを、なにも無いところから現実世界に出すことができる能力である。
ガク達がなにも無いところから剣や銃を出したのも、幾仁がいつの間にか双剣を持っていたのも、具象能力によって出したためである。
ガクの剣を弾き返すついでに蹴りをお見舞いし、幾仁は五人から距離を取る。
「かかってきなよ。あんたら五人相手にするくらい、俺は平気だから」
「言ってくれるじゃねえか。後で泣いても知らねえぞ!!!」
両者共に武器を構え戦闘態勢を取る。
ガク達五人が一気に幾仁に攻撃を行い、幾仁は攻撃を受け止め、受け流し、避け続け…とにかく自分からは攻撃を仕掛けることはせずにいた。
「どうしたあどうしたあ!?オメェもしょせん口先だけかあ!?それとも根性なしかあ!?いっちょまえに口だけ達者でなにもしてこねえ。舐めるのもいい加減にしやがれよ!!!」
「……………」
不良の一人がキレ気味に幾仁へ暴言を吐きながら攻撃をする。
だが幾仁はなにも言わずただ同じことを繰り返す。
「テメェ、なんか言ったらどうなんだよ。ああ!!!?」
流石のソンもイライラが募ってきたのか、幾仁に対して声を荒らげる。
「そろそろか…」
幾仁は勢いよく地面を蹴って跳び上がり、上からガクに斬りかかる。
ガクが幾仁の攻撃を上から受け止めたその瞬間⸺。
ヒュルルルル!!!
「っぶね!!!」
なにかがガクめがけて飛んで来た。
すかさず幾仁の攻撃を跳ね除けそれを避ける。
「な、なんだ!?」
「へえ。反射神経、意外といいんだね。残念、当たらなくて」
「な、テメェ!なにで!!」
驚く不良達の目線の先にいたのは空夢であった。
そしてガクヘ向けて飛んで行ったなにかは、途中で方向転換して空夢へと向かい、それを空夢が手に取る。
それは白を基調とした棒らしき物であるが、両端および所々に宝石や金属の飾りが付いている。
杖⸺というよりも、それを空夢が器用にくるくると回しているところを見ると、杖ではなくバトンのようである。
「ただいま幾仁君。こっちはあらかた片付いたよ」
「思ったよりも早かったですね」
「まあね」
軽く左手をひらひらさせて、空夢は幾仁の元へ合流する。
「おいゴラァ!無視してんじゃねぇ!!テメェ逃げたんじゃねーのか!?」
「え?ぼくは、『君達の相手はこっちの子がしてくれるから』って言っただけで」
「誰も逃げたとか帰ったなんて、ひとことも言ってないけど?あんた達が勝手に勘違いしただけだろ」
なにを言ってるんだという目線を二人は不良達に向ける。
「テメェら…。俺達を馬鹿にしてるのか?」
「そんなつもりないけど。正直あんたらのことなんて微塵も興味ないし」
はっきりと言う幾仁。
「さっきガク向けてそれを投げたのはお前か」
「そうだけど?気付いていると思うけれど、ぼくも具象能力を持っているからそれで出しているんだけれどね」
空夢は手に持ったバトンをくるくると回す。
「お前はこっちのチビに俺達の相手を任せてなにをしてた?」
「さっき君達の前でぼくがやったことを見て、分からないわけ?ぼくが言えたことじゃないけれど、君ら目先のことしか考えないタイプでしょ?まあいいや。ぼくは外とかそこら辺にまだ残っていた人達を捕まえたり。後は…」
そう言って空夢は自分から見て右斜め後ろの方を指差す。
そこは人質がいる場所だったが、ガク達が見ると、人質達は光る透明な壁のような、箱のようなものに入れられていた。
「人質の人達に、危害が加わらないようにしてあげただけだけれど?」
空夢はにっこり笑う。
「さっき降りて来る前に幾仁君と打合せして⸺」
『正直色々と抜けがあって助かったよ。意外と早く片付きそうで。下に降りたら幾仁君は能力持ちの相手をお願い。その隙にぼくが術で人質の保護と能力者じゃない人間を縛り上げる。なんにせよ人身売買なんてさせない』
