【二十五節.逃げられない】
「ありがとうございました。……短い間ですが、お世話になりました」
朝になり、タクミが玄関で支払いを済ませチェックアウトをした。律儀で誰よりも礼儀正しい彼らしく、丁寧なお辞儀を添えて。
「ありがとうございましたぁ」
「また来たいですわ」
モエもアカネも、その他みんなも笑顔で頭を下げる。みな、とても幸せそうだ。まるで高級リゾートにでも行ったかのように。
「こちらこそ。ありがとうございました。またいらしてくださいね」
トシエも深々と礼をして、宿泊してくれた若者たちに心の底からの謝意を、笑顔とともに伝えた。
「じゃあ、行こうか、みんな。……おーい、行くぞ」
いつまでも旅館の玄関でスマホを構えるカナエたちお嬢様組に、タクミが呼びかける。
「九条、大丈夫か? ……行こう」
「え、ええ、大丈夫です」
ようやく動き出した女子たちを連れて、サークル代表は歩き出した。マコトはというと、無事に帰ることばかり考えていて、余裕がない。
それにしても。
今は夏だ。八月十二日だ。
それなのに、どうしてこんなに雪が積もっているんだろう。
それに、雪は浅いところでも二十センチは積もっている。マコトのスニーカーは初日からずっとびしょぬれだ。でも、前を歩く他のメンバーは、気にしないどころか『気づいていない』かのように歩く。
雪が積もっていることも。歩き方ひとつとっても。
不気味で不気味で仕方がないのであった。
◇
みんなで村の外を目指した。笑いながら、この数日の思い出に浸りながら。
程なくして、村の入口の目印の松の木が見えてきた。
『楽しかった? マコトくん』
隣を歩くヒナが聞いてくる。彼女だけは、いつも彼の味方で居てくれている──はずなのだ。
「いやー、怖い村だったな! レポートをまとめた九条が今回のMVPだな!」
がっはっは、といつも通り能天気に笑うマサル。でもその能天気さに救われることも多い。
「怖いどころじゃなかったですわ、あたくし、怪我までしたんですのよっ」
相変わらず機嫌の悪いアイ。でもその内心は、真理弥村の『夜』の恐怖に晒され、涙している。
「えー、でも、モエ、楽しかったケドなー」
「オレは、モエが行くところならどこだって楽しいぜー!」
モエのぶりっ子も平常運転だ。ケンのバカップルぶりも、平常運転。
「アカネさん、京都に帰ったら、駅の伊勢丹でショッピングしませんか?」
「あら、楽しそうですわ。レストランでパフェ食べましょう」
「あ、それナイスアイデア、賛成です!」
取り巻き組のセレブっぷりは異次元だ。でも、マコトも名家の出。話にはついていける。
「みんな、『暑いからって』倒れるなよ。帰るまでがオカルトサークルだからな」
タクミはいつも頼りになる。だからこそ、怖い。そんなタクミが、この雪まみれの世界で、暑いなんて言ってしまう、そのことが。
僅かな違和感に目をつぶってしまえば。
それは、いつものオカルトサークルの姿に見える。
いつも陽気で明るくて馬鹿ばかりする、いつもの光景に、見えるのだ。
◇
「それにしても……」
雪に足を取られながら最後尾をなんとか歩く、マコトがそう呟いた。
「こんなに遠かったっけ、バス止めた所……」
それにみんな、あんなに笑い合って歩いていたのに、いつの間にか会話が無くなり、無言になっている。
何となく、嫌な気配が辺りを満たしている。
そういえば。
さっきまで聞こえていた鳥の声がしなくなっている。
その時だった。
唐突に金槌で頭を砕かれたマコトは、数歩よろよろと歩いた後、ばったりと昏倒する。
『マコトくん!』
「マコト! 大丈夫っ?」
ヒナとアイが同時に叫んで、駆け寄る。
マコトは、積もった雪に顔を埋めて、初めて認識し直す。これはまたあの頭痛で、あの恐ろしい地獄が迫っているのだと。
「──……!」
「なんですの、マコトっ?」
「……よ、夜が……夜がくる……」
ごーん。
不思議なことに。
鐘の音は、遠ざかっていなければいけないのに『前から』聞こえてきた。
一行は──マコトも含め──聞こえてくる方を見る。
「そんな──!」
思わずマコトは叫んだ。
◇
マコトは、オカルトサークルのみんなは。
たしかに村の外に向かって歩いていたはずなのに。
目の前には村の入口の目印の松の木と、遠くにある赤い屋根の教会が、見えているのであった。
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