二日目-処刑と探索

 あらゆる人間にある価値とは何だろう。肉体労働?性の対象?バステトの結論としては人間であることだ。勿論人間は皆尊いという話ではなく、人体実験に使えるという意味で。500億円稼ぐ金持ちでも、道端の乞食も、同じ毒を注射すれば同じ死に方をする。


 バステトは治験のための施設に生まれ、18歳の誕生日までに全身から血を吹き出して死ぬはずだった。その運命を変えたのは、16歳の時、検査をすり抜けるドーピングを研究する部署に回された時だった。


実地研究の一環としてデスゲームに参加させられた。退屈なゲームだった。簡単すぎる……という意味ではなく、どっちにしろ死ぬ、という意味で。そこでチーターだのなんだのと蔑まれるのは辛かったし、ゲームのたびに拒絶反応が増していつ死ぬかわからなかった。

 体中が痒くて堪らないのに、搔くとそこがミミズ腫れのように盛り上がり、破裂して血が出るのだ。


 苦痛の極まったある時、羅刹と組んだ。


 初めて感じたのは同情。デスゲームに特化して生まれてきたとしか思えないその才能のスパイク。こいつもきっと、私と同じでロクな人生を送っていなくていつも死ぬか迷っているんだろうと思った。けど、時折見せる――胸を締め付けるような必死さ。デスゲームに参加してなお、同情とか良識とかそういうものを捨て切れない中途半端さ。


 ゲームを終えた晩、ずっと彼女のことが忘れられなかった。彼女にまた会うことを変えられると、度重なる実験にも耐えられた。ソレどころか薬に体が適応し始め、18歳の誕生日を迎えても死ぬどころか、青白かった肌が赤みを帯びて、研究員からも貴重なサンプルとしてみなされるようになった。


『ふざけるな』


 大好き♡好き好き♡あなたと出会って私の人生は変わりました♡


 ………いや、これはちょっと違う。テンションとか。

 まあ何はともかく、羅刹はバステトの人生にとって重要なキーマンでなくてはならなかった。今の殻を破るための生贄になってくれるのか。ずっと追いかけていられる、見上げるだけで救われた気持ちになる綺羅星であってくれるのか。


 あるいは、ふさわしい終わりをもった死神になってくれるのか。次は何をくれるのだ、チートがいけないことだと教えてくれた人。明日に意味を与えてくれた人。


 『ふざけるな』


☆ 

 

「ふざけるなああアアアアア!お前この野郎てめ、そんなところで死んでいい人間だと思ってるのか!?お前に憧れてこのゲームののめり込んだやつが何人いると思ってる!?」


 ふざけるな、と3度言っても全く言い足りない。


 怒りと絶望の入り混じった顔でバステトは叫ぶが、羅刹はただ目を逸らすだけだった。


「追いかけてくれた子たちには悪いけど。おじさんは結局、人生に何も感じられなかった。こんな影の世界でわずかばかりの賞賛を受けようが、史上二人目の100回クリアを達成しようが。実際おじさんは誰も助けず、誰も愛さず、何も残さなかった。」


「ふざけるな!私に生きてて良かったって、思わせてくれたのはお前だ!責任を取れよ!今日まで生きてていいって思わせた責任を取れ!」


「そっか。でもごめん。『社会的に正しくない』これでおじさんは結局耐えられないんだ。」


「おい、血が……」


 羅刹の足元には浅い血溜まりが出来ていた。その源泉は、包帯に包まれた手首、それに両方の太腿だ。そして、首元にナイフを当てる。


「らむねみたいな死に方、おじさんはごめんだ。自分自身で死を選ぶ……って、最悪だなこれ。真人間にもなれず、ゲーマーにもなれず。はは、中途半端な終わり。」


 ナイフを振り抜かれ、その軌道に沿って血が飛び散る。羅刹はテーブルに突っ伏し、二度と起きることはなかった。10分間、羅刹の周囲を毒霧が渦巻いたが、彼女が何のリアクションもするはずはなく。


「羅刹……おめぇ、そりゃねーぞ。」


「極まったゲーマーも凡ミスで負けるのは良くある話ですが……いや、これそういう話ですかねぇ?もう自殺ですねぇ。味方がかわいそ……」


 冷めた目が羅刹の亡骸に突き刺さる中、一人、確かな決意を固めるものがいた。


(わたしに、ゲーマー云々はわからない。けど、わたしは羅刹さんの死に加担した。これは事実。)


