第4話 川霧の稲穂

まぁ、時間はある。

あと何千年でも。


とわ子は肩をすくめると、素焼きの器を焚き火のそばに置いた。


「村の発展を進めながら稲を探そう。当時あれだけあったんだし、どっかに稲の子孫くらいはあるでしょ」


あくまで気楽だった。

焦る理由はない。

どうせ不死身で死なないのだ。

かつ丼を食べるまでは、飽きるほどの時間が残っている。


それから、月日は淡々と過ぎていった。


集落の周辺には、まだ原生の獣や異形の爬虫類が彷徨っていた。

だが、襲撃のたびにとわ子が無表情で殴り倒す。

牙に食われようと、槍に貫かれようと、数分で再生して立ち上がる姿を見せ続けた結果、やがて周囲の生物はこの集落に近寄らなくなった。


村人たちは最初こそ怯え、逃げ惑い、祈るばかりだったが、とわ子が外敵を排し、狩りに同行して獲物を仕留めるうちに、少しずつ態度が変わっていった。

無表情のまま巨大な爬虫類の首を力任せに千切り、血まみれの手で「ほら、これ食べられるよ」と示す姿は、彼らにとってあまりに神聖であった。


「……まあ、なんとかなるもんだね」


多少できた余暇で、とわ子は村の者に言葉を教えた。

小さな石板に印を刻み、物の名前をひとつずつ教えた。

指で数を示し、数を数えさせ、単語を繰り返させた。


最初は目を白黒させるだけだった彼らも、何度も何度も教えるうちに、少しずつ言葉を覚えていった。

数字の概念も、なんとなく通じるようになった。

今はこんなでも何千年も前の人類の末裔だ。

頭の作りは、そこまで変わっていないようだ。


「かつ丼」「ごはん」「たまご」「ぶたにく」

何度も発音させるたび、ああこれが私の神授の言葉として伝わるのか、と思うと、少しだけ可笑しかった。


そうして月日が過ぎ、季節が何度も巡るうちに、とわ子は川沿いを探し歩く習慣を持った。

生い茂る草の群れをかき分け、湿地に足を沈めながら、かつての稲の痕跡を探した。


探すたびに思う。

文明があったころなら、こんなことに苦労はなかったのに。

けれど、誰も代わりにはやってくれない。

かつ丼は、誰かが用意してくれるものじゃない。

自分で育てるしかないのだ。


そして――


ある朝、霧の立つ水辺で、ふと目に留まった。


長く伸びる細い茎。

先端にかすかな穂。

指でそっとつまんでみる。

小さな実が数粒、ぱらぱらと落ちた。

手のひらで転がすと、見覚えがあった。


「……やっと見つけた」


とわ子は、ひどく久しぶりに表情を和らげた。

かつて食べた白飯の、遠い祖先。

原始の稲が、ここにまだ生きていた。


川霧の中で、とわ子はひとつ小さく頷いた。

まずは、ここからだ。

長い旅の、本当に最初の一歩。

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