『そうですね。分かりました。行きましょう』
「つまり一芝居打って幾仁君が君達の相手をしている隙に、ぼくが色々やったってわけ。術で姿を消すくらい朝飯前だし」
「気付かれるかと思ってたけど、全く気付かないとはね。正直あんたらの相手をするのも面倒くさいし、さっさと方を付けて帰らせてもらうから」
空夢と幾仁は武器を構える。
「ククク、アッハッハッハ!!上等だ。他人のテリトリーを土足で踏みにじった挙句、好き放題してくれたんだ。生きて帰れると思うなよ!ガキの能力使いなんざ、大したこたあねえんだよ!!」
ガクが言うと同時に、不良達五人も各々の武器を構え、二人に先制攻撃を仕掛ける。
幾仁が主に剣やナイフを持つガクやソンの相手をする。
空夢は符で遠距離からのフォローおよび、自分にどちらかが向かって来たら相手をする。
残りの不良三人は、全員銃系統の武器を扱っており、三人の攻撃が飛んで来たら、幾仁と空夢は各々の武器で攻撃を弾く。
しばらく戦闘が続いたが、やがて不良達が息を切らし始めた。
「…ゼェ、ゼェ…。クソッ、が…」
「なに、君達もう息切れ?案外集中力ないんだね」
「大方短期決戦タイプだから、必要以上に能力を扱う練習なんてしてない。違う?」
対して空夢も幾仁もピンピンしており、息切れ一つ起こしていない。
これくらい二人にとっては、なんら疲労の範囲には入らないらしい。
「でも流石にぼくも疲れた。悪いけれど、もう君らの相手はこれで最後にさせてもらうよ。君達の行き先は上でもどこでもない、牢の中一択だから」
空夢が符を構えたまさにその瞬間⸺。
「動くな!!!」
「!!!!!」
今この場で戦っている人間でない、誰かの声が辺りに響く。
全員声がした方を振り向くと、そこには二人の人物が立っていた。
「お前ら少しでも妙な真似をしてみろ。こいつの頭が吹き飛んでもいいのか?」
一人は先程ガク達と話していたしたっぱだった。
もう一人は灰色の髪の青年のようである。
だが並んで立っているというよりも、青年の方は気を失っているのか眠っているのか、したっぱに支えられている。
そして青年の頭には銃が突きつけられている。
傍から見ても人質を盾にされていることだけは見て取れた。
「なっ!」
「嘘、どこにいたの!?」
突然のできごとに幾仁と空夢は困惑する。
「お前らが降りて来た時、咄嗟にこいつ共々隠れたんだよ。俺は人質をあっちの方へ移動させてる最中だったからな」
したっぱは嬉々として話す。
「チッ、不覚だった」
「ごめん幾仁君…。ぼくが見落としたせいで」
「空夢さんは悪くありません。それより、これからどうするかを考えましょう」
空夢と幾仁は警戒を解くことなく、不良達の方を見る。
「お前よくやったな!後で褒美をやろう!!さて形勢逆転だなあ。人質を見落とすなんざ爪が甘ェんだよ。おおっと動くなよ!少しでも変な動きを見せたら、こいつの頭なんざ一瞬で木っ端微塵だからなあ!」
そう言ってガク達は気分良く笑う。
(どうしたら…。さっき仕掛けた符を不用意に発動すれば、人質の人に危害がないとも言い切れない。流石にあいつらもそれくらいは気付いているはず。あの人が起きれば、最悪どうにかなるんだけど)
(人質を盾に取られている以上具象能力は無理だ。かと言って他の能力を使うわけには…)
人質、しかも気を失った人間を盾に取られている以上、下手に動けば最悪青年は死にかねない。
そう思うといくら能力持ちであっても、幾仁と空夢も不用意に手出しができない。
「さてお前らが手を出せない以上こっからが本番だ!容赦しねーぞ!」
「………………」
シュン!!