 タンザは、袖の中で拳を握る。


(……羅刹さん、らむねさん……誰かを死なせた分は、生きなくては。)


 責任感、なんて高尚なものではないが。そう思い込もうとしている。


 ☆

 

 探索時間。プレイヤー達は議論を続けるより、確たる証拠を求めて洋館を彷徨うことにしたようだった。

 タンザは……


 ▷武器庫に行く


 これはタンザの意思というより、ほぼ強制だった。かきりが『人狼とみなされたくなければ続きたまえ』と強引に、バステトを除く生存者5人を引きずって行ったのだ。


 凪羽は一応バステトに気遣いの言葉をかけていたが、バステトは目の焦点があっておらず、言葉にならないうめき声を漏らしたかと思えば不意に泣き出すことを繰り返し、使い物にならなかった。


「さぁ、残りの爆薬を処理してしまおうか。一人決まった分量を持ってくれたまえ!」


「強引ですねぇ……」


「ま、ええんじゃねぇか!誰かが音頭を取らねぇと集団行動なんてオラたちにはできねぇしな!」


 この屋敷で唯一換気扇のあるキッチンへ爆薬を運び、水と混ぜながら少しずつ流していく。


「………大丈夫ですかね………下水管で爆発したり………」


「フン、中世の爆薬をなんだと思ってるんだい?どれだけ気をつけても気がつけばシケって気が付かなくなる代物だとも。」


 余裕で講釈を垂れるかきり。

……なんだか、その所作に違和感を覚えたが。


▶ちんもく


……あまり踏み込みすぎないのも賢さか、と思って辞めた。



 ▶植物園を見る


「めちげぇねーぞ。ここが火元だなぁ!」


 凪羽が手に持っているのは、蝋燭、焼き切れかかった紐だった。


「ローソクに火を付けて傾け、それを紐で支えるんだ。そしたら、時限発火装置の完成っちゅうわけだな。」


「なんで時限にする必要が……?」


「さあ、それはわかんねぇけど、植物園から火をつけた理由ははっきりしてっぞ。」


「ああ、羅刹さんたちの個室がある北の部屋から………対極に……」


「そういうこったな。」


 次に目をつけたのは、熱のせいか萎びかかっている植物たちだった。


「この植物は……」


「あんまし、触れねぇほうがいいぞ!右にあるのは全部有毒植物だなー!左にあるのが、解毒に使える植物だ。」


「へぇー。……体が爆発する毒とか…………」


「なわけねーだろ。精々神経毒しかねぇーよ。」


 内心呆れているのだろうが、それでも凪羽は可笑しそうに顔をほころばせた。植えられている植物は紫だったり青だったり、果肉が異様に厚かったり、ときおり動いていたり。ともかく、不思議な色合いや形。タンザとしてはわりとマジで聞いたのだが。


「こっちは処分しなくていいんですか?」


「それも山々だけんど……ホラ、治療用の薬草がもう既に幾つか持ってかれてるだろー?開幕早々持っていった奴がいるみたいだ。」


 指さした方向には、根っこごと引き抜かれた鉢植えがいくつか放置されていた。羅刹の仕業だろうか。


「持って枯れたのは薬草だけんど……薬と毒は紙一重。薬草でも人を殺せるし、毒草でそれを中和できることもある。だから……なるべく殺したくねぇ……」 


「殺す……?」


「あ……言い間違えとかじゃねえぞ?元々オラ、こう言う植物どもが唯一の友達でなぁ。見てると優しい気分になれる気がする……こんなに元気な植物を殺しちまうのはちっと嫌なんだ。」


「なるほど……。詳しいんですか。」


「ああ、ちっとな。おめぇ、興味があんのか?」


▶はい


「へぇ、じゃあオラの部屋に来いよ。無害で、役に立たないが………そんだけに綺麗な花がいっぺぇ用意されてんだ!」


「………花………」


「クイズ大会でもすっかぁ!」


凪羽の誘いは2日連続だ。断るのがさすがに申し訳なかった。しばらく、クイズ大会を楽しんだ……



「問題だぁ!『エリオディクティオン・カリフォルニクム』はどっちだぁ!?」


 凪羽が示したのは2択だった。金色、背が高く、刺繍のように凝った模様を持つ花。まるで芸術品のようだ。名前の仰々しさとマッチしているように見える。一方は……小さな白と紫の花だった。その辺りに生えていそうで、名前からは似つかわしくない。

 

▷普通に考えれば前者?

