第30話 ハーメルンの笛吹き

戦争には英雄が必要である


圧倒的な強さと、輝くようなカリスマを併せ持った英雄


その人物が威厳のある声で一声かければ追い詰められた兵たちは、活気付き、勇気を呼び覚まして、再び、銃を手にとり、英雄に勝利のクラウンを捧げるために戦い続ける


戦場で親を亡くした力ない子供達が、いつでも英雄の広いその背中を追いかけてゆく


英雄は子供達の憧れだから、その強さと心に憧れて誰も彼も戦場へと向かってゆく


その姿はまるで伝説の『ハーメルンの笛吹き男』、男は自らに憧れる子供達を連れて地獄の戦争へと直行する


彼は正義を歌う


あるいは理想を歌う


絶望した人間に希望を与える


みんなは彼が歌う希望の言葉に乗せられて何処までもついてゆく


男のゆく道はみんな、藁のように死んでゆく死の旅路・・・、男のようになれないのは、わかっているのに、平和への夢や笛吹きパイド・パイパーへの憧れは止められない


憧れの笛吹きパイド・パイパーの背中を追いかけて、男のようになりたくて銃をとって、銃剣をとって、叫びながら戦場に向かう


そして最後には何も残らない


いつも最後は子供達の死体と、廃墟と、孤独な笛吹きパイド・パイパー一人が残る


私があの日出会ったNo.ⅩⅢ『ディビッド=シン』、『ユナ=ブライド』の父はそういう男だった



「あー、負けちゃったか。まあ、『使徒アポストルス』のいいデータも取れたし、合格ですよ。ゴールドフィンガーさん、あなたは見事に私たちのお役に立ってくれました」


蜻蛉リベリュールという男は苦笑いを浮かべながら、端末をポケットに収めた


蟲のコードネームを持つこの男は、インセクトの幹部なのは間違いない


「フラン、殺さないで。彼は重要参考人よ」


「あら、それはそれは、丁重にエスコートさせていただくわ。彼次第だけど」


「あのー、本当にわかっています?彼は私たちがやっと掴んだ蜘蛛の糸です。殺したら何もなりませんよ」


今にも蜻蛉リベリュールを殺しそうなフランにニーナは頭に角を作りながら、諌める


「怖い怖い。『吸血鬼ノスフェラトゥ』No.Ⅳフランチェスカ=カルンシュタインに睨まれたらちびりそうですよ。でもご期待に添えるけど、僕は戦いませんよ。見た通り喧嘩は弱いんでね」


「ならば、おとなしく手を挙げて投降することです。私たちもあなたは無傷で捕らえたいですから」


「ははは、それはごめんだなあ。お姉さん、さっきの言葉は『僕は戦わない』って意味だぜ」


蜻蛉は腰のホルスターに下げられている、銀色のキャプチャー・チューブを投げた


チューブから光と共に三匹の魔獣が飛び出した


飛び出してきたのは『アシッドスライム』、『メイジマンティス』『キラーウルフ』だ


魔物を盾にして蜻蛉リベリュールは全力で窓まで走り出す


襲いかかってくる三匹を燃えるへーラーで迎撃しながら


「ニーナ!行きなさい。絶対にあの男を逃すな!」


「わかりました!そちらはお任せします!」


ニーナは弛緩性の毒を付与した小型のナイフを具現化する


ーーこのナイフを刺して、動きを封じてからその身を確保する。あなたは私から逃げられません


ニーナが弛緩毒を付与したナイフを投げると蜻蛉リベリュールの肩に刺さる


しかし、蜻蛉リベリュールは傷を気にせずに、止まらない


「アンニョン(韓国語で、じゃあね)」


蜻蛉リベリュールは手を振ると窓から飛び降りた


弛緩毒が効いていないわけではない


飛び降りたという表現も正しくはない


今のは、ただ、重力に任せたまま、窓から落下したのだ


「あっ」


ニーナは窓から外を覗き込むと、下にいた巨大な角を持つ巨大なカブトムシが落ちてきた蜻蛉リベリュールを受け止める


異世界の虫『ダイナスティス・ファントム』


その黒光する装甲は鋼鉄よりも硬く、アンチマテリアルライフルの弾でも弾き返す


その背中には蜻蛉リベリュールともう一人、乗っている


銀髪のその男は先日、ユナ=ブライトと空港で分子破壊銃を撃ち合い、死んだとさえ言われていた


先代のNo.ⅩⅢ


銃使い《ガンスリンガー》


蟲の首領『蜘蛛アレニエ


姉が死んだ日、出会った『ハーメルンの笛吹き男』


彼はダイナスティス・ファントムの上で窓から自分を見るニーナを見て、微笑みながら拍手を送る


「久しぶりだね。ニーナ=カンタ。あの時の少女が実に良い戦士に成長した!」


「ディビッド=シン!!」


ニーナは無数のナイフを具現化させる


ーー敵の首領を発見


ーーここで私が始末する


「お互い、立場がある身だ。それほど、積もり積もった話をゆっくり話せそうにないのは残念。ならばせめて、この曲を聞いてくれ・・・。『ワルキューレの騎行』だ」


羽を使い飛翔するダイナティス・ファントムの体から二丁の機銃が飛び出した


ズガガガガガガ!!!!


ダイナスティスはニーナ達がいる屋敷の3階に向かって一斉放射を開始する


ダイナティスの上でディビッド=シンこと蜘蛛アレニエはまるで、オーケストラの指揮者のように銃弾の雨の指揮をとっていた


銃撃で指揮を執る、その行為は狂人そのものだが、あまりにも彼の嫋やかな仕草に逆にそれはまるで本物の優雅な音楽を奏でている名指揮者のようにも見えた


ニーナは身を屈めて機銃の掃射をやり過ごす


しばらくして、台風の目に入ったように銃撃の嵐が過ぎ去った


見れば、蜘蛛アレニエ蜻蛉リベリュールの二人を乗せた『ダイナスティス・ファントム』は東の空に向かって飛んでいる


なぜだ?


あのまま、機銃を掃射していれば、吸血鬼のフランはともかく、確実に自分を殺せたのに


蜘蛛アレニエはあえて、それをしなかった


空港で、気を失ったユナの息の根を止めずに立ち去ったのもそうだ


だが奴が何を言いたいのかニーナにはわかる


ーー君もユナも私に生かされているのだよ


ニーナは悔しそうに床を拳で殴った


傷ついた拳から血が流れて落ちる


「お前などいつでも殺せると言う事か、今の私達は敵としてさえ見ていないと言うことか。今度は私たちをどこに連れてゆくつもりなの?笛吹きパイド・パイパー


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