妹と鼠とガンマンと謎の少女と
識別名:ラットは、かつて悪役に憧れていた。冷酷な決断力、常人離れした精神性に心を奪われ、「自分なら殺人だって平然とやってのける」と信じていた。だから青年の体を捨てて、少女になり、デスゲームにやってきた。だが、殺し合いの現実は想像を遥かに超えた。
目を覚ますと、傍らにはテーザー銃。ボウガンとスタンガンを組み合わせたものを想像してもらえればいい。手にした瞬間から胃腸の緊張が止まらなかった。ゲームでは何度も人を撃ったのに、実際に背後から足音が聞こえた時、まるで体が動かなかった。
拳で後頭部をぶん殴られ、のしかかられて首を絞められた。相手の指が寒さでかじかんでいた隙をついて、無我夢中で逃げた。気づかなかったが、テーザー銃は落としてしまったらしい。
今は木の洞に隠れているが、それで時間を稼ぐにも限度がある。
ざ、ざ、と敵が歩み寄ってくる。落としたテーザー銃を構えて。これから無力化された自分に何が起こるのかを察して、尿が漏れる。心臓が跳ねる。……その時。
ふわり、とテーザー銃の射線に、誰かが割入った。体格が良いわけではない。むしろ華奢だし、肌も不健康に白い。しかしラットの臆病さは、一目でその脅威を見抜いた。
目の前にいるのは悪鬼の類。100回挑めば100通りの方法で殺される。100回逃げても、やはり100通りの方法で殺される。遭遇した時点で命は諦めなければならない不条理の化身。
鬼よりも恐ろしいそんな彼女は、ネイルがついた指先を、ぷるんとした唇に当てて笑った。
「安心して、取って食おうってわけじゃないんだから。ほら、出てきておじさんと話してよ。」
『おじさん』を名乗る少女はラットと襲撃者双方に呼びかける。年下をあやすような口調が却って恐怖を誘う。危ない、と思った。テーザー銃を持った襲撃者が大人しく従うはずがない。
しかし、襲撃者は大人しく手を上げて出てくる。『おじさん』は手を叩き、牙を剥き出して笑った。
「おじさんは羅刹って言うんだ。突然だけどさ……組まない?」
☆ カメラ:羅刹
私見だが、美少女は素晴らしい。
外見・行動・精神性がどんな蛆虫であろうと、美少女なら価値がある。
ミスが多い?美少女ならドジっ子。
口が悪い?美少女ならツンツンっ子。
オドオドしている?美少女ならジメジメっ子。
美少女であるということはその全てを肯定してくれる。
できるだけ優しく集めた四人のおじさん。本来むさ苦しいイベントでも、彼らがTS美少女なら一気に華やかになる。
「……めちゃくちゃ寒くない?」
「薄手のワンピース一丁で、下着すらないからね。なんでこんな衣装なんだ……?」
赤髪と白髪が困惑混じりに会話を始めた。
ちなみに答えはEROです。視聴率を稼ぐには、えっちな服を着せるのが一番てっとり早い。日本人はいつの時代もみんなロリコンなのだ。
「あ?テメエ睨んでんじゃねえよ。」先の襲撃者...金髪が、襲っていた青髪の少女にガンをつける。
「......っ。そ、そんなつもりないんだけど。被害妄想...。」
「はーーー?テメエ■■■がぶっ殺すぞ!」
こういう見苦しい喧嘩も、美少女なら眼福。
羅刹が集めたのは四人。金髪に青髪、白髪に赤髪。奇跡的にみんな被っていなかった。
彼女らは羅刹と同じような元男に違いない。全員が全員、美少女なんだけれども___トレースしたかのように同じ骨格の持ち主だった。安価なTS薬は体型の種類が少ない。服装は共通。共通して妖精のようなワンピースに、もこもこのうさ耳が重力に負けて垂れ下がっている。
舐め回すように見ていたら、先の赤髪が苦言を呈する。
「あの、えっと、話を進めてくれないか?」
「あ、ごめんね。」
ふるふる、と羅刹は頭を振って髪と耳に積もった粉雪をふるい落とす。
「皆に集まった理由はもう話してるけど、納得頂けたってことでいい?嫌なら曲がれ右してもらっていいよ。別に背中撃たないから。」
誰も逃げるものはいなかった。
このゲームの最終生存可能人数は五人。ならば五人でチームを作るべき____というのが羅刹の言だった。先の補給ポイントに付いた女の子たちはひとまずこれを飲み込んでくれた。戦闘になるリスクもあったが、取らなかったリスクは後で雪玉式に大きくなって降り掛かってくるものだ。
最初に見つけた赤髪だけまだ不安そうにしていた。
「チーミングになったりしないかな?後で裁かれない?大丈夫?」
「大丈夫だよ。バッドマナーには当たらないって、九九回勝ち残った私が言うんだから間違いない!」金髪の疑問に羅刹はグッドサインを突き出して答えた。
「……まぁ、あんたに反論する気は起きない。強そうな人と組めるなら万々歳だし。」
幸い、みんな大人しく説得することができた。
けどいい話ばかりでもない。ここに集まった5人は全員ニュービーのようだった。羅刹はむしろニュービーをキャリーすることにしているが、四人全員というのは困る。だって、羅刹がリーダーをする流れになってしまう。
