第6話 清掃要員

 フォルがブロッカ砦に転がり込んだ翌日。

 ジロは仕事だと言って朝から出かけていた。

 各ネストに共通する収入は用心棒である。

 縄張り内の商店や飲食店を回り、毎月いくらかの金銭を提出させるのだ。

 代わりにネストは警備を受け持ち、店舗に不逞の輩が立ち入ったときには飛んで行って、身を呈してこれを排除することになるが、まさに先日フォルが遭遇した強盗騒ぎもこの例で、湖の蛇団が守護する商店に押し入った強盗を、地回り業務に従事していたジロが撃退し、追いかけていたのであった。

 他にも、ネストによっては別の収入元を持っているところもあるらしいが、湖の蛇団は小さな縄張りである五番街の他、ブロッカ村の出先機関としての働きもあるために、ブロッカ村からいくらかの現金収入を得ていた。

 しかし、いずれにせよ砦を一人で預かったジロに、出かける用事はいくらでもあり、ブロッカ砦を空にするのも好ましくない。

 それでジロは番犬用途として捨て犬を拾う程度の気軽さでフォルを拾って帰ったのだった。

 が、留め置かれる番犬の方としては、それこそ生きるために人の道を踏み外すか、諦めて人としての生を終えるかを悩むくらいだったので、思わず転がり込んできた食住に人心地ついたのだ。

 ジロが朝食をとって出かけたあと、取り残されたフォルは事務所の掃除を始めることから始めた。

 十二歳で軍隊に入ったフォルは理不尽な古兵や上官からいびられつつ清掃や洗濯を叩きこまれたのだ。

 散らかった荷物を整理し、汚れたまま置いてある衣服は洗濯用にえり分ける。

 そうして埃を掃き出すと、バケツと雑巾を持ち出して拭き掃除に取り掛かった。

 ブロッカ砦の外見は年季が入ってオンボロだが、内面は更に寂れて見える。その理由は主に室内の壁に付着して変色したヤニだ。フォルはこれを丁寧にふき取っていく。

 最初の掃除ということで、ざっとしたものだったが、事務所内のある程度を吹き上げた時には既に昼を回っていた。

 作業は途中だが、食事の準備をしようとして、ハタと思い至る。

 薪を割らねば。

 朝、竈に火を熾した際に、薪棚の薪が減っているのが気になっていたのだ。

 まだ、しばらく使う分くらいはあったが、なくなってから慌てて薪を割ったって仕方ない。燃料としての薪は割ってから乾燥させなければ水分が多くて熱効率が著しく下がるのだ。

 その為、外に設置された乾燥棚でしばらく置いておかなければならないのだが、外に出ると、端材や木端が棚の前に転がされていた。

 これを割って棚で晒さなければならないのだが、薪割りというのは重労働であるので、その前に腹ごしらえだ。

 フォルは薪棚から乾燥が進んでいる薪をいくつか取り、台所へと戻った。

 火をおこして湯を沸かしていると、人の気配がする。

 窓から外を見れば、如何にも裕福そうな身なりをした男が二人の手下を引き連れて歩いて来ていた。

 ブロッカ砦の近くに他の建物はなく、こちらに歩いてくるということはブロッカ砦に用があるので間違いないだろう。

 恰好から見て、襲撃ということはあるまいと判断しながら、それでもフォルは一応、長めの麺棒を背後に隠して玄関へと向かった。


「邪魔するよ」


 そう言って中年が扉を開け、待ち構えていたフォルと目が合う。

 男は恰幅のいい三十歳前後で、黒々とした口ひげが特徴的だった。


「おや、見ない顔だね。魔女殿はおられるかい?」


「魔女?」


 開口一番に飛び出した男の指名にフォルは怪訝な表情を浮かべる。


「俺、昨日からここに世話になっているんですけど、魔女っていうのが誰のことやら……」


 ジロは確かに妙な雰囲気があるが、あれを魔女とは呼ぶまい。

 で、あればブロッカ村とやらにいるネストの構成員のことなのだろう。


「そうかい。ジロもいないのか?」


「ええ、アイツは外回りだって言って出て行きましたから。俺は留守番です」


 フォルが答えると、男は困った顔をした。


「ああ、申し遅れたね。アタシはニゼンという者だが、ちょっと困りごとがあって相談に来たんだ。入ってもいいかね?」


 入り口で問答するような人物ではないのだろう。

 ニゼンと名乗った男はズイッと足を進めてフォルの許可も待たず応接椅子へと腰を下ろした。

 引き連れて来た配下は二人ともニゼンの後ろに立つ。

 一人は秘書だろうか。荒事に向いているようには見えなかったが、もう一人は護衛だろう。いかにも暴力面が得意そうな体躯をしており、また眼つきも鋭かった。

 仕方がないのでニゼンに促されるまま、フォルも背の低い机を挟んで向かい側に座る。


「話っていうのは、なんだ。ウチの工場にちょいと虫が棲みついたらしくてね。コイツの駆除を頼みたいのさ。大した話じゃないが、ヨソさんで断られて往生しているんだ。どうだね、アンタんとこで受けちゃくれないかい?」


 しかし、そんなことをフォルに言われてもしょうがない。

 なんせ、フォルはただの留守番でしかないのだ。


「まあ、ジロが帰ってきたら伝えておきますよ。俺はまだ来たばかりでよくわからないから……」


「一つ確認したいだがね、お兄ちゃん。アンタはここの留守番を任されてんだろ?」


 改めて確認されれば、そこに否定する内容は含まれていない。

 なんとなく、ニゼンの物言いに引っかかるところはあるが、フォルは首肯したのだった。

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