不意に幾仁が具象能力を解除する。
そして両手を上げガク達へ話しを始める。
「俺がその人と人質を代わる。だからあんたらは、俺を好きなだけ殴るなり蹴るなりすればいい」
「幾仁君!?」
思わぬ発言に空夢は目を丸くさせて声を荒らげる。
「…ほう」
「本気で言ってるの!?そんなのいくらなんでも…。それに素直に要求に応じる相手なら、苦労しないの分かってる!?」
空夢は幾仁の肩を掴んで話す。
「分かってます。………俺は別に平気です。傷付くことなんて慣れてますから」
幾仁は無表情かつ、声もどことなく覇気がないまま語る。
「なら、ぼくが!」
「さっきも言いましたけど、俺は空夢さんのこと悪いとは思ってません。むしろ感謝してます。それに相手は気分が良くなってる。絶対どこかしらで隙ができる。だから手数が多い空夢さんに動いてもらいたいんです。俺の能力は…本当に最終手段にしたいので」
空夢を制止するように幾仁は話す。
「…分かった。一つだけ聞くけれど、ただ殴られに行くわけじゃないよね?」
「もちろん」
強張った表情で聞く空夢に対して、幾仁は少しだけ笑みを浮かべて答える。
「いい加減、話はまとまったか?」
痺れを切らしたようにソンが尋ねる。
「ああ。さっきも言ったけど俺が人質になる」
「いいだろう。だがお前を痛めつけた後はそっちの番だ。ワリィがお前ら二人共逃しはしねえ」
「分かったから。その人を離せ」
「ああん?どっちが上か分かってねえみてえだな。てめえの意見なんざ聞いてねえんだよ。さっさとこっちに来やがれ!!」
「……………」
なにも言葉を発することなく、幾仁は一歩一歩と不良達の元へと歩き出す。
辺りには幾仁の歩く靴音のみがこだまする。
(後ろのしたっぱが人質を離すとは考えにくい。幾仁君が殴られている時に銃を持った誰か一人は、ぼくの方に銃口を向けて動けなくするはず。もう勝負に出るしか)
空夢は先程密かに不良達の方に仕掛けた罠を発動させようと、指をクイッと動かしたそのとき。
カッ⸺!!!
「!!!!」
突如として眩しい光が辺り一面を襲い、その場にいた全員が目を閉じる。
そんな中。
ドカッ!キーン!
「うわっ!」
「なんだ!?ゴフッ!!」
シューン!!
「ってぇ!!!」
「ガハッ!!」
(なに?まさか幾仁君が?)
いきなりの強い光に目の前でなにが起きているか分からず、空夢はただ立ち尽くしていた。
鈍い音と不良達の声がし、ソン達が攻撃を受けていることだけは分かったようである。
やがて光が消え空夢がソン達の方を見ると、したっぱ含めて六人が地面に倒れたりうずくまっていた。
銃を持っていた不良達は全員手に攻撃を受けたらしく、各々の利き手を抑えていた。
人質の青年はしたっぱの手を離れ、地面に倒れている。
すかさず空夢が術をかけ、青年および負傷した不良達をそれぞれ結界で覆う。
そして倒れることなく、立ち尽くしている幾仁の元へと駆け寄る。
「さっきの光、幾仁君がやったの?」
「いや、俺が光属性の技を使えないことを知ってますよね?」
「じゃ一体…。幾仁君!あれ」
「!」
なにかに気付いた空夢がそちらの方向を指差し、幾仁もその方向を向く。
「…ッテェ。てめえら、よくも!!」
「ガク、あのガキじゃねえ。あっちを見ろ!」
「あん?…あの女は?」
倒れていたガクが起き上がり、先に起き上がっていたソンが指差す方向を見る。
空夢もソンも指差す方向は同じで、そこに立っていたのは一人の少女であった。
桃色系統の長い髪に、透き通るような綺麗な紫色系統の瞳。
表情も相まってか顔付からは儚さを感じさせる。
服装は髪と同じで、桃色系統の着物のようなワンピースをまとっている。
少女の右手には桜の彫り物や装飾が付いた刀が握られていた。
「…………」
少女はなにも話すことなくただ無言で立っていた。
「お前か?今さっき俺達を攻撃したのは」
「…………」
「なんとか言ったらどうなんだよアァ!?」
少女を睨みつけキレるガクに対して、少女は表情一つ変えることなく、ガクとソンを見据える。
そして刀を構え勢いよくガクに向かって斬りかかる。
攻撃は素早く、むだなく、休むことなく続く。
ガクは少女の攻撃を受け止めるだけで精一杯であった。
「…………」
「クッ!」
「てめえ!!」
すかさずソンが少女の背後から攻撃をしかけるが、少女はひらりと軽くかわして、逆にソンが少女に背後を取られる。
少女は刀を構え直し。
「秘技、
静かに喋ると同時に、少女の周りに大小様々な光の玉が現れる。
少女が持つ刀の刃の部分も光り出し、それを勢いよく振りかざす。
