11.ここからなのに、もったいな〜♡

 生徒会長・雨粒結夏の順位が下落。


 この衝撃的な事実は、広報委員の手によってその日のうちに学校中を駆け回った。


 しかし、それだけではない。


 "謎の天才転入生、嵌勝紅真の噂"も見出しとなり、校内新聞として知れ渡ってしまった。


 それから一日も経たずに、彼をひと目見ようと二年一組の教室を訪れる生徒が現れ始めていた。


「ねえねえ、あれが嵌勝紅真って子? めっちゃイケメンじゃない!?」


「うっわマジじゃん! しかも頭もいいって完璧じゃない?」


(面倒なことになってきたな……。に従った俺が馬鹿だった)


 後悔は既に遅く。

 紅真は現状に焦りを覚えていた。


 ――だが、それは彼女も同じ。


 結夏は心では憤怒の表情を浮かべながらも、表の顔には仏を宿して生徒会室へと向かっていく。


 全教科満点なんて、絶対に何かの間違い。大方、キタガキがまた酔っ払いながら適当に採点したのだろう。


 だから結夏は、直接対決でどちらが優秀かを見せつけるつもりだ。


(ぜったいぜったい、ぜぇーったいに立場をわからせてやるんだから。覚悟してなさい、嵌勝紅真!)


「……なんだか冷えるな」


 紅真は体をぶるっと震わせた。


 あの日以来、彼には気の休まる時間がほとんど無くなっている。


 いつ何時にも誰かが見物に訪れており、幼い頃に遠足で出かけた動物園の、猿の悟ったような表情が妙に鮮明に紅真の脳裏に浮かび上がってくる。


 それでも、彼と関わろうとする者はいなかった。


 彼自身が避けてきた結果ではあるのだが、それでも少しは後悔している。


(……今からでも、遅くはないか?)


 紅真は机に肘をつき、手のひらで顔を支えて教室を見回す。


 はしゃぎながら部活に向かっていくサッカー部たち。

 新しくできた友人と話しながら荷物を纏めている小山未畑の姿。


 近づこうとすればまた、あの声が聞こえてくる。


『どうせ俺のこと、見下していたんだろ?』


 過去の出来事に蓋をするかのように、鞄に教科書を詰め込んでジッパーを閉める。


 紅真が帰路につこうと立ち上がると、隣の席の優男は頭を抱えて声を上げた。


「あぁ〜もう、全っ然わかんねぇよぉ! 数学とか考えたやつ、今すぐ俺の前に来て土下座しろって!」


 男の机には、赤文字で4点と書かれた答案用紙と数学の教科書、参考書が乱雑に並んでいた。


 紅真の視線に気づいた男は、耳に掛けていたシャーペンを手に取るとくるくると回し、まるで拳銃のように自分の答案用紙に芯先を向けた。


「なあ君、頭いいだろ? 暇だったらでいいからさー、ちょーっとだけ勉強教えてくれねえ?」


 申し訳なさそうに笑う優男。正直、関わり合いは避けたい所なのだが……。

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