【二十五節.逃げられない】

「ありがとうございました。……短い間ですが、お世話になりました」


 朝になり、タクミが玄関で支払いを済ませチェックアウトをした。律儀で誰よりも礼儀正しい彼らしく、丁寧なお辞儀を添えて。


「ありがとうございましたぁ」

「また来たいですわ」


 モエもアカネも、その他みんなも笑顔で頭を下げる。みな、とても幸せそうだ。まるで高級リゾートにでも行ったかのように。


「こちらこそ。ありがとうございました。またいらしてくださいね」


 トシエも深々と礼をして、宿泊してくれた若者たちに心の底からの謝意を、笑顔とともに伝えた。


「じゃあ、行こうか、みんな。……おーい、行くぞ」


 いつまでも旅館の玄関でスマホを構えるカナエたちお嬢様組に、タクミが呼びかける。


「九条、大丈夫か? ……行こう」

「え、ええ、大丈夫です」


 ようやく動き出した女子たちを連れて、サークル代表は歩き出した。マコトはというと、無事に帰ることばかり考えていて、余裕がない。


 それにしても。

 今は夏だ。八月十二日だ。

 それなのに、どうしてこんなに雪が積もっているんだろう。

 それに、雪は浅いところでも二十センチは積もっている。マコトのスニーカーは初日からずっとびしょぬれだ。でも、前を歩く他のメンバーは、気にしないどころか『気づいていない』かのように歩く。

 雪が積もっていることも。歩き方ひとつとっても。


 不気味で不気味で仕方がないのであった。



 みんなで村の外を目指した。笑いながら、この数日の思い出に浸りながら。

 程なくして、村の入口の目印の松の木が見えてきた。


『楽しかった? マコトくん』


 隣を歩くヒナが聞いてくる。彼女だけは、いつも彼の味方で居てくれている──はずなのだ。


「いやー、怖い村だったな! レポートをまとめた九条が今回のMVPだな!」


 がっはっは、といつも通り能天気に笑うマサル。でもその能天気さに救われることも多い。


「怖いどころじゃなかったですわ、あたくし、怪我までしたんですのよっ」


 相変わらず機嫌の悪いアイ。でもその内心は、真理弥村の『夜』の恐怖に晒され、涙している。


「えー、でも、モエ、楽しかったケドなー」

「オレは、モエが行くところならどこだって楽しいぜー!」


 モエのぶりっ子も平常運転だ。ケンのバカップルぶりも、平常運転。


「アカネさん、京都に帰ったら、駅の伊勢丹でショッピングしませんか?」

「あら、楽しそうですわ。レストランでパフェ食べましょう」

「あ、それナイスアイデア、賛成です!」


 取り巻き組のセレブっぷりは異次元だ。でも、マコトも名家の出。話にはついていける。


「みんな、『暑いからって』倒れるなよ。帰るまでがオカルトサークルだからな」


 タクミはいつも頼りになる。だからこそ、怖い。そんなタクミが、この雪まみれの世界で、暑いなんて言ってしまう、そのことが。


 僅かな違和感に目をつぶってしまえば。

 それは、いつものオカルトサークルの姿に見える。

 いつも陽気で明るくて馬鹿ばかりする、いつもの光景に、見えるのだ。



「それにしても……」


 雪に足を取られながら最後尾をなんとか歩く、マコトがそう呟いた。


「こんなに遠かったっけ、バス止めた所……」


 それにみんな、あんなに笑い合って歩いていたのに、いつの間にか会話が無くなり、無言になっている。

 何となく、嫌な気配が辺りを満たしている。

 そういえば。

 さっきまで聞こえていた鳥の声がしなくなっている。


 その時だった。

 唐突に金槌で頭を砕かれたマコトは、数歩よろよろと歩いた後、ばったりと昏倒する。


『マコトくん!』

「マコト! 大丈夫っ?」


 ヒナとアイが同時に叫んで、駆け寄る。

 マコトは、積もった雪に顔を埋めて、初めて認識し直す。これはまたあの頭痛で、あの恐ろしい地獄が迫っているのだと。


「──……!」

「なんですの、マコトっ?」

「……よ、夜が……夜がくる……」


 ごーん。


 不思議なことに。

 鐘の音は、遠ざかっていなければいけないのに『前から』聞こえてきた。

 一行は──マコトも含め──聞こえてくる方を見る。


「そんな──!」


 思わずマコトは叫んだ。



 マコトは、オカルトサークルのみんなは。

 たしかに村の外に向かって歩いていたはずなのに。


 目の前には村の入口の目印の松の木と、遠くにある赤い屋根の教会が、見えているのであった。

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