▶︎いや、逆の逆をついて……


「………この立派な花が……エリ……なんとか!」言うと、凪羽は口をぽかんと広げた。やったか、とタンザの口元が緩む。


「はっはっは!そう答えるよな!………ハズレ!こっちの小さな花がエリオディクティオン・カリフォルニクム。聖なるハーブ、とも言うな。人も花は見かけによらねぇってこったな!」


「………騙された………」そう言いつつも、タンザの表情はすっかり和らいでいた。 


「はっはっは!残念賞に今日はこれをやるぞ!」


「綺麗な……」


「ダリアだ…………」ダリア。それを手渡して、凪羽は暫くこちらを見つめている。………何?告白?花言葉は確か……なんだっけ?愛とかじゃないよな?


「………や、なんでもねぇ!オラはもう少し植物園を見守ることにするよ。オメェはどうすんだ?」


「あ、えっと……墓場にでも行こうかと……」


「そっか。」


 タンザの背中に凪羽が声かけた。


「もし、だ。」

「はい?」

「もしどっちが生き残る、みてぇな話になっても……オラはオメェのこと嫌いじゃなかったからな。」

「……?」


 真意が判らず、後ろを振り向く。凪羽は蝋燭の下で、じっと小さな鉢植えを見つめていた。


凪羽との関係性が……深まったのだろうか……?


♥2/3


ひとまず、ダリアの鉢植えは昨日もらったオジギソウの鉢植えの隣に置くことにした。


▶墓場に行く


 一階の北、石造りの扉を開く。


 するとまるで真冬のような、痺れるような寒気が顔を撫でる。保冷のためだろうか。タンザは思わず目を瞑った。


 一歩一歩を踏みしめるように、よろめくように歩く。

 部屋の中には、9つの棺が等間隔に配置されていた。そのうち3つには白い花が添えられていた。。らむね、エドウィン、羅刹の遺体が入っているはずだ。


 順に重い石の蓋を明けてゆく。


 …ぎ…ぎ……ぎ。


 蓋の中には、たくさんの花とともにらむねが眠っていた。純白に染め上げられた肌、穏やかな微笑みを浮かべたまま、長い髪すら全く動かす静止している。美しい……生者にはありえない美しさ。タンザは筋肉が悲鳴を上げるのを感じながらも、一息に棺を閉じた。 


「弔いとは関心関心。君は何教?ボクはスパモン教。神は居ない、その結論が最も合理的。」 


「ひっ!?いつのまに!?」


「元からいたんだが……」


 呆れた顔で頭を降るかきりが居た。


「あまり死者に近づくのはオススメしないよ?『自分も』と思わせる魔力がある。ボクらにとっては、とくにね。」


「……」


「弔いたいなら、勝ってあげることだ。なにしろ敗者は死んだ上で改めて首吊りさせられるわけだし。」


 棺から目線上げると、手を差し出しているかきりが居た。


「……自分で立てます……」


「いやいや、手を貸させてはくれないか。ボクはキミを最も信頼している……そこで、キミも僕を信頼してほしい。どうだい?」


 タンザはしばし、棺を見つめて思案した。

 ……末に、かきりの手を取った。

 


▶食事にする


1日2食のせいか、タンザの腹はぐうぐうと不満を訴えていた。


……空腹でうっかり口を滑らしてしまうかもしれないし、また食事に来る人達から有意義な話を聞けるかもしれない。


 食堂の敷居をまたぐと、GMが待ち構えていた。『ようこそ、食堂へいらっしゃいました。この部屋、この時間に限り、新鮮で安全な食料であることは保証します。』


 思ったより量が少なかった。品の良い料理が並んでいるのだけれど、初日のような豪華さも量もない。


『初日の食事はほぼ羅刹様が制作したものでしたので。冷蔵庫には新鮮な食材をストックしてありますから、よろしければ。』


「……羅刹様があの量を拵えられたのですか?一人で?……ほぼ探索できてないのではー……何しにきたのです、あの人……切に……」


 テーブルに座っているのはバステト一人だった。ナイフの柄で豆をつつき、転がる様を見て時々笑っている。

▶みてみぬふり

 タンザは端っこの席で、手早くぬるくなった食事をかきこんだ。



『皆様、まもなく夜時間になります。人狼の方以外は部屋にお戻りを……』

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