「それじゃ……君にまとめ役をしてもらってもいいかな?」
「え、アンタを差し置いて僕かい?無理だ、無理無理!」
羅刹は金髪にふっかけてみたが普通に断られてしまった。まとめ役、というのは苦手だ。戦犯率高いし。適当に回数重ねているプレイヤーがいれば、『君にはセンスがあるから〜』とか言ってそいつに押し付けられたのだが。かと言って仲間リセマラをするほどPKに積極的でもない。
「しゃーない、覚悟きめましょう……おじさんは羅刹と言います。探索戦闘狙撃一通りやれるので、穴が空いたら埋める感じでいきたいと思います。デスゲームに参加するのは百回目。」
「ひゃ、ひゃく?」ラットが目を丸くする。
「ふふ......自分で言うのもなんだけどトップランカーだから、ついてくればキャリーしますよん。」
百回。改めて言うと周囲からの目線が変わる。みんな信じてくれたようだ。ああ気持ちいい、ゲームうまいだけで美少女からめちゃくちゃ頼られるこの感覚。
「それじゃあ順に自己紹介をお願いできます?最低でも名前は教えて欲しいっすね。あとは.....疑問があれば何でも言ってください。できる限り答えさせてもらいますから。」
自己紹介なんてまるで合コンみたいだが、だからこそ良い。『どうせ死ぬならやりたい放題』でデスゲームに来るやつは結構いる。だが、互いの背景を知れば情が湧き、裏切りの可能性が減る。
右端の赤髪が手を挙げた。すらっとしていて目鼻立ちが凛々しい。恐怖を隠すためか、必死に胸を張っているのでワンピースが上に引っ張られている。何より、右手に固く握りしめた黒く固い、触れずとも重量を感じさせる一五cmくらいの銃。識別名:コメットパンチ。部品数16の名前もない安価な大量生産品。後生大事に抱える品でもないと思うのだが。
「赤燐だ。某FPSのランカーだから、撃ち合いなら自衛隊にも勝てる自信はある。早速、変なことを聞くかも知れないが...」
「どうぞ遠慮なく。」手を差し出して発言を促す。
「私たちって、ホントの本当にデスゲームの中にいるのか?」
「そりゃそうだと思いますが。」 羅刹は意味を掴めなかった。デスゲームじゃなけりゃなんなんだ。
「ええと、一攫千金のデスゲームなんてテレビの中でしか見たことがないし……。」
「あー。」
彼女の気持ちは理解できる。無差別殺人がむしろ推奨される。そんなルールの元で回っているデスゲームは現実感がないかもしれない。まあでも、早めに適応しないと死ぬのは彼女だ。あるべきではない希望を切り捨てる。
「ここに来るまでに書類を2枚書きましたよね?現実です。他のプレイヤーを45人殺すまで元の生活には戻れません。」
「......う、嘘だろ。」
「あと警察も裁かないんで。救出とかも期待しないでくださいね……気持ちは分かりますが。」言葉では同情したが、覚悟を決めてもらうしかない。
「いや……そんな、うそ…うそ…」
最初は脅すような低い声だった赤燐だが、次第に声が掠れて最後は震えてしまった。底が見えた瞬間、ケケケ、と金髪の少女が嗤う。
「何だ、何がおかしい!」
「いやァ、可愛いなって思ってね。俺……いや、私はルーシーって言うの!」
その言葉を聞いて羅刹は思わず首を傾げた。これまでドスのきいた声で喋っていた金髪が、いきなり乙女のように『きゅるん☆』としたからだ。すげぇ切り替え。
金髪の少女____ルーシーは赤燐の怒りを身もせずにあしらう。相手は拳銃を持っているのにすごい度胸だ。ショートヘア、雪にも負けず機敏に動く体が元気な印象を形づける。おまけにアボカド大の球体______手榴弾を野球ボールのように弄んでおり、元気通り越してハチのように危険な印象があった。
「ゲームは2回目だから、基本は分かってるつもり。上級者でしょ?そこの赤毛と違ってお姉ちゃんにどこまでもついてくよ!」
「……お姉ちゃん?」
「うん!一目見てわかったの!羅刹さんはお姉ちゃんだって!」
あー、そういうキャラでやっていくのか。無理のあるキャラ付けだが、追い詰められた人間というのはすんごいから、まだすんなり受け入れられる。
「キッショ.....。」ラットが敵愾心のこもったつぶやきを漏らしたが、幸い届かなかったようだ。
「度胸だけは負けないよ! あたし、役に立つから!」ルーシーのウインクは、妹のような愛嬌と危険な魅力を放つ。羅刹はあざといのに弱い。
「...よーし、任せろください。」
ともかく、非常時には慣れているようだ。ルーシーの質問は単純だった。
「でっかく稼ぎたいなー。賞金ってどうすれば上がるのかな?」
「単純だよ、活躍したらいい。このゲームはエンタメなんだから。」
羅刹は木の葉に止まっている埃のようなものを指差す。超小型中継カメラだ。
「目立てば報酬も上がる。プロスポーツと同じ。エースと中継ぎじゃ、年俸が違うだろ?」
「なるほど、お姉ちゃんについていきゃいいんだね!」
幼児みたいに腕を振り上げながらジャンプ。その仕草にまたまたどきりとした。くそ、あざといなあ!わりかし好きだ!
