TSおじさんのデスゲーム満足死道中

覚絵テネ

#100ボーパルバニー・ウィンターフェス

序章

 ヒトが、自分は世界の『主人公』じゃないと気づくのはいつ頃だろうか。

 演劇で木の役を任された時?話題の中心に上がれなくなった時?かけっこで一位になれなかった時?テストで100点を取った時?なんであれ、大抵の人は成人するまでに自分が世界にとって『端役』であることに気が付く。存在理由に思い悩みながらモラトリアムを過ごす。そして、自分なりの結論を見つけ、社会を立派に生き抜いていく。

 けど、『端役』ですらないと気づいてしまう連中もいる。

 金野るきあ、28歳。仕事は冷凍食品工場の作業員。ロボットより安い労働力として、平日は一日中冷食の入ったトレーをレーンに運んでいる。こんな仕事は誰にだってできる。学生の方が作業効率がいいくらいだ。

 るきあは知っている。自分は社会にとって端役ですらない。自分が消えたとしても誰も困らない。


 存在意義は、ない。


 帰りのバスの席に着く。

 9800円のイヤホンをつけ、スマホから動画サイトを立ち上げる。

 

(きた、きた...!)


 画面の中で繰り広げられているのは合法の殺し合い。すなわち『』だ。カメラが二人の女の子を捉えている。一人がチェンソーをふかしながら、もう一人を壁際に追い立てていた。追い詰められた女の子は涙ながらに許しを乞うが、多分世界で彼女以外は全て彼女の死を望んでいた。

 クロスした両腕に刃が食い込む。悲鳴とともに赤色が画面を染める。その光景をるきあは食い入るように見つめている。平然と殺しをした女の子の名前を調べ、『いいね』ボタンを押す。


「可愛いのに勿体無い。...勿体無いから見る価値があるのか。ジジイが死ぬところなんて誰も見たくねえしな。」


 学生時代に興味本位で見たデスゲームは気味が悪かった。命を粗末にする参加者も運営、視聴者の心理が理解できなかった。今ならわかる。るきあのような『端役』ですらない人々にとって、真っ当なサクセスストーリーは響かない。むしろ、デスゲームの陰惨さの方がよっぽど響く。

 なぜ人々がデスゲームに惹かれるのか? それは、日常では得られない「生きている実感」を与えてくれるからだ。賞金何億もの夢と、死のリスクを冒すことで、誰でも『主役』になるチャンスがある。


「鶴川、鶴川ですー!降りる人は降りてくださいねえ!」


 運転手の少女の声に興奮を遮られ、るきあは礼を言わず降りる。寒空の中、家まで15分。電柱の広告を見ながら歩いていると今の世情がわかるようだ。


『どうせならKawaii方がいい! この夏こそTSしよう!

新型TS薬 176,000円〜 効用保証つき 560000円〜

希望通りの顔にならなかったら全額返金!』


 TS薬の広告。これは毎日のように見る。一瓶の液体を飲んで、あとは寝るだけで美少女の体に生まれ変わっているという代物だ。飲むだけで一生ルッキズムに苦しめられることはなくなる、ということでるきあは割とすぐにTSした。筋力が下がったし、些細なことで感情が揺れるようになった。それでも前みたいに鏡も見れない、自分の声も聞けないよりはマシだ。後悔はしていない。

 さらに別の広告。


『デスゲーム運営会社 ■■■■■ 業績好調につき運営スタッフ募集!

 美少女だけのデスゲーム!

 世の中に新しい価値を生み出し、世界中の人々にスリルと感動を届けませんか?

 もちろん参加者も大募集です!』


 デスゲーム企業の採用広告。今ではパチンコよろしく『そういうもん』として受け入れられている。一時期、規制の声も上がったが、ブームは止まらない。さらに、最近■■■■■みたいなゲーム性重視の企業が増えてきたのは喜ばしい。


(帰ったらアーカイブ見て寝るか...明日は遅刻しないように、2時には寝て...いや仕事だりぃな。いや、そもそも何で仕事なんてしなきゃなんねーんだ。)


 るきあの仕事に誰も期待なんかしていない。続けたところで日銭にはなるが、それだけ。社会的成功も喜びも待ってはいない。


(てかさ...デスゲームの賞金...毎回何億とかもらってなかったか?参加条件は見た目美少女ならいいはず...いや、観戦履歴があると参加できないゲームもあるんだっけ?OKなところがいいな。冷静にやれば誰でもクリアできそうなゲームが結構あったし。)


 どうして今まで思い浮かばなかったのか。それだけあれば働かずに暮らせる。どうせ長生きする気もない。

 るきあは昔から妙な方向に思い切りが良かった。参加に必要な情報と手続きをさっと済ませていく。もう夜7時だったのに電話が繋がる。......AIだった。必要な情報を手早く伝える。

 

「非常に高い命の危険があることは理解しておられますか?」

「はい。」

「行われる行為は法律や保険の適応外となりますが問題ございませんか?」

「うん。」

「それでは、鶴亀駅前でお待ちしております。」


 あっさり決まった。人の命に関することなのに。るきあの命が軽いだけか?それとも、みんな誰が死のうとどうでもいいのか。

 ともかく、金野るきあ...識別名:ルーシー。働くのが嫌なのでデスゲームに参加する。




 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る