同時に刀を覆っていた光が衝撃波と光線へと変わり、勢いよく放たれ、光の玉と一緒に前方に向かって飛んで行く。
それらをソンと近くにいたガクが食らい、後方へとふき飛ばされ、空夢が出した結界に激突する。
ドオオオオン!!という音とともに、辺りには土煙が舞う。
「ッテテ…」
ふき飛ばされた二人が次に目の前を見た時には、既に刀の刃先が突き付けられていた。
「あなた達の負けです」
「…クッソ………」
少女の攻撃が相当こたえたらしく、ガクもソンも項垂れ、立ち上がる気力すら失ったようである。
「凄い…」
「……………」
空夢も幾仁も一切手出しをする暇もなく、二人はあっさり少女によって倒されたのであった。
「ねえ、あなた一体…」
「私のことよりも先に人質の人達を」
「あ、うん」
空夢が少女になに者かと尋ねようとしたが、少女の言葉によってそれは遮られた。
「空夢さん。博士が既に色々手配しているらしいので、あとはその人達に任せろと」
人質達を縛っていた縄を解き終えて、戻って来た幾仁が空夢に話す。
「そっか。なら先に人質の人達の身元確認をしようか」
空夢と幾仁は人質の身元確認を行う。
「向こうに固められていた人達の身元は、あらかた確認は取れたけれど…」
「…後はまだ寝てるこの人だけですね」
「…………」
三人はいまだ眠ったままの青年をじっと見下ろす。
改めて青年を見ると、服装は藍色系統のローブのような物をまとい、白色のかなり長いマフラーのような襟巻のような物を首に巻いている。
白色に灰色がアクセントのブーツの中に黒のズボンを仕舞ったスタイルで、全体的に動きやすそうな服装…かは分からないが、よそ行きの格好をしていることは確かである。
頭上にピョンと生えたアホ毛に目を引かれる。
「とりあえず起こさないと」
そう言って空夢が青年に声をかける。
「あの…」
「…………」
空夢が青年の体を揺らしてみるが反応はない。
「あの、ちょっと!!」
バシバシ!!バシバシ!!
「………………」
「お、起きない。結構強く叩いたのに……」
そう言いながらも空夢は青年を起こし続ける。
「というかその人生きてます?」
幾仁は怪訝そうに青年を見る。
「息はしてるから、寝ているだけだと思う」
「あんな中目覚めることなく寝てるくらいだし。眠りが深いのか、神経がある意味図太いのか」
呆れたように話す空夢と幾仁。
少女は表情を変えることなく、じーっと静かに見ている。
「とりあえず蹴り飛ばします?」
「それは最終手段にしておこうよ…」
(ツッコむところ間違っているような…)
幾仁の発言をなだめる空夢と、心の中でツッコミを入れる少女。
「ん、んん…。あ、あれ…?」
「あ、起きた」
青年はようやく目を覚ます。
「あの、大丈夫です?どこか痛いところとかありますか?」
「……んー。いや、ないよ〜」
「そ、そうですか…」
青年のどこか気が抜けた返事に、空夢も気が抜けそうになる。
「それよりここは?というか君達は?」
「俺達は知り合いに頼まれて、最近街で人攫いが起きてるっていうから、それの調査っていうか」
「簡単に言うと、犯人グループのアジトを割り出して乗り込んで、さっき捕まえたって感じ…かな?」
「君達が…三人で?凄いね!!」
灰色系統の色をした目をキラキラさせて、青年は空夢達三人を見つめる。
「いや元々ぼくとこの男の子と…ってとりあえずその話は後で。まずはあなたのことを聞かせてください」
「僕のこと?」
「あんた、人質としてここで捕まってたんです。覚えてないんですか?」
幾仁の問いに青年はうんうん唸るが、やがてなにか思い出したらしく喋り出す。
「そういえばこの世界に来たばかりで、そこら辺プラプラしていたんだけれど、背後から電気のような雷のようなものを当てられたような…。気が付いたら君達が目の前にいたんだけれど」
どこかしら他人事のように、のほほんとした喋り口調で青年は語る。
「雷…ということは、雷の技かなにかを扱う人にでも攻撃を受けたんでしょうか?」
「うーん。そうかもね」
少女の問いにも青年はのほほんと語る。
「ちょっと待って。今この世界に来たばっかりって…」
「うんそうだよ。僕はねあっちこっちと異世界を旅している旅人なんだ」
「は?」
「え?」
「………」
ニコニコと話す青年とは対象に、幾仁と空夢は怪訝な顔で、少女は相変わらず表情を変えることなく青年を見つめるのだった。
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