疑問はなくなったようなので次の子に話を振る。サファイアのような青い髪。小さい口と大きな瞳で、まるでお姫様のよう。最初ルーシーに襲われていた子か。うずくまって震えていて、ただでさえ小さい背丈がさらに縮んで見える。
「へっ、えあ、ええええ、えええっと、あ、ラットです!み、皆さんの足を引っ張らないように頑張ります!武器は、ええと......。」
言葉こそ無害だが、何となく蛇のように危険な感じがある。持っているのはテーザー銃。ルーシーが奪っていたが、効率を考えて返却してもらった。銃には劣るだろうが、飛び道具は素人に持たせた方がいい。刀や斧を降るうより、引き金の方がずっと楽に引ける。
「私からの疑問は.....そうですね、ゲームの途中退出とかは...?その、お腹が痛くって。」
体育をサボりたくなった学生かな?
「絶対にないです。例え持病の心臓発作とかが起きてもそのまま捨て置かれると思ってください。」
「ひええ.....ぬ、脱げば慈悲をかけてもらえたり....?」
「これそういうゲームじゃないんですよ。そのために脱いだら運営のスタッフに連れてかれるんで。というかその前におじさんが殺しますよ?」
思わずピシャリと言ってしまった。ラットは少し肩を落とす。強く言いすぎただろうか。でも、羅刹はこのゲームのランカー、命賭けて来たのだ。舐めてるやつは許せない。。とはいえ、怒らせちゃうのはまずい。怯えているが、それを除けば協調性はありそうだ___と思っていると、ラットがいきなり私に歩み寄ってきて耳打ちする。ドスの効いた声。
「――私、自分を偉いと勘違いしてる奴が一番嫌いなんです。私、ほんとうにお腹が痛かったのに何で嘘だと思うんですか?あなたは神ですか?そうじゃないのになぜ私の意思を捻じ曲げ」
「ご、ごめんなさい。」羅刹は素直に謝った。下手に刺激すると爆発するやつだ。
訂正。この子とは慎重に接しなければ。こくこくと頷くと、ラットは少しの間茂みに入った。あの刺々しさ、見た目とあんまり年齢変わらなさそうだ。
ともかく、最後の自己紹介。髪、瞳、服、全てが雪のように輝く少女――白野。この鬱蒼な森の中では非常に目立つとともに、どこか超然としたオーラを纏っている。人気の配信者そっくりにオーダーした体のようだ。ワンピースやウサ耳とも相性が良く、デスゲでなければ抱っこしたい愛くるしさ。
説得したというより、流されるまま着いてきた感じだった。皆から視線を向けられても、ぼうっと雪が落ちる様を眺めている。
「え〜〜〜っと、自己紹介してもらってもいいですか?」
「.....絶対にしなきゃだめ?わたし面倒。」
彼女は倒木にねそべり、果物ナイフを枕元に置いてぼんやりと波の音がする方を眺めていた。
「白野。ふぁあ、眠い。」
こちらの方を見もせずにそう言った。直後、両手を伸ばして大きいあくび。その拍子にバランスを崩して頭をぶつけ、目を瞑って痛がっている。この中の誰かが殺しにかかろうとすれば、そのまま死んでいるだろう。
マジかこいつ。羅刹は命を捨てにデスゲームに来たわけだが、ここまで無関心ではいられない。あるいは、自分が死なない自信があるのか。
「お、おい君!いくら何でも気を抜きすぎだ!命を賭けている自覚はあるのか!?」見かねた赤燐が忠告するが、取り憑く島もない。
「.......それ、あなたに関係ある?あ、でも……一回勝てば終わるんだよね?」
「というと?」
「デスゲームものって、『ここまでの闘いは予選だ!本線に勝たなければ帰れないぞぉ!』とか『いつ払うかまでの話はしていないぃ……』とか、あるじゃん。ああいう展開、ダルい。」
白野が思い浮かべているのは、何十年も前からリメイクされ続けているあの名作ギャンブル漫画だろう。
「そこも安心してほしいです。ゲームに勝ちさえすれば、即日帰宅・即日現金支給です。数円少なく支給されたことがありましたが、菓子折り付きで謝罪されました。」
ここの運営は人の命弄んでる癖して、変なところ律儀なのだ。羅刹の場合トータル賞金は数百億超えていると思うが、ビタ一文誤魔化されたことがない。
四人が愛嬌あふれる自己紹介を終えたので、早速探索を進めるべく歩き出す。
ルーシーは「ゴーゴー!」と右腕をあげた。
赤燐は小さく頷いただけ。
ラットはフンと鼻を鳴らす。
白野に至っては明後日の方向を向いている。
やる気なし、スキルなし。好調な滑り出しとは言い難かった。
実際、ゲーム終了までに一人を除いて死